瀬戸ノベルティで甦る 内藤ルネからの問いかけ 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

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瀬戸ノベルティで甦る 内藤ルネからの問いかけ

1月26日
★今の26日夜、NHK名古屋放送局の「金とく」という番組で、内藤ルネを特集した番組『そして“カワイイ”が生まれた~内藤ルネの光と影~』が放送されました。そのルネの世界をやきもののノベルティで作った唯一の生産地が瀬戸市でした。この放送を見て、このような特集企画は瀬戸市でこそ実現できるはずなのですが、瀬戸市文化行政は全く関心を示していません。残念でなりません。“内藤ルネの大切さ”を理解していないのでしょう。当会がこれまで掲載してきた内藤ルネ関連記事を改めてここでご紹介します。


【2016、8/11のブログ】
8月11日
☆“カワイイ文化の元祖”と言われるアーティスト・内藤ルネ。
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☆内藤ルネの展示会が昨10日から名古屋三越栄店で始まったと中日新聞が報じています。今月22日まで。


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(↑中日新聞 8月11日朝刊↓)
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*瀬戸市ではこれまで“ルネのノベルティ”がいろいろ作られてきました。当倶楽部はルネのやきもの製ノベルティを収集保存する日本で唯一の収蔵団体となっているかもしれません。そこで、当会が収蔵するやきもの製“ルネのノベルティ”をご紹介しましょう。

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(↑リトルマーメード<小花器>↓)
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(↑各種メッセージが添えられたグリーティング天使↓)
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*内藤ルネは、愛知県岡崎市生まれ。本名・功。画家・イラストレーター・インダストリアルデザイナー・インテリアデザイナーというマルチアーティストでした。
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       (↑内藤ルネ<1937-2007>)
*ルネは、いわゆる“LGBT”という個性の一つを持つ人でした。
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*戦時下、ルネは、ある空家の一室で見た雑誌の美しい口絵に魅せられました。それは画家の中原淳一の絵で、中原淳一との出合いが「マルチアーティスト・内藤ルネ」の才能を開花させ、瀬戸ノベルティの世界をも大衆化させていくことになったのです。

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*↑「RUNE PANDA (ルネパンダ)」。↓
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(↑「メチャンコペリちゃん」)

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*2008年、刈谷市美術館で「内藤ルネ展“ロマンティックよ、永遠に”」が開催されました。当会も、市民活動団体の設立を前に、この企画展に注目し、見学、図録を購入しました。入場者数も記録的だったそうですし、図録も素晴らしく充実していました。この時の企画展は朝日新聞社が共催しましたが、今回は中日新聞社が共催とのことです。
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*その人気について精神科医・香山リカさんが『カワイイ文化 生みの親』と題する一文をこの図録の中に寄せています。「…今、未成熟で自由で元気な少女たちを描いたその作品世界は、改めてアートや文化として解釈されようとしている。80年代半ば以降の日本を特徴づけると言ってよい『カワイイ文化』の原型がここにあると考えられているのだ。…かくして、カワイイ文化、カワイイ市場はあっというまに日本を席巻した。そして、それは豊かな社会のシンボルとして定着し、アジアやアメリカにまで広がっている…」。

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*↑内藤ルネのノベルティを焼いたガス窯。この窯はすでに解体され、当会はその解体の様子をビデオで記録しました。
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*この窯は「デュポー式シャトルガス焼成窯」と言い、瀬戸市の姉妹都市であるフランス・リモージュ市のデュポー社製ガス窯を瀬戸仕様に改良して作られた焼成窯でした。
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*この「デュポー式シャトルガス焼成窯」はセトノベルティを焼いた主要な名器として、戦後の瀬戸に窯業史上最大の繁栄をもたらした窯でしたが、瀬戸市行政はこの型式の窯について全く顕彰していません。瀬戸市民として信じられず、理解できないことです。

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(↑丸山陶器から寄贈されたものの、長年放置されたままの同型の「デュポー式シャトルガス窯」↓)
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*↑ルネのデザイン画を転写したマグカップ。↓
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*↑内藤ルネがデザインしたビリケンのやきもの製ノベルティ↓。
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*このビリケンのノベルティは内藤ルネと瀬戸との初めての出会いとなった記念碑的製品でした。また、その縁がその後のルネによるデザインがやきもの製セトノベルティとして瀬戸市で独占的に製品化される絆となったのです。

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*ルネのビリケンノベルティは、数あるビリケンの中でおそらく最も美しく、最も気品の高い製品であるように思われてなりません。大阪の通天閣さえないものです。このビリケンのやきもの製ノベルティは日本では今、当倶楽部でしか見ることができないと思われる逸品です。しかし、この製品を焼いた窯も、作った会社ももう瀬戸にありません。

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*↑当「瀬戸ノベルティ倶楽部」の突き当り奥の隅。掛け時計はさきごろ解体されたノベルティ会社から当会が頂いた物。その下、高さおよそ60㎝の大きなペコちゃんの前にルネのノベルティがあります。↓
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*高さおよそ33㎝。この大きなルネのノベルティは貯金箱としても使える製品です。
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☆内藤ルネのノベルティは瀬戸では特別な発注を除いて今では全く作られていません。当会は、ルネの製品を独占的に作ってきたK社が廃業する前からK社と交流をはぐくみ、いくつかの製品を入手してきました。それは、内藤ルネがいわゆる“カワイイ文化”の元祖的存在であり、その“カワイイ文化”こそ、今、瀬戸のやきものに求められている「陶都再生の糧」の最たるものであると考えるに至ったからです。内藤ルネのような“カワイイ・ノベルティ”には陶都再生の鍵が埋もれている、当会はそう思っています。 

*セトノベルティ、特にハクウン(白雲)生地のノベルティはこうした内藤ルネのような、いわゆる“サブカルチャー”の製品を盛んに生み出し、それが戦後の瀬戸に陶都史上最大と言える繁栄をもたらしてきたのでした。しかし、瀬戸市文化行政は、そうした“サブカルチャー”にはきわめて消極的で臆病であり続け、相変わらず旧態依然とした陶芸至上という権威主義に閉じこもっています。そうしている間に、「まちじゅが美術館」という実態と誇りとは音を立てて崩れ去り、時代感覚を鋭敏に取り入れて今に呼吸するというようなやきものを作るという闊達な活力も失われてきたのです。瀬戸市文化行政の固陋な時代感覚と閉塞した蛸壺様時代錯誤は「陶都消滅」というまぎれもない事実を招来し、無作為の罪深さは免れない…、当会は敢えてそう指弾する他ありません。

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(※ この項目に掲載した内藤ルネ関連写真はルネ展に於ける図録やルネの自伝からの転載です。なお、掲載したルネの製品はすべて当会の収集品です。)

【2017、11/17のブログ】
*当会は内藤ルネのノベルティをいろいろ収集しています。今日17日のテレビ朝日の朝の情報番組“羽鳥慎一のモーニングバード”の「ショーアップコーナー」で、このルネ人気を取り上げていました。
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*内藤ルネは“kawaii(カワイイ)文化の生みの親”と言われるマルチアーティストです。画家、イラストレーター、インダストリアルデザイナーなど、いろいろな才能を発揮した異才のアーティストでした。2008年、刈谷市美術館で内藤ルネ展が開催され、当会も見学に行きました。
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(↑2008年刈谷市美術館で開催されたルネ展の図録)
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(↑“ルネ・ガール”と呼ばれるきりりとした輪郭の女性↓)
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*その折には、瀬戸製ノベルティが沢山展示されていました。しかし、その後の展示会を見たことがありますが、ルネの死去、また修善寺のルネのアトリエが閉鎖されてからは、陶磁製のルネのノベルティはあまり見られなくなりました。ほとんで生産も行われなくなりました。しかし、またこのところ、ルネの時代のファンとは2世代も離れたイマドキの若い女性たちがこのルネの魅力に惹かれているというのです。

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*ルネのノベルティは、ルネがそのビリケンを“せともので作りたい”と願い、その願いを引きうけた瀬戸市の大竹製陶所が作ったことから、同社がルネのノベルティを専属で製造してきました。

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(↑内藤ルネのデザインによるビリケン↓:今では、超レアモノとなっています)
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*その大竹製陶所も社名を変えた後、窯も解体され、姿を消しました。
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(↑内藤ルネの製品を焼いていた大竹製陶所のありし日:2011年当会撮影)
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(↑内藤ルネの製品を焼いていたガス窯の解体:2011年当会撮影)
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↑内藤ルネの製品を焼いてきたガス窯もデュポー式というガス窯でした。デュポー式ガス窯は丸山陶器によって初めてノベルティ焼成用に導入された窯で、フランスのリモージュで使われていた窯を日本仕様に改良された窯で、瀬戸ノベルティの多くがこの窯で焼かれてきました。当会はこの窯が解体された時、この窯に貼られていたプレートを頂きました。
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*内藤ルネのノベルティは大竹製陶所以外の他のメーカーでも作られてきましたが、ルネ人気の高まりがある一方で、今ではほとんどやきもののルネノベルティは作られていないようです。“羽鳥慎一のモーニングバード”によれば、内藤ルネは、美輪明宏、寺山修司、漫画家の赤塚不二夫などにも大きな影響を与えていました。番組の中で、内藤ルネの強い影響を受けてきたという水森亜土やファッションデザイナーのコシノ・ジュンコもその魅力を語っていました。また、水森亜土は「少女らしくもなく、男の子らしくもなく、…4次元のような存在ですね」と語っていました。山地まりというシンガーは内藤ルネの作品とコラボするミュージックビデオで話題なんだそうです。

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☆この『セトノベルティの魅力・昭和のファンシー』展に於いて、陶都の学芸員であるなら注目すべき視点として持っていて欲しいと当会が思うのは、“ハクウン(白雲)” という生地のことです。池垣俊生さんという旧商工省京都陶磁器試験所の元職員はその回想録で次のように証言しています。 
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「(昭和24年)当時、瀬戸では、白雲石を主成分をした白雲陶器はどの会社も手掛けておられず、磁器と半磁器が多かったと思う。この白雲陶器は、低火度で焼成して製品化されるため、カラフルな彩色ができる反面、素地の強度が小さく、強度を増大しようとして焼成温度を上げれば、素地中の遊離珪酸が減少して貫入(かんにゅう・ひび割れ)の発生を起こす等の欠点がある。(ハクウン陶器の製品開発にいち早く成功した本地陶業の)山内勇夫さんは白雲陶器の諸性質を徹底的に検討され、ノベルティに応用可能との結論を得られ、直ちに工業化に踏み切られ、間もなく成功したとの朗報を頂いた。当時、敗戦国日本は輸出を振興して外貨を稼がねばならない時代だったので、国は輸出を奨励し、試験所もまたその方針に従い試験研究と指導育成に務め、業界の方々も真剣に取り組まれ、白雲陶器によるノベルティ業界の会社数は関連事業も合わせて瀬戸地区で約三百社に及ぶ活況を呈したことは夢のようである」。
*池垣俊生さんの指摘を踏まえてみれば、「戦後の瀬戸の繁栄の基となったのはノベルティであり、まぎれもなく、白雲素地(ハクウン生地)こそ、そのノベルティ産業隆盛の最大の功労者であった」のです。このような陶都にとってならばこそ大切な視点が瀬戸蔵ミュージアムのこの企画展の中にしっかりと把握されていることを願うのですが…?

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(↑超幻の内藤ルネのノベルティ↓)
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1月26日
★「陶業タイムス」昭和25年4月10日発行の第78号に黒人のノベルティの写真が掲載されています。「此のCocky Jar は一個三弗(ドル)九五仙(セント)売りで、Pearl China Pottery and Co,製である」と記されています。

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*この製品の写真は白黒の写真です。しかも、60年以上も前の占領下。実際はどんな色をしていた製品なのか、わからないと思っていました。しかし、インタネットにより、この製品が今もアメリカに残されていることがわかりました。
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*“COOKY”という文字が絵付けされています。COOKY(=COOKIE)でクッキーのこと。“BLACK AMERICANA COOKY MALE CHEF WHITE CHEFS OUTFIT GOLD TRIM MCCOY COOKIE JAR”というタイトルでネット入札により売られているのです。黒人の男の白い服を着たクッキーシェフシリーズ、金線飾りマッコイクッキージャー。
BLACK AMERICANA COOKY MsF WHITE CHEFS OUTFIT GOLD TRIM MCCOY COOKIE JAR-2
BLACK AMERICANA COOKY MAsHITE CHEFS OUTFIT GOLD TRIM MCCOY COOKIE JAR-3

*トランプ政権になってからアメリカ社会では民族差別や格差・分断という風潮が強まっています。名作映画『風と共に去りぬ』で、ヴィヴィアン・リー演じるスカーレット・オハラのメイド役でアカデミー助演女優賞を受賞したという黒人女優がいます。ハティ・マクダニエルさん。
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*今、そのハティ・マクダニエルさんを主役とした映画製作の計画が進められているそうです。(トランプ政権だからこそ差別され続けてきた黒人女性の映画が作られるのでしょうが…)彼女のような体格のよい黒人女性をモデルにしたクッキージャ―も瀬戸で作られ、アメリカへ盛んに輸出されていました。
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*陶業タイムスに掲載されたこの写真の製品は男の執事メイドですが、このような製品を数多く扱ったのがPearl China and Pottery Co,という会社で、その“MaCOY”というブランドで有名なのだそうです。この製品には色違いの製品もありました。
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BLACK AMERICANA COOKY MALE CHEF YELLOsUTFIT GOLD TRIM MCCOY COOKIE JAR
*占領下の時代が、今、インターネットという文明の利器によって色鮮やかに甦えるという時代に私たちは生きていることを痛感します。名古屋港で船積みされ、一ヶ月近く波に揺られてアメリカの東海岸に到着したという瀬戸のノベルティは、田中荘子さんが里帰りさせてくれるOJの品々のように、今は飛行機で軽々と太平洋を飛び越えるのです。そうした時代であればこそ、今、忘却の中に埋もれ、忘却の中に失われてきた歳月の記憶、陶都のものづくりの誇りも容易に、そして色鮮やかに手繰り寄せられる時代に生きているのです。

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