愛知製陶所のその後… 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

瀬戸ノベルティ文化保存研究会 We are the Seto Novelty Culture Preservation Society, a citizens’organization in Seto City, Aichi Prefecture 、Japan◆瀬戸ノベルティに“最高の評価”!レース人形の最高峰・TK名古屋人形製陶所製「アン王女」が皇室に献上!★瀬戸から「ノベルティ」と「昭和の青春切符~集団就職の記録~」を『日本遺産』に!◆時を超えて香り立つ魅力・ノベルティこそ“瀬戸の華”!セト・ノベルティこそ「せともの」!【瀬戸ノベルティ倶楽部:The Seto Novelty Club〈office〉、Americans who love SETO NOVELTIES, your mail to us is deeply welcome. address :setonovelty_club@yahoo.jp】 写真などこのブログでの画像の無断使用は固くお断りします!

≫ EDIT

愛知製陶所のその後…

7月31日
☆当会が瀬戸ノベルティの保存・研究・顕彰活動に乗り出すきかっけとなったのが鎌倉時代創業の愛知製陶所との出会いでした。その愛知製陶所の工場が解体されました。同社は「愛知ポーセリンミュージアム」を併設、予約製により収蔵している名品を展示公開しておられます。また、同館の隣にファクトリーショップを新設して営業を続けておられます。

IMGP2332ds.jpg
IMGP2330ds.jpg
IMGP2208ds_20170731102735e5d.jpg

*7月29日、現場監督さんの了解を得て撮影させて頂きました。当会が愛知製陶所と出会ったのは1984年、33年ほど前のことでした。すべての建物が姿を消した風景はひとしお感慨深いものがありました。

IMGP2226ds.jpg
*↑愛知製陶所は瀬戸には珍しく製土から焼成完成梱包までの一貫生産を行う希少な会社でした。地面を深く掘り下げ、製土を行うトロンミルと呼ばれる大型機械はまだそのまま残されていました。
IMGP1846sa.jpg
(↑かつてのトロンミルの様子:当会撮影)

aaads_20170731134048be2.jpg
IMGP2184ds.jpg
IMGP2185ds.jpg
*イースター関連の製品の破片が捨てられていました。↑
DSC00491ds.jpg
*同社の昭和40年の様子を写したフィルムが残されています。これはその一コマで、イースター関連の製品を作っているシーンが写されていました。
DSC00504sd.jpg

IMGP1394sdd.jpg
*↑かつて瀬戸市に宮崎製陶という洋食器メーカーがありました。宮崎製陶は最大級の洋食器メーカーで、道をはさんで両側に大きな工場がありました。その工場跡に大きなマンションjと建売住宅が建てられました。道の先、奥の突き当りに愛知製陶所の工場が見えていました。↓
IMGP1397fd.jpg
IMGP1398ds.jpg
*↑その突き当りに同社の戦前からの製品を保存する“サンプル・ショールーム”がありました。
IMGP8982ds.jpg
IMGP0935ds.jpg
IMGP0937ds.jpg
*この“サンプル・ショールーム”はある女性アーティストの汗と努力によって見事な空間芸術スペースとして整備されていました。
IMGP0941fd_20170731134929a02.jpg
IMGP0940fd.jpg
IMGP0632ds.jpg
IMGP0732fd.jpg
IMGP1523ds.jpg
IMGP0938ds.jpg

IMG_7098ds.jpg
*当会の事務局長が愛知製陶所と出会ったのは「オキュパイド・ジャパン」のドキュメント制作の折のことでした。その後、暫くして同社を再訪。同社社長らとはかり、同社をまるごと楽しむ集いと賑わいの場として当会の事務局長が代表世話人となって『芸術家横丁』を立ち上げました。↓
IMG_7102fd.jpg
011007SETOAICHISEITO18re.jpg
*そのきっかけとなったのは、2001年10月7日に同社の窯場で当会の事務局長がディレクター、そしてプロデューサーとして開催した「秋日和・窯工房コンサート」でした。瀬戸市が“まるっとミュージアム構想”のもと、“町中が美術館”とか“フィールドミュージアム”を標榜していたからです。(↑挨拶する愛知製陶所・加藤高康社長)
011007SETOAICHISEITO05ds.jpg
(↑地元瀬戸市のコーラスグループ)
011007SETOAICHISEITO27s.jpg
(↑当会事務局長が30年近く町づくりを学び続けている岐阜県美濃市の国選択無形民俗文化財・美濃仁輪加の上演)
011007SETOAICHISEITO39sa.jpg
(↑岐阜県郡上市で活躍するフォークグループ“ピ・ペ・ファート”:当会委嘱の2曲を制作してくれた人たち)
*この『芸術家横丁』活動は15年間もも続きました。その息の長い手作りの町起こし活動の中からノベルティの保存研究が喫緊の課題であることを痛感し、「瀬戸ノベルティ文化保存研究会」を立ち上げて今に至っているのです。
IMGP0584fd.jpg

IMGP2257ds_20170731105147af8.jpg
IMGP2327ds_20170731105239bb5.jpg
*瀬戸市行政は今なお“町中が美術館”という標語を掲げています。こうした貴重なフィールドの保存には一顧だにせずハコモノ行政の域から抜け出ようとしない市行政の陰で、こうした瀬戸市中のものづくり拠点が次々に息絶えてきました。特に市行政は愛知製陶所をトップメーカーとするオーナメントというジャンルにはほとんど関心を示していません。当会は同社の工場解体前、愛知製陶所で作られてきた約200点の製品を入手しました。来年度、『愛知製陶所オーナメント展』を開催する予定にしているのです。

IMGP2381fd.jpg
Parkds.jpg
*↑解体される工場の跡地に隣り合う敷地は同社の駐車場になっています。このあたりには、今から70年ほど前のオキュパイドジャパン時代が終わって日本が一応の独立を遂げた後、そのオキュパイドジャパン時代の在庫が埋められていました。当会は、縁あってその土の掘り起しに立ち会い、埋められていた製品を掘り起こしました。↓
DSC00255ds.jpg
DSC00257ds.jpg
DSC00260ds.jpg
DSC00261ds.jpg
DSC00262ds.jpg
(一度土に埋められ、再び掘り起こされた同社のオキュパイドジャパン時代のティーポット:当会が同社から譲り受けたもの)

*愛知製陶所は幕末の1818年から磁器製品の製造を始めた会社で、瀬戸では最高峰のやきもの製オーナメントのメーカーでした。
IMGP0566fd_20170731202427c7f.jpg
IMGP0582ds_20170731202515a04.jpg
*この“サンプル・ショールーム”は同社の記念碑的な製品の数々を収蔵しており、「瀬戸の宝」ともいうべきフィールドミュージアムの典型的なサイトと言うに値する建物でした。
IMGP3430fd.jpg
IMGP3426ds.jpg
(愛知製陶所の“サンプル・ショールーム”を訪れた伊藤瀬戸市長 :2017年3月16日当会撮影)
IMGP3442ds.jpg
*当会は、瀬戸市長に「瀬戸市が“町中がミュージアム”などと標榜するのであれば、こうしたスペースこそ衆知を集めて残すべきではないか」と提言しました。しかし、当会のそうした願いもむなしく陶都から姿を消したのです。
IMGP0579ds.jpg
(↑かつてのサンプル・ショールーム)
IMGP2312ds.jpg
(↑愛知製陶所“サンプル・ショールーム”が建てられていた場所)























| 記事 | 10:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://setonovelty.blog65.fc2.com/tb.php/835-62cfe366

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT