『海を渡ったせとものたち』で展示されている本の内容 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

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“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

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『海を渡ったせとものたち』で展示されている本の内容

1月10日
☆先ごろ亡くなった元中日ドラゴンズ監督・星野仙一さんのノベルティも瀬戸で作られていました。
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*当会は、そのノベルティを入手しています。
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*ちなみに、

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*星野さんの終生のライバルのノベルティ(貯金箱)もありました。
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1月10日
☆今日、NHK名古屋放送局の「さらさらラサラダ」 で、今、瀬戸市美術館で開催中の『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展について、瀬戸市美術館の服部館長の出演により、企画展のテーマとノベルティの愛知県産業の中での位置づけなどが紹介されました。

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*↑番組の中で当会が収集した「集団就職」の写真も紹介されました。瀬戸最大の産業となったノベルティ生産を「集団就職」が支えていたからです。↓
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★『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展では、日本を紹介するいくつかの書籍類も展示されています。これらの本の内容は残念ながら美術館でt手にとって詳細にご覧頂くことはできませんが、当会は事前にその中身を接写させて頂いていますので、ここでご紹介します。 

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(↑瀬戸市美術館 2階展示室↓)
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*↑この本は“JAPAN TODAY”という本です。 ↓
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(↑「日本国の天皇は最高司令長官・マッカーサーを訪問した」)
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*この本は1948年、昭和23年に発刊された本であることが記載文によってわかります。↓
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*↑「(この本は)“日本文化情報協会”によって出版された。写真構成はハラ・ヒロム。印刷は大日本印刷。1948年1月」
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*↑この本のまえがき(謝辞)には概略次のように記されています。「米軍・アメリカ赤十字・運輸省交通局・日本交通公社(JTB)・国際文化振興協会・朝日新聞社・毎日新聞社・読売新聞社・共同通信社・新大阪新聞社・ニューワールドプレス・文化社・講談社・主婦の友社・工芸社・そして、多くの私的写真。この本は、そもそも占領軍(進駐軍)向けの本である」。この本には昭和22年頃の敗戦後日本の様子が映されています。
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(↑羽田空港↓)
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(↑横浜港)
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(↑当時の国鉄名古屋駅)
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*↑「上野公園は4月の桜の花見で人気の公園である。満開の桜は日本の情景としては忘れがたいものの一つである」。↓
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*「KIMONO きもの」という本には美しいカラー印刷の挿絵が掲載されています。
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*↑この本の挿絵を描いている高澤圭一さんは、ネット情報によれば、1914年群馬県生まれの画家。戦争報道に従事した後、「婦人公論」の表紙絵を担当、1984年死去、とあります。↓
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*↑ここにも“オキュパイド・ジャパン”の文字が印刷されています。
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*また、別の絵葉書にも美しいカラー印刷の東京を紹介する写真があります。
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(↑GHQ ビル↓)
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(↑NIJUBASHI or “DOUBLE BRIDGE”)
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*↑ビルに取り付けられた看板に“TOKYO・PX ”の文字が見えます。この建物の中にPX(酒保・陸軍の酒場や土産物売り場)が設けられており、瀬戸のノベルティなどオキュパイド・ジャパン製品が米軍関係者に売られていたのです。
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*↑当時、東京に路面電車が走っていました。
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*↑右の写真のような風景が当時、実際にあったのでしょうか?いや、実際にあった建物でした。
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*↑この写真には次のような記述があります。
The Takarazuka Theater,at Yurakucho, was requisitioned by Occupation forces from 1945-1952 for use as movie and stage theater for Allied millitary personnel. During this time it was named the “Ernie Pyle”thater, after the beloved American journalist killed in 1945 during the Iye Jima campaign.
「有楽町にある宝塚劇場は1945年から1952年にかけて連合軍によって接収されたビルで、占領軍関係者が映画や舞台を見るために使われた。占領期間中、このビルは、第二次世界大戦に従軍したピュリッツアー賞受賞者で(沖縄)伊江島戦で戦士したジャーナリストの名前をとって「アーニー・パイル(Ernie Pyle)劇場」”と名づけられた」。
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*この絵葉書に見るように、この建物は、まるで不夜城のように輝いていたのでしょう。
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