マッカーサーへ贈られた瀬戸ノベルティ、中日新聞が掲載! 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

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マッカーサーへ贈られた瀬戸ノベルティ、中日新聞が掲載!

3月9日
☆「敗戦国日本でのマッカーサー元帥のカリスマは、彼の権限と同じくらい大きかった」、『敗北を抱きしめて・上』はGHQ総司令官マッカーサーをこう形容しています。占領下の最大権力者であったそのマッカーサーに瀬戸ノベルティが寄贈されていた事実を当研究会は発見し、そのニュースを今日の中日新聞朝刊が大きく紹介してくれました。


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(↑中日新聞 3月9日朝刊↓)
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(↑ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて~第二次大戦後の日本人~・上』 p262)
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(↑GHQ総司令官マッカーサー)

*当会が「瀬戸ノベルティ、マッカーサー元帥へ寄贈」の根拠としたのは、占領下の窯業界に関する貴重な情報源と言える週刊「陶業タイムス」昭和25年12月22日号です。 「陶業タイムス」は占領下の窯業界事情を記録した数少ない資料で日本陶磁器意匠センターに保存されており、それをオキュパイド・ジャパン研究家の吉原ゆう子さんがコピーされ、当会に提供してくださった中に記述されていた事実です。

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(↑「陶業タイムス」 昭和25年12月22日号↓)
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*この記事には次のように書かれています。「…写真のそれは、独りノベリティー業界にあった独特の創意で数種のパテントを獲得、業界にその特異な存在を示している愛知県東春日井郡水野村のT・K工芸陶磁器製陶所が創意の粋を結集して製作した人形(約13吋・インチ)と電気スタンド(約11吋)の二種類である。…はたしてこの人形こそ1951年の男性ナンバーワン、マッカーサー元帥へその業績をたたえて同社が贈るクリスマスプレゼントの第一号である」。
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*↑掲載された写真 ↓
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*↑当会はこれとほぼ同じ製品を収集していました。当会が2016年、名古屋市にあった「石原陶器貿易」という商社から寄贈を受けた製品の中にあったのです。当会は、上記「陶業タイムス」の記事と出会った時、それらの寄贈品の中にこの製品があったことに最近気がつき、倉庫で改めて製品を見直し、それと確認したのです。↓
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*↑この製品は電気スタンド、と書かれていますので、上部に電球を取り付ける支柱が立ち、そこに電球と傘が取り付けられたのでしょう。
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*↑丁寧に作られた美しい帆船のミニチュアも装飾用に取り付けられています。
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*そして、女性のフィギュリン。↓
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*このような段々になっているスカートを“ティアードスカート(tiered skirt)”というのだそうです。グラデーションになっている色付けも当時は手描きなのです。
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*マッカーサーは、どんな思いでこのノベルティ人形を見つめていたのでしょうか?また、この人形は、マッカーサーの胸に去来する最高権力者としての決断をどのように見つめていたのでしょうか。
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*これらの製品を作った会社の名前が記事に書かれています。「TK工藝陶磁器製陶所」。今の瀬戸市水野地区、当時は瀬戸市との合併前で、瀬戸市外水野村と呼ばれていた所にあった会社でした。「TK工藝陶磁器製陶所」は今のTK名古屋製陶所、また、3年ほど前に廃業したTK製陶所とは異なるメーカーでした。
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*「陶業タイムス」に掲載されていた広告から、経営者の名前は「田中環」であることがわかりました。苗字と名前をとって社名を“TK”と名づけたのでしょう。
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*しかし、このメーカー「TK工藝陶磁器製陶所」についてはほとんどわかりません。この製品は、「TK工藝陶磁器製陶所」で作られ、それがマッカーサーに寄贈されたのでしょう。そして、その後、商社の「石原陶器貿易」がこうした製品をTK工藝陶磁器製陶所から仕入れ、アメリカなどへ輸出していたと思われます。

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*当会は、2016年に200点もの製品の寄贈を石原陶器貿易から受けました。その年の4月、当会はそれらを当「瀬戸ノベルティ倶楽部」でお披露目させて頂きました。それらの製品の中に、この「TK工藝陶磁器製陶所」の製品も含まれていたことと思われますが、当時は、それらの寄贈品の中にマッカーサーへ寄贈されたものと同じ製品が含まれているなどとは思いもかけないことでした。
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*陶業タイムス昭和25年12月22日号の記事はこの話題を次のように結んでいます。「…ときあたかも朝鮮事変の暗雲は北から南に非常な高速度でおおいかぶさってきたとき、マ元帥の労苦は極めて重大視されるにいたった。そこで業界を代表して東京麻布のマ元帥邸に輿入れするこの人形の使命や極めて大であるというところー」。

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*昭和25年に勃発した朝鮮戦争は冷戦実態が際立っていく状況を映し出していました。米軍は、日本が経済復興してアメリカを盟主とする自由主義陣営に組することを強く目論み、日米安保条約締結への歩みに拍車をかけていきました。そうした事態の中で、瀬戸のノベルティも東西冷戦構造の一翼に連なって急激な成長を遂げていったのです。

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(↑昭和22年11月の瀬戸市街 : 米軍撮影の航空写真↓)
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*思い返せば、当会がこれらの製品の寄贈を受けたのは2016年3月11日、ちょうど丸2年前のことでした。「瀬戸ノベルティ、マッカーサーへ寄贈」という事実が明らかになった時期がこの時期と重なったということに、改めてその符号に有難い御縁と深い感慨を覚えずにはおられません。

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*↑当会にこれらの貴重な製品を寄贈してくださった「石原陶器貿易」の本宅と事務所は当会への寄贈後、解体されました。そして、その場所には今、マンションが建っているそうです。まさに、“往時茫茫”です。

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(↑当時の名古屋港・田中荘子さん提供のアメリカ人向け日本案内 “JAPAN TODAY”より)

☆この新聞記事をご覧になったといって、今日午前、「TK工藝陶磁器製陶所」ゆかりの方が当「瀬戸ノベルティ俱楽部」へおいでくださいました。

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*↑この方は,「石原陶器貿易」から当会に寄贈された製品(電気スタンド)と同じ型を用い異なる絵付けを施した製品を二つ保存してこられたそうです。↓
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*↑これらの製品の絵付けはすべて手描きで施されました。↓
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*この方からお聞きした話では、「TK工藝陶磁器製陶所」という社名の“TK”は「田中」と「加藤」という二人の共同経営者の頭文字をとって名づけら社名で、工場は今の瀬戸市穴田地区にあったとのことでした。戦前は和物陶器を作り、戦後になって輸出品の製造へ切り替えたのだそうです。しかし、社主の病気により東京オリンピックが開催された昭和40年代初頭に廃業したそうです。

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