『カワイイ昭和』のノベルティ・池田マルヨの製品 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

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“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

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『カワイイ昭和』のノベルティ・池田マルヨの製品

8月25日
☆当会が来春出版する本『カワイイ昭和~幻の瀬戸物・ノベルティ物語~』に掲載を予定しているカワイイ瀬戸ノベルティをご紹介します。

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*↑これは、プラスティックとの組み合わせのノベルティで、メーカーの池田マルヨ社から「うちではもう要らないから…」というので、当会が頂いたものです。製品の製作年代は正確にはわかりませんが、それを推測する手がかりがあります。
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*↑1959年(昭和34年)5月発行の『ギフトウェアーとホームファッション』というアメリカの生活雑誌です。この中に、同じような製品が紹介されています。
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*↑これは貯金箱のようです。下が透明なプラスティックで透けているので、どのくらいお金が溜まっているかがわかるという訳です。この写真に写っている製品が今もアメリカに残っているかはわかりませんが、当会が池田マルヨ社から寄贈を受けた製品とほぼ同種の製品であることがわかります。
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*製品の頭部がノベルティで、下半分がプラスティックでできています。
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✲池田マルヨ社の創業者は池田與作氏。『陶業人の栞(しおり)』という書には、「池田與作氏の存在も瀬戸窯業生産史上、忘れてはならない」人であると書かれています。「明治24年4月25日、石川県能見郡寺井野町佐野に呱々の声を上げられた」。池田與作氏は「九谷焼の本場である佐野に於いて一徒弟として陶画を主に習得された」。明治44年に名古屋に出、日本陶器(現在のノリタケ)に入社。「大正3年(1914年)、百尺竿頭一歩を進められ、…瀬戸市南仲之切町に進出、『池田与作商店』を創業された。…昭和23年、組織を変更、資本金七十万円で池田マルヨ製陶株式会社と銘打ち、主として、北米向けノベルティに専念されている」(『陶業人の栞』)。

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✲↑池田マルヨのカワイイ製品を少しご紹介します。↓
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✲↑これは、スプレー缶のカバーです。

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✲↑紙の箱に入った水森亜土の手鏡。↓
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✲↑帽子をかぶったペアルックのノベルティ。↓
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✲↑池田マルヨのゲイシャガール。↓
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True Vtg Lady Figurinewh Blue Parasol Pink Dress Kitsch 50s 60s- 3
*池田マルヨのような九谷出身の職人は、実は、瀬戸ノベルティ産業にとってきわめて重要な役割を果たしてきました。
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*↑2014年10月26日の中日新聞・なごや東版に「瀬戸焼彩る九谷の技~職人が移住、繁栄支える」と題する特集記事が掲載されています。「明治後期から昭和初期の瀬戸市に、石川県から数十人もの九谷職人が移住してきた。上絵付けの技を持つ九谷の人々は、青い染め付けが中心だった瀬戸焼に豊かな色をもたらした。その色彩技術は後に瀬戸ノベルティ(陶磁器置物)に欠かせなくなり、瀬戸の陶磁器産業の大きな力となったが、今は知る人も少ない」。当時、中日新聞瀬戸支局にいた水越直哉記者の記事です。

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*「背景には色鮮やかな瀬戸ノベルティの生産増大がある。十四(大正三)年、第一次世界大戦でドイツから陶磁器人形を輸入できなくなった欧米(※アメリカの誤記)から人形の生産地として瀬戸に白羽の矢が立った。以降、瀬戸は瀬戸ノベルティの生産地として豊かな一時代を築いた」(水越記者の記事から)。今回ご紹介する池田マルヨ製陶も、実は、大正3年(1914年)に瀬戸市で創業した会社なのです。
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*↑池田マルヨは、レースの代わりに和紙を芯に用いた「板レース」と呼ばれる独特の製品づくりが得意なメーカーでした。↓
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*輸出した当時の人々の息づかいが感じられる貴重な箱入りの製品です。
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*瀬戸ノベルティはこの九谷の職人の他、市外からさまざまな人材を受け入れて千余年と言われる陶都史上最大の繁栄を達成したのです。そうした外部から受けれた人材と言えば、「集団就職」の若者たちが筆頭に挙げられます。↓
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(↑池田マルヨへの集団就職↓)
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(↑若い集団就職の女子工員たちが絵付けをした製品例↓)
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*瀬戸市への集団就職は主に九州、特に鹿児島県の出身者たちが多かったのですが、今もアメリカに沢山残り、アメリカで熱い注目を集めているカワイイ瀬戸ノベルティたちは、実はこうした若い集団就職の女子工員たちが絵付けを施した製品群なのです。
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(↑池田マルヨの最盛期の焼成場)
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*池田マルヨも、「集団就職」の若者たちの力によって生産性を向上させ、今なお、アメリカを中心に数多く残されています。しかし、瀬戸の人々は、業界も行政も、またメディアの人たちも、そうした大切な事実に注目しようとする人はほとんどいません。一人当会のみ、と敢えて言う他ないのです。

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*↑当会が池田マルヨ(現在のイマルヨ・IMARUYO)から寄贈を受けたこれらのノベルティは主として1960年代から70年代にかけて作られた製品で、今、アメリカできわめて高い評価を集めているヴィンテージ品となっているのです。

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