『敗北を抱きしめて』をオキュパイド・ジャパンの伴侶に…、 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

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『敗北を抱きしめて』をオキュパイド・ジャパンの伴侶に…、

1月5日
☆今、ジョン・ダワー著の『敗北を抱きしめて』を読み始めました。田中荘子さんが丁寧に梱包してアメリカから里帰りさせてくれたオキュパイ・ジャパン(OJ)の製品たちを、今、私たち日本人はどう受けとめるべきなのか、いや、どう活かすべきなのかを深く考えなければ勿体ないと思われるからです。今日から折に触れ、このブログで紹介していきたいと思っています。

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*ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて』(John W. Dower, “Embracing Defeat: Japan in the Wake of World WarⅡ”岩波書店翻訳)はNorton &Company1999年刊。上下二卷のこの書は、日本研究に関する書としては“稀な日本論”で、日本の社会、文化、政治、歴史の複雑な側面を多面的なアプローチにより考察したとして数々のノンフィクション賞やピュリッツァー賞を受賞した書です。
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★その序に次のようにあります。「日本は、世界に数ある敗北のうちでも最も苦しい敗北を経験したが、それは同時に、自己変革のまたとないチャンスに恵まれたということでもあった。『よい社会』とは何なのか。この途方もない大問題が敗戦の直後から問われはじめ、この国の隅々で、男が、女が、そして子供までが、この問題を真剣に考えた。それは、かつてないチャンスであった。とはいえ、それは戦勝国アメリカが占領の初期に改革を強要したからだけでなく、アメリカ人が奏でる間奏曲を好機と捉えた多くの日本人が、自分自身の変革の筋立てをみずから前進させたからである。多くの理由から、日本人は、『敗北を抱きしめた』のだ。なぜなら、敗北は死と破壊を終わらせてくれた。そして、敗北はより抑圧の少ない、より戦争の重圧から自由な環境で再出発するための、本当の可能性をもたらしてくれたからである。新しい世紀に於いて、自分たちの国は何を目標とし、何を理想として抱きしめるべきか。今日の日本の人がそう自問するとすれば、それは、あの恐ろしい戦争のあとの、あのめったにないほど流動的で、理想に燃えた平和の瞬間であり、それこそ最も重みのある歴史の瞬間として振り返るべきものではないだろうか」(序-日本の読者へ)。
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*この序文は2001年2月1日に書かれています。私(当会代表)は、もう17年も遅れてこの書を今から紐解こうとしています。すでに早くから拙宅の書棚に並べてはあったのですが、この書を読破しようと思い立ったのは、今回、瀬戸市美術館で開催中の「『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展がきっかけです。占領時代に作られてアメリカに輸出されたこれらの製品を見て入るうち、これらの品々が語りかける声なきメッセージを今の日本にとってより意義あるものとして活かす道は何なのかと考えていました。書架に置いたままのこのジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』を手に取ってその序文を読み、この書が格好の導きの一つであることに遅ればせながら気がついた、という次第です。
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*私の気持を捉えたのは次のような記述です。①「日本人にとっては、実際には1952年まで戦争は終わらなかった。そして、その間の戦争と敗北と占領の年月は、それを生き抜いた人々にとって、けっして消えることのない跡を残した。その後この国がいかに豊かになったといっても、今だに戦後初期の年月は、国家国民のアイデンティティというものについて、また個人の価値観というものについて考えるための試金石となっている」。②「1945年8月の終りの時点で、…そのときすでに世界は、危険を感じさせる新しい方向へと疾走していた」。③「アメリカ人たちは、日本を去る前に方向を逆転させた。日本社会のなかでも自由主義的傾向が少ない連中と協力して、この旧敵国を再軍備し、冷戦の従属的パートナーとし始めたのである」。④「敗北した国は、冷戦へと陥っていく戦後世界の文脈の中に位置づけられ、明白にアメリカ寄りの構想の中で議論の対象とされる。かつての手強い敵・日本の存在は小さくなり、征服された日本人は、新しい世界大のドラマの端っこの、目立たない登場人物に過ぎなくなる」。⑤「こうして結局、戦後日本には保守的な政府が出現したが、にもかかわらず、平和と民主主義という理想は、日本に根をおろした。借り物のイデオロギーでも押しつけの未来図でもなく、生活に根ざした体験として、そしてまたとない好機を生かした成果として」。

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*「オキュパイ・ジャパン(OJ)」という時代。その時代は日本人が新しい国の姿を追い求め、日本人としての新しい生き方を模索した時代であり、その中で平和と民主主義という理想が日本の国にしっかりと根を張っていったということ。しかし、その一方で、巨視的に見れば、新生日本は占領下に於いて東西冷戦構造の中に組み込まれ、世界史的な表舞台の脇役に退いて、いわゆる“パックス・アメリカーナ”(アメリカの力による平和)という枠組みの構成員と成り下がっていったこと。そして、不可侵の占領機構であったGHQは、日本人の感情を考慮し、天皇の権威に統治力を委ねたことから天皇の戦争責任論を問わず、また既存の官僚組織を通して行う二重の間接統治であったことから官僚制が強化された、と述べられています。さらに、「太平洋戦争」に於けるアメリカの勝利にすべての焦点があたったために、日本帝国を打ち負かす上でアジア人たちが成し遂げた貢献も、植民地時代から戦争の期間に至るアジアの人々に対して日本が行った数々の罪もまるでなかったかの如くに見えなくなってしまい、現在問題になっている戦争の責任を問うアジア各国からの声の遠因も温存されてしまった時代でもあったこと、などが指摘されています。
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*「序」には次のような印象的な言葉があります。「今ふりかえってみれば、多くの日本人にとって敗戦後の数年間は、混乱してはいるが、めったにない活力にみちた時期であった。そこでは、国家主導の資本主義ではなく、それとは別の政治モデルを採用する可能性もあるように見えたし、アメリカの核の傘の下でこっそりと軍備拡張していくのではなく、それとは別の国際的役割を夢見ることもなんとか出来そうに思われた…」。北朝鮮の核開発をめぐる危機的状況、ICANのノーベル平和賞受賞の一方で政治力学を優先し、トランプ大統領の一挙手一投足に右顧左眄する日本政府、韓国などから突き付けられる戦争責任などの問題など日本が直面している大きな問題の根源がこのオキュパイド・ジャパンという時代にあるのだ、ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて』はそんな視点を提供してくれているのです。これから、この書を伴侶とし、導きとして田中荘子さんの仕事の意味と価値を顕彰していきたい、当会はそう考えています。

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