アーカイブ :2018年01月 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

瀬戸ノベルティ文化保存研究会 We are the Seto Novelty Culture Preservation Society, a citizens’organization in Seto City, Aichi Prefecture 、Japan◆瀬戸ノベルティに“最高の評価”!レース人形の最高峰・TK名古屋人形製陶所製「アン王女」が皇室に献上!★瀬戸から「ノベルティ」と「昭和の青春切符~集団就職の記録~」を『日本遺産』に!◆時を超えて香り立つ魅力・ノベルティこそ“瀬戸の華”!セト・ノベルティこそ「せともの」!【瀬戸ノベルティ倶楽部:The Seto Novelty Club〈office〉、Americans who love SETO NOVELTIES, your mail to us is deeply welcome. address :setonovelty_club@yahoo.jp】 写真などこのブログでの画像の無断使用は固くお断りします!

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「瀬戸ノベルティ俱楽部」からお知らせ

2月1日
☆当会の活動拠点「瀬戸ノベルティ俱楽部」は、今日2月1日と明日2日は、取材のため休館とさせて頂きます。どうぞ、ご了承ください。

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“犬のノベルティ”に寄せて…

1月29日
☆今年は戌 (いぬ) 年。犬と言えば、青森県鰺ヶ沢のブサカワイイ犬の飼い主の女性が亡くなったニュースとか、ソフトバンクのCMで白犬の「おとうさん犬」が有名ですが、ノベルティの世界でもとても有名な白犬がいます。あのビクターマークで知られる「ニッパー君」です。この犬を当会がこれまで紹介してきた記事を改めてご紹介します。

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       (↑ビクターマーク 「ニッパー」)
*当会ではいろいろなサイズのの「ニッパー君」を収拾しています。
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*この9点の他にもう一体…↓
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*箱入りの「ニッパー君」もあります。
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*ビクターマーク「ニッパー君」の由来は次のとおりです。↓
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*この箱入りの「ニッパー」は ほぼミント(新品)のように思われます。
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☆ノベルティという点でいえば、犬は猫ほど人気がないように思われます。しかし、戌年を機に目.。するいろいろな文章を読んでいて思うことがあります。それは、「猫は“カワイイ”が命。犬は“思惟する存在”」という魅力の違いです。

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(↑当会が収集している犬のノベルティ)
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(↑当会収集のノベルティ :ボルゾイ犬・丸利商会製 “MANN”ブランド)

*朝日新聞1月14日の記事「読書」欄に深く感動させられた文章があります。町田康さんという方の一文からの引用です。藤野千夜さんが犬と暮らす一家の物語「親子三代・犬一匹」に寄せて町田さんは次のように書かれています。『家族の、ともすれば崩れて離ればなれになってしまいがちな心を支えているのは、マルチーズのトビ丸である。訳のわからないいとおしさが身の内にあふれる。犬は待っている。行ったことを恨みに思わないで、帰ったことを喜ぶ。犬の心で生きたいものである』。

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*「犬の心と言えば『犬心(いぬごころ)』という本がある。書いたのは詩人の伊藤比呂美である。犬には何世代にわたった積み重なってきた犬の心がある。それはどんなに訓練しても克服しきれない心で、人と一緒に居ることが好きで自らそれを選び楽しんでいる犬心との間で揺れる。人はそれを見て切ない気持ちになる。なぜなら人間のなかにも理屈で割り切れない心の働きがあるからで、それはときに非常識であったり不道徳であったりして、人の世で人はその心に苦しむ。ただし人間は言葉を話す。なのでその苦しみを言葉に置き換えて少し楽になることができる。だから黙って、なにも話さないで生きる犬の姿を見て、自分を重ね合わせて切ない気持ちになるのである」。(町田さんの文「何も話さないその姿が切ない」から)
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(↑神野製陶所が製造した白生地で「白雲陶器」が製品化したもの)

*「犬は時間を持たないというが、そんなことはないように思う。多分、犬は時間を持っている。でも、それは人間が感じている時間とはよほど違う犬独自の時間に違がいなく、でも実際にそれがどんな時間感覚なのかは想像もつかないが…」。
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(↑今はすでにない「丸利商会」製のノベルティ :当会の収集品)

☆「犬は何も話さないその姿が切ない」。…町田康さんのこの言葉を田中荘子さんが里帰りさせてくれたオキュパイド・ジャパンのノベルティに寄り添って見つめてみる時、犬の魅力の秘密が一層奥深く味わえるような気がしてきます。↓
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(↑瀬戸市美術館展示最終日撮影:2018年1月28日↓)
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(↓田中荘子さんが里帰りさせてくれたオキュパイド・ジャパン“アメリカン・チルドレン”シリーズ↓)
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1月29日
☆占領期の窯業事情を知ることのできる資料はきわめて少ないのですが、貴重な手がかりと言えるのが「陶業タイムス」です。当会はその資料をできるだけ精読し、当時の貿易の実態や中部地区の窯業が直面していた課題などを知りたいと思っています。昭和26年4月4日の第121号にピーター・ラビットの事例が著作権侵害の事例として重ねて紹介されています。 

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*↑この写真には、「(本紙既報)米国市場で日本業者が著作権侵害問題を起こした英国製動物玩具の見本。左より、Tom ,Kitton, Mrs.Tiggy-Winkle, Porter Rabbit」と添え書きされています。“Porter Rabbit”。作者のPotterとピーター・ラビットのPeter とを混同して、“Porter Rabbit”という綴りになったのでしょう。ともあれ、当時のこれらの製品が今もアメリカに残されていて、当会は、その画像を入手しています。
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(↑ピーター・ラビット)
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*↑Tom Kitton(子猫のトム): ちょうど80年前に誕生したキャラクターです。↓
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(↑1948年Beswick社製)

*「ピーター・ラビット」の物語はBeatrix Potterが1905年に出版した絵本でBeswick社から出版されました。そして、その絵画に基づくやきもののノベルティは1948年 から作られてきました。
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*↑ティギー・ウィンクル(Mrs. Tiggy Winkle)はハリネズミ(Hedge hog/やまあらし)の洗濯を専門に行う女性。↓
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*瀬戸の人たち、日本人がとうに忘れてしまった輸出品が今もアメリカで愛され続けているのです。

※これらの製品についてのお問い合わせは当会下記へお願いします。

〒489-0814 瀬戸市末広町 3-16  「瀬戸ノベルティ文化保存研究会」 
<メール> setonovelty_club@yahoo.co.jp
<電話:> 090-6339-0791



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『海を渡ったせとものたち』、入館者はなんと 3000人も!

1月29日
☆瀬戸市美術館で昨年12月2日から開催されていた『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展。昨日が最終日、期間中の入場者は約3000人に上りました。小雪が降り始めた夕刻5時に閉館となりました。 

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(↑最終日の瀬戸市美術館)の賑わい↓
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(↑田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション “アメリカンチルドレン”↓)
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☆この企画展の開催を田中荘子さんとともに当会が瀬戸市行政に強く進言したのは、「瀬戸志は本当に“陶都”として生きていくつもりなのか?」を瀬戸士の行政、窯業界、観光協会、瀬戸市民に向かって、真摯に、そして誠実に問いかけたいからでもありました。この企画展を見た方は実数は3000人を超えています。そして、そうした方々の多くから、『こうした素晴らしいものの存在を長い間埋もれさせてきたとは、一体、瀬戸市は何を考えているのか?』という非難と期待の声です。一体、瀬戸市行政にあたる瀬戸市職員、観光協会、そして瀬戸市議会議員のうち、どれくらいの人たちが見学したのか、当会の大きな疑問です。とはいえ、肝心な瀬戸市職員の半数近くが瀬戸市には住んではいない通い職員であるということをそもそもどう考えたらよいのでしょうか?

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『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション』今日が最終日!

1月28日
☆瀬戸市美術館で昨年12月2日から開催されていた『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展。オキュパイド・ジャパン製品がこれほどの規模で開催されるのは今回が初めてのことです。そして、同館によれば入場者は3000人に迫っているそうです。今日28日が最終日ですので、どうぞお見逃しなく。瀬戸市の天気は、晴れ後曇りの予報。市内の雪も解け、スリップの心配は全くありません。 


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*↑占領下の輸出品・毛皮製品『昭和二万日の全記録』⑧講談社刊~出典・月刊沖縄社より~↓
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*↑袋に“OCCUPIED JAPAN”オキュパイド・ジャパンの文字が見えます。

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*↑この写真について、『昭和二万日の全記録』⑧講談社刊~出典・共同通信社~」には次のように書かれています。「日本貿易館を訪れ、商品の調査を行う米国貿易使節団。対象となる輸出商品には紙張りの傘や鳥籠、玩具などの雑貨製品が多かった」。

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*↑この写真について、『昭和二万日の全記録』⑧講談社刊~出典・共同通信社~には次のように書かれています。「昭和22年6月10日、GHQは8月15日付で民間貿易の再開を許可することを発表した。…15日に入京したばかりの貿易使節団をめがけ、翌朝、早くも取引相談に押しかけた日本人業者。21人の代表に対し、この日、日本側訪問客は午後4時までに400人を突破した。使節団が寝泊した“ホテル・テイト”のロビーは、東京ではホテルトーキョーとともに、再開された民間貿易の交渉の場だった。…8月15日以後11月までにアメリカ人バイヤーをはじめとして、カナダ、イギリス、中国、フィリピン、インド、フランスなどのバイヤーが来日した。…バイヤー専用ホテルとして、ホテルトーキョー、ホテル・テイト(東京)、ホテル・トキワ(名古屋)、ホテル・ラクヨー(京都)、ホテル・ナイワ(大阪)が開設された。また、東京・大阪には輸出商品展示場として日本貿易館が整備された。









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中部大学生がノベルティの卒論を作成!

1月27日
☆オキュパイド・ジャパン時代の業界紙『陶業タイムス』、昭和26年(第120号)にピーターラビットファミリーのベンジャミン・バニーの写真が掲載されています。↓

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*この写真には「本紙119号既報の英国製動物玩具の一部」と貼付されています。第119号既報の記事とは次のような記事です。
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(↑陶業タイムス第119号: 昭和26年3月9日発行)

*「二月中旬、連合軍総司令部に英国陶磁器連盟より陶磁器製動物玩具の著作権侵害の事実に対する日本側の善処方を要望する書簡が届けられた。しかもこれには著作権、意匠権を有する英国製品(四点)とこれの日本製模倣品(四点)、及び関係著書4冊が添付されていた。この問題の動物玩具はそれぞれ英国のフレデリック商会が著作権を有し、過去四十数年にわたって出版されている余りに有名な絵本の中に活躍する主人公の動物達の姿態であって、この陶磁器製動物玩具製造についたは同じ英国のベズウィック商会がその著作権者より許可を受け過去二年間製作して、廣く海外にもでているものであって、これらの固有名詞はピーターラビット、デイギイウィンクル、トムキテイン、ベンジャミン・バニーの四つであって、前記英国と日本の製品、ならび四冊の著書は名古屋日陶連に保管、供覧されることになっている」。「本紙119号既報の英国製動物玩具」とは、日本の陶業者が著作権を侵害したと言う英国陶磁器製動物玩具のことを記した記事のことです。

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*この記事には次のように書かれています。「この通告を受けた関係当局では当初道徳的にはとにかくとして、法律的にはなんら責任はないものとの見解を持っていたのであるが、更に、確実を期するため、さる二月十五日、東京の日陶連事務所に於いて通産省側吉田・石川(窯業課)、永田(輸出課)、立木(雑貨輸出課)の関係各官に外務省条約局国際協力課の松本事務官および特許庁山口技官を加え、日陶連側とともに協議の結果、日本の模倣メーカーに法律的にも道徳上においても責任があるという結論に立ち至ったのである。即ち日本製模倣品はこの場合、明らかに著作権の侵害をしている訳で、この製品の輸出は直ちに停止するすべきものであると認められたのである」。

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*陶業タイムス第119号に書かれた「ピーターラビット、デイギイウィンクル、トムキテイン、ベンジャミン・バニー」とは、ピーターラビット・ファミリーの「 Peter Rabbit 、Lady Whinkle、Tom &kitten、Benjamin Bunny」のことです。↑この3体は後に量産されたものの元見本として瀬戸市で作られたものです。
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(↑ピーター・ラビット/Peter Rabbit ↓)
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*↑ピーターラビットのいとこ、ベンジャミン・バニー/Benjamin Bunny。この製品が昭和24年の「陶業タイムス」で、日本によって模倣されたとイギリスがクレームを寄せた製品と同じもので、1980年代頃に瀬戸市で作られたものです。
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1月27日
★今日27日の中日新聞なごや東版に『ノベルティの知名度向上を~中部大学生・恩田さん、卒論で方策提言~』という記事が掲載されました。卒論を書いたのは中部大学人文学部4年生の恩田佳太郎君。題名は『瀬戸市に於けるノベルティ生産・流通の歴史的展開と今後の可能性』。この卒論の作成に当会も協力しました。

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(↑1月27日の中日新聞↓)
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*この記事には「(恩田君は)瀬戸ノベルティ文化保存研究会の協力も得て、資料提供を受けたり、市内のメーカーを取材したりした。文献を参考にしたほか、同市美術館で昨年12月から開催中の『海を渡ったせとものたち』展(28日まで)にも足を運んだ」と書かれています。
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*記事はまた、「同研究会代表は『若者が地元の宝に気付き、論文としてまとめたことは行政や業界、同世代の若者にも刺激になる』と評した」と書いてくれました。
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*恩田君の卒論を指導したのは同大の林上(はやし・のぼる)教授。林教授は「『海外に渡ったノベルティが里帰りする動きなどもあり、過去から現在にかけて瀬戸のノベルティを再評価しようと焦点を当てたのは良かった』と述べた」と記事は書いています。
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(↑新聞記者の取材を受ける恩田佳太郎君↓)
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*恩田君の若い心は郷里である“陶都・瀬戸の宝”に目覚めたのみならず、その一方で、瀬戸の“陶都としての激しい衰退”の現実にも心を深く揺り動かされたようです。ガス関係の会社に内定しているという恩田君は、今回の卒論をとおして感じたことを次のように記者に語っています。「『人知れず、黙々と海外で愛される商品を作り続けた職員さんたちのような仕事人になりたい』と話した」。

☆2月が近づいています。“グーチョキパン店”に居候し、魔女として、また一人の少女として成長するキキの物語。来年はアニメ『魔女の宅急便』が映画化されて30年になるそうです。当会はこのほど、そのキキのノベルティを入手しました。
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*キキの誕生日は2月2日。“グーチョキパン店”に居候し、魔女として、また一人の少女として成長するキキが主人公。
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*これは植木鉢として作られた製品です。
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*ちなみに、珍しい写真をご紹介します。↓
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*岐阜県美濃市洲原地区の「「洲原ひまわりの里」で『魔女の宅急便』をヒントにひまわりが満開の頃に行われている人気のイベントです。ひまわり畑の状況・イベントに関する情報は、洲原ひまわりの里公式facebookページで発信されています。
https://www.facebook.com/洲原ひまわりの里-1640547235960444/
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瀬戸ノベルティで甦る 内藤ルネからの問いかけ

1月26日
★今の26日夜、NHK名古屋放送局の「金とく」という番組で、内藤ルネを特集した番組『そして“カワイイ”が生まれた~内藤ルネの光と影~』が放送されました。そのルネの世界をやきもののノベルティで作った唯一の生産地が瀬戸市でした。この放送を見て、このような特集企画は瀬戸市でこそ実現できるはずなのですが、瀬戸市文化行政は全く関心を示していません。残念でなりません。“内藤ルネの大切さ”を理解していないのでしょう。当会がこれまで掲載してきた内藤ルネ関連記事を改めてここでご紹介します。


【2016、8/11のブログ】
8月11日
☆“カワイイ文化の元祖”と言われるアーティスト・内藤ルネ。
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☆内藤ルネの展示会が昨10日から名古屋三越栄店で始まったと中日新聞が報じています。今月22日まで。


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(↑中日新聞 8月11日朝刊↓)
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*瀬戸市ではこれまで“ルネのノベルティ”がいろいろ作られてきました。当倶楽部はルネのやきもの製ノベルティを収集保存する日本で唯一の収蔵団体となっているかもしれません。そこで、当会が収蔵するやきもの製“ルネのノベルティ”をご紹介しましょう。

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(↑リトルマーメード<小花器>↓)
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(↑各種メッセージが添えられたグリーティング天使↓)
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*内藤ルネは、愛知県岡崎市生まれ。本名・功。画家・イラストレーター・インダストリアルデザイナー・インテリアデザイナーというマルチアーティストでした。
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       (↑内藤ルネ<1937-2007>)
*ルネは、いわゆる“LGBT”という個性の一つを持つ人でした。
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*戦時下、ルネは、ある空家の一室で見た雑誌の美しい口絵に魅せられました。それは画家の中原淳一の絵で、中原淳一との出合いが「マルチアーティスト・内藤ルネ」の才能を開花させ、瀬戸ノベルティの世界をも大衆化させていくことになったのです。

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*↑「RUNE PANDA (ルネパンダ)」。↓
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(↑「メチャンコペリちゃん」)

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*2008年、刈谷市美術館で「内藤ルネ展“ロマンティックよ、永遠に”」が開催されました。当会も、市民活動団体の設立を前に、この企画展に注目し、見学、図録を購入しました。入場者数も記録的だったそうですし、図録も素晴らしく充実していました。この時の企画展は朝日新聞社が共催しましたが、今回は中日新聞社が共催とのことです。
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*その人気について精神科医・香山リカさんが『カワイイ文化 生みの親』と題する一文をこの図録の中に寄せています。「…今、未成熟で自由で元気な少女たちを描いたその作品世界は、改めてアートや文化として解釈されようとしている。80年代半ば以降の日本を特徴づけると言ってよい『カワイイ文化』の原型がここにあると考えられているのだ。…かくして、カワイイ文化、カワイイ市場はあっというまに日本を席巻した。そして、それは豊かな社会のシンボルとして定着し、アジアやアメリカにまで広がっている…」。

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*↑内藤ルネのノベルティを焼いたガス窯。この窯はすでに解体され、当会はその解体の様子をビデオで記録しました。
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*この窯は「デュポー式シャトルガス焼成窯」と言い、瀬戸市の姉妹都市であるフランス・リモージュ市のデュポー社製ガス窯を瀬戸仕様に改良して作られた焼成窯でした。
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*この「デュポー式シャトルガス焼成窯」はセトノベルティを焼いた主要な名器として、戦後の瀬戸に窯業史上最大の繁栄をもたらした窯でしたが、瀬戸市行政はこの型式の窯について全く顕彰していません。瀬戸市民として信じられず、理解できないことです。

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(↑丸山陶器から寄贈されたものの、長年放置されたままの同型の「デュポー式シャトルガス窯」↓)
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*↑ルネのデザイン画を転写したマグカップ。↓
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*↑内藤ルネがデザインしたビリケンのやきもの製ノベルティ↓。
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*このビリケンのノベルティは内藤ルネと瀬戸との初めての出会いとなった記念碑的製品でした。また、その縁がその後のルネによるデザインがやきもの製セトノベルティとして瀬戸市で独占的に製品化される絆となったのです。

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*ルネのビリケンノベルティは、数あるビリケンの中でおそらく最も美しく、最も気品の高い製品であるように思われてなりません。大阪の通天閣さえないものです。このビリケンのやきもの製ノベルティは日本では今、当倶楽部でしか見ることができないと思われる逸品です。しかし、この製品を焼いた窯も、作った会社ももう瀬戸にありません。

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*↑当「瀬戸ノベルティ倶楽部」の突き当り奥の隅。掛け時計はさきごろ解体されたノベルティ会社から当会が頂いた物。その下、高さおよそ60㎝の大きなペコちゃんの前にルネのノベルティがあります。↓
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*高さおよそ33㎝。この大きなルネのノベルティは貯金箱としても使える製品です。
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☆内藤ルネのノベルティは瀬戸では特別な発注を除いて今では全く作られていません。当会は、ルネの製品を独占的に作ってきたK社が廃業する前からK社と交流をはぐくみ、いくつかの製品を入手してきました。それは、内藤ルネがいわゆる“カワイイ文化”の元祖的存在であり、その“カワイイ文化”こそ、今、瀬戸のやきものに求められている「陶都再生の糧」の最たるものであると考えるに至ったからです。内藤ルネのような“カワイイ・ノベルティ”には陶都再生の鍵が埋もれている、当会はそう思っています。 

*セトノベルティ、特にハクウン(白雲)生地のノベルティはこうした内藤ルネのような、いわゆる“サブカルチャー”の製品を盛んに生み出し、それが戦後の瀬戸に陶都史上最大と言える繁栄をもたらしてきたのでした。しかし、瀬戸市文化行政は、そうした“サブカルチャー”にはきわめて消極的で臆病であり続け、相変わらず旧態依然とした陶芸至上という権威主義に閉じこもっています。そうしている間に、「まちじゅが美術館」という実態と誇りとは音を立てて崩れ去り、時代感覚を鋭敏に取り入れて今に呼吸するというようなやきものを作るという闊達な活力も失われてきたのです。瀬戸市文化行政の固陋な時代感覚と閉塞した蛸壺様時代錯誤は「陶都消滅」というまぎれもない事実を招来し、無作為の罪深さは免れない…、当会は敢えてそう指弾する他ありません。

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(※ この項目に掲載した内藤ルネ関連写真はルネ展に於ける図録やルネの自伝からの転載です。なお、掲載したルネの製品はすべて当会の収集品です。)

【2017、11/17のブログ】
*当会は内藤ルネのノベルティをいろいろ収集しています。今日17日のテレビ朝日の朝の情報番組“羽鳥慎一のモーニングバード”の「ショーアップコーナー」で、このルネ人気を取り上げていました。
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*内藤ルネは“kawaii(カワイイ)文化の生みの親”と言われるマルチアーティストです。画家、イラストレーター、インダストリアルデザイナーなど、いろいろな才能を発揮した異才のアーティストでした。2008年、刈谷市美術館で内藤ルネ展が開催され、当会も見学に行きました。
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(↑2008年刈谷市美術館で開催されたルネ展の図録)
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(↑“ルネ・ガール”と呼ばれるきりりとした輪郭の女性↓)
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*その折には、瀬戸製ノベルティが沢山展示されていました。しかし、その後の展示会を見たことがありますが、ルネの死去、また修善寺のルネのアトリエが閉鎖されてからは、陶磁製のルネのノベルティはあまり見られなくなりました。ほとんで生産も行われなくなりました。しかし、またこのところ、ルネの時代のファンとは2世代も離れたイマドキの若い女性たちがこのルネの魅力に惹かれているというのです。

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*ルネのノベルティは、ルネがそのビリケンを“せともので作りたい”と願い、その願いを引きうけた瀬戸市の大竹製陶所が作ったことから、同社がルネのノベルティを専属で製造してきました。

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(↑内藤ルネのデザインによるビリケン↓:今では、超レアモノとなっています)
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*その大竹製陶所も社名を変えた後、窯も解体され、姿を消しました。
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(↑内藤ルネの製品を焼いていた大竹製陶所のありし日:2011年当会撮影)
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(↑内藤ルネの製品を焼いていたガス窯の解体:2011年当会撮影)
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↑内藤ルネの製品を焼いてきたガス窯もデュポー式というガス窯でした。デュポー式ガス窯は丸山陶器によって初めてノベルティ焼成用に導入された窯で、フランスのリモージュで使われていた窯を日本仕様に改良された窯で、瀬戸ノベルティの多くがこの窯で焼かれてきました。当会はこの窯が解体された時、この窯に貼られていたプレートを頂きました。
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*内藤ルネのノベルティは大竹製陶所以外の他のメーカーでも作られてきましたが、ルネ人気の高まりがある一方で、今ではほとんどやきもののルネノベルティは作られていないようです。“羽鳥慎一のモーニングバード”によれば、内藤ルネは、美輪明宏、寺山修司、漫画家の赤塚不二夫などにも大きな影響を与えていました。番組の中で、内藤ルネの強い影響を受けてきたという水森亜土やファッションデザイナーのコシノ・ジュンコもその魅力を語っていました。また、水森亜土は「少女らしくもなく、男の子らしくもなく、…4次元のような存在ですね」と語っていました。山地まりというシンガーは内藤ルネの作品とコラボするミュージックビデオで話題なんだそうです。

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☆この『セトノベルティの魅力・昭和のファンシー』展に於いて、陶都の学芸員であるなら注目すべき視点として持っていて欲しいと当会が思うのは、“ハクウン(白雲)” という生地のことです。池垣俊生さんという旧商工省京都陶磁器試験所の元職員はその回想録で次のように証言しています。 
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「(昭和24年)当時、瀬戸では、白雲石を主成分をした白雲陶器はどの会社も手掛けておられず、磁器と半磁器が多かったと思う。この白雲陶器は、低火度で焼成して製品化されるため、カラフルな彩色ができる反面、素地の強度が小さく、強度を増大しようとして焼成温度を上げれば、素地中の遊離珪酸が減少して貫入(かんにゅう・ひび割れ)の発生を起こす等の欠点がある。(ハクウン陶器の製品開発にいち早く成功した本地陶業の)山内勇夫さんは白雲陶器の諸性質を徹底的に検討され、ノベルティに応用可能との結論を得られ、直ちに工業化に踏み切られ、間もなく成功したとの朗報を頂いた。当時、敗戦国日本は輸出を振興して外貨を稼がねばならない時代だったので、国は輸出を奨励し、試験所もまたその方針に従い試験研究と指導育成に務め、業界の方々も真剣に取り組まれ、白雲陶器によるノベルティ業界の会社数は関連事業も合わせて瀬戸地区で約三百社に及ぶ活況を呈したことは夢のようである」。
*池垣俊生さんの指摘を踏まえてみれば、「戦後の瀬戸の繁栄の基となったのはノベルティであり、まぎれもなく、白雲素地(ハクウン生地)こそ、そのノベルティ産業隆盛の最大の功労者であった」のです。このような陶都にとってならばこそ大切な視点が瀬戸蔵ミュージアムのこの企画展の中にしっかりと把握されていることを願うのですが…?

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(↑超幻の内藤ルネのノベルティ↓)
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1月26日
★「陶業タイムス」昭和25年4月10日発行の第78号に黒人のノベルティの写真が掲載されています。「此のCocky Jar は一個三弗(ドル)九五仙(セント)売りで、Pearl China Pottery and Co,製である」と記されています。

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*この製品の写真は白黒の写真です。しかも、60年以上も前の占領下。実際はどんな色をしていた製品なのか、わからないと思っていました。しかし、インタネットにより、この製品が今もアメリカに残されていることがわかりました。
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*“COOKY”という文字が絵付けされています。COOKY(=COOKIE)でクッキーのこと。“BLACK AMERICANA COOKY MALE CHEF WHITE CHEFS OUTFIT GOLD TRIM MCCOY COOKIE JAR”というタイトルでネット入札により売られているのです。黒人の男の白い服を着たクッキーシェフシリーズ、金線飾りマッコイクッキージャー。
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BLACK AMERICANA COOKY MAsHITE CHEFS OUTFIT GOLD TRIM MCCOY COOKIE JAR-3

*トランプ政権になってからアメリカ社会では民族差別や格差・分断という風潮が強まっています。名作映画『風と共に去りぬ』で、ヴィヴィアン・リー演じるスカーレット・オハラのメイド役でアカデミー助演女優賞を受賞したという黒人女優がいます。ハティ・マクダニエルさん。
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*今、そのハティ・マクダニエルさんを主役とした映画製作の計画が進められているそうです。(トランプ政権だからこそ差別され続けてきた黒人女性の映画が作られるのでしょうが…)彼女のような体格のよい黒人女性をモデルにしたクッキージャ―も瀬戸で作られ、アメリカへ盛んに輸出されていました。
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*陶業タイムスに掲載されたこの写真の製品は男の執事メイドですが、このような製品を数多く扱ったのがPearl China and Pottery Co,という会社で、その“MaCOY”というブランドで有名なのだそうです。この製品には色違いの製品もありました。
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*占領下の時代が、今、インターネットという文明の利器によって色鮮やかに甦えるという時代に私たちは生きていることを痛感します。名古屋港で船積みされ、一ヶ月近く波に揺られてアメリカの東海岸に到着したという瀬戸のノベルティは、田中荘子さんが里帰りさせてくれるOJの品々のように、今は飛行機で軽々と太平洋を飛び越えるのです。そうした時代であればこそ、今、忘却の中に埋もれ、忘却の中に失われてきた歳月の記憶、陶都のものづくりの誇りも容易に、そして色鮮やかに手繰り寄せられる時代に生きているのです。

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『内藤ルネ』のノベルティ

1月25日
☆明日、NHK名古屋放送局から「内藤ルネ」を特集する放送があります。番組は「金とく~そして“カワイイ”が生まれた~内藤ルネ 光と影~」。放送は明日夜7時56分~8時39分です。同局のHPには次のような番宣が紹介されています。「ルネ。今、世界を席巻する『カワイイ』。それを生み出したといわれるのが、愛知県出身のイラストレーター・内藤ルネ。少女のイラストからパンダのキャラクターまで、社会をカワイイで満たしてきたが、その存在は謎に包まれてきた。死後10年を経て、今回初めてその胸の内を語った手記が発見、数奇な人生が明らかになる。戦争体験、同性愛への差別、裏切り…。葛藤を乗り越え、彼が追求したカワイイとは何だったのか?ピーコ,増田セバスチャン、池田理代子、香山リカ、宇野亜喜良、伊藤文學、田村セツコ、中村圭子、長嶋友英【語り】澤田彩香」。
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*当会は、内藤ルネのノベルティいろいろ収集しています。
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*特にルネの製品をいろいろ収集しているところは当会以外にはあまりないと思われます。

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*↑内藤ルネの製品を焼いてきた窯(2011年当会撮影)
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*↑内藤ルネの製品を焼いてきたガス窯も解体されました。当会はその解体の一部始終を撮影しています。(2011年当会撮影)


1月25日
☆瀬戸市美術館で開催中の「海を渡ったせとものたち~田中荘子・オキュパイド・ジャパン」展は今月末の28日が最終日です。その会場に展示されていない製品があります。碍子(がいし)、電気の絶縁体で、当会はオキュパイド・ジャパン時代の碍子を入手しています。オキュパイド・ジャパン時代の碍子は日本の戦後復興と深く関わっていたのです。 

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*↑オキュパイド・ジャパン時代の碍子。
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*↑山国製陶。大手の瀬戸ノベルティメーカーで、倒産しました。↓
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*当会は同社の工場解体の折、地中に埋もれ、土の中から掘り起された“オキュパイド・ジャパン碍子”を発見し、収拾しました。
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*↑左奥の建物が集団就職の人たちが住んだ寮。工場棟の建物が取り除かれた土の中から露わになったのが碍子でした。↓
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*ルイ・イカールなど、ノベルティの名品を作ってきた山国製陶でしたが、戦時中から敗戦後の占領時代には碍子を作っていたのです。そうした事実が会社の倒産と工場の建物の解体によって明らかになったという訳です。
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*こうした碍子はオキュパイド・ジャパン時代にも盛んに作られていたのです。それは何故だったのでしょうか。それを知る手がかりがあります。当時の業界紙「陶業タイムス」、昭和24年2月17日発行号に『碍子の大量需要~電源五ヵ年計画策定~』という記事が掲載されています。「政府は経済復興五ヵ年計画の一環としてその動力源である水力資源を開発するため、電源五ヵ年計画を樹(た)て、24年度より本格的に着手する予定である。差し当たり緊急を要する全国37地点に対し、総司令部の承認を得次第、着工すつ準備を進めており、総予算は624億円で、本年度分22億円を予定している。なお、これに要する特高圧碍子その他の所要量は未だ明らかではないが…」と記されています。その文章に続いて37地点のダム計画が記載されています。↓
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*この資料にあるように、碍子(がいし)は戦争、そして戦後復興と深い関わりを持っていました。戦時中は、日本が中国などアジア各地に軍を進めるために必要とした軍需資材であり、敗戦後は経済復興に必要な電源開発のための需要でした。碍子というやきものも、敗戦、そしてGHQの占領によって戦争資材から平和産業資材へと転換していったのです。
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*↑当会代表による著書です。戦後復興と高度成長のためのダム建設で自分の生きる道を見出した旧国鉄バス車掌の物語で、映画とテレビドラマの原作になりました。筆者はこの書の中で、戦後のダム建設事情について小文を書いていました。戦時中はすべてを戦時体制とするために電力は国家管理とされていました。敗戦後は、GHQマッカーサー指令により電源開発は民営化され、いわゆる九電力体制へと移行しました。オキュパイド・ジャパン時代の碍子が作られたのは、そうした移行期のことでした。↓
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*「GHQ司令官マッカーサーが帰国し、サンフランシスコで対日講和条約が調印された昭和26年、日本は独立国家として戦後への歩みを大きく踏み出した。しかし、その頃、国内は異常渇水と石炭不足のため、全国的な電力制限が続くなど、空前の電力不足に見舞われていた。この年、戦時中から国家管理の下に置かれていた電力業界はいわゆる『九電力体制』に再編成され、また、GHQの命令による新発電所建設禁止令も解除された。 そして、この電力不足を前にして、戦後の経済を復興し、発展への足がかりを得るためには、国家資金を大量に投入した大規模な電源開発を行うことが急務とされた。その目的のために、翌27年、水力発電を中心に電源開発を進めるいわゆる“水主火従”の方針が打ち出され、政府が株の大半を出資して電源開発株式会社が設立された」。(拙著「さくら道~国鉄バス車掌佐藤良二さんの生涯」<風媒社刊>より)
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★『1949年(昭和24年)の陶磁器輸出状況」という記事も「陶業タイムス」昭和25年1月30日発行の第71号に掲載されています。↓
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*これは、1949年(昭和24年)当時の輸出品がアイテムごとの割合の記録です。この年は4月に1ドル=450円だった為替ルートが【1ドル=360円】という固定相場制へと移行した年でした。それによれば、この年、食器類が65.3パーセント、置物類(ノベルティ)が22.3パーセント、タイルが7.5パーセント、碍子類が3.7パーセント、衛陶(便器)が1.2パーセントとなっていました。
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*このデータは当時の通産省がまとめたデータで、船積した製品は1965万ドルでした。この年の2月に陶磁器の輸出レートが1ドル=450円と設定され、ほどなく4月に1ドル=360円と設定されました。この記事は「右の一年間を通じてトップを切っているのは、やはり日陶、森村商事クラスで、2・3月に日陶へ迫った加藤兵三、富田七三郎、山加がかなりの線を見せ、加商、日本窯工、浅井産業が毎月相当の成績を納めている。これをシッピングについて昭和23年に実績に比較すると、24年は実に4割9分の増加である」と記しています。
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☆さて、昨日23日の当ブログでご紹介した記事に関連して改めて気がついたことがあります。
*「陶業タイムス」昭和24年5月26日の第39号に掲載された次の記事。↓
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*「某バイヤーが、あるサプライヤーに写真のような人形を示して大量に注文した。その場は簡単に引き受けたものの、さてこれを作るメーカーがいない。この写真は戦前日本で作られたもので、昔の写真をバイヤーが持っていたもの。サプライヤーは心当りを歩き廻ったが、どこでも『こりゃ、私どもの技術では…』と投げ出され、到底日本の技術では出来ませんと返答して契約は出来なかった」。(「陶業タイムス」昭和24年5月26日第39号の掲載記事)

★実は、昭和24年5月26日に掲載されたこの製品(左側)と同じ製品を当会は、すでにそれと知らず当「瀬戸ノベルティ倶楽部」に展示していたことにハッと気がつきました。↓
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(↑当「瀬戸ノベルティ倶楽部」)
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(↑昭和24年5月26日の記事で紹介された製品)
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*上の写真の真ん中、手前の左側が「丸山陶器」製の生地によるノベルティ人形です。
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*これは、当時のノベルティではありません。丸山陶器の製品づくりに用いられた石膏型から後に生地を鋳込み、ある時、丸山陶器関係者からその白生地が放出され、その白生地にノベルティ絵付け職人がある程度自由に絵付けを施した製品です。しかし、ボディ(生地)は紛れもなく丸山陶器の製品なのです。
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*世に“丸山の手”と言われるように、丸山陶器の製品の美しさや醍醐味はその手と指に見られます。指は繊細に作れば作るほど、鋳込み、焼成、絵付け、梱包、運送、開梱などすべての工程に於いて毀れやすく、生産効率が悪くなります。しかし、そのことを承知の上で丸山陶器はそうした指の細部にこだわり、細部にこそノベルティメーカーとしての丸山陶器の誇りと本領があったのです。そうしたこだわりをもってモノづくりを行う企業は以前は瀬戸にもたくさんあったものですが、円高や需要の先細りの中で省力化し、できるだけ安価な製品づくり、また海外生産へとシフトしていったのです。だからこそ、メーカーとしての歴史が消えても今なお丸山陶器の名声は高く、値崩れすることはないと言えるのです。
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*実は、この製品の物語には続きがあります。丸山陶器のこの製品によく似た製品が後に作られていました。↓

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*これは、丸山陶器の製品と異なり、磁器ではなく白雲(ハクウン)生地の製品で、瀬戸のK社が作った製品です。
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*ハクウンの特性が遺憾なく発揮された製品でとても美しい色が出ています。
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*しかし、また細部がクリアに出せないというハクウン生地の特性も顕われています。手は丸山陶器と比較するまでもなく、荒い作りです。↓
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※瀬戸市美術館で28日まで開催中の「海をわたったせとものたち」展はこの時代の製品を展示しています。開催は28日までですので、お早めにお出かけ下さい。当会が展示に協力しており、すでに2500人以上の見学者があります。。
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☆瀬戸市美術館で今、開催中の『海を渡ったせとものたち~田中荘子・オキュパイド・ジャパン』展。この企画展で展示されている製品について分かったことがあります。 

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*↑瀬戸市美術館で開催中の『海を渡ったせとものたち~田中荘子・オキュパイド・ジャパン』展に展示されている製品の一つ。

↓「陶業タイムス」は綜合通信社が発行していた週刊の業界紙で、オキュパイド・ジャパン時代を知ることのできる稀有な資料で。この資料はオキュパイド・ジャパン研究家の吉原ゆう子さんを通じて日本意匠センターから提供された資料です。
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*↑「陶業タイムス」昭和25年1月2日第69号に掲載されている記事。↓
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*↑「陶磁器玩具・新製品・USAによるケンネスピーハンズ歩兵少佐の名付けによる『デインチドーリス人形』:愛龍商會」と記載されています。↓
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*↑この記事によれば、瀬戸市美術館に展示中の厚さ1ミリという薄いスカート地の人形は『デインチドーリス人形』:と呼ぶ人形であることがわかったのです。↓
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★そこで、少し調べてみました。この<デインチドーリス>という名称ですが、ひょっとして“Dainty Dolly”またはその複数形の “Dainty Dollies”というのではないでしょうか?“Dainty”というのは可愛らしい、可憐な、という意味、“dolly”というのは小児語でお人形ちゃんという意味です。因みにネットで調べてみますと、“Dainty Dolly”という人形のジャンルはあるようなのです。
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*当会の認識は誠にいい加減なものですので、あしからず。これは、アメリカの田中荘子さんからお教え頂けることかもしれません。ともあれ、このOJ製品が“Dainty Dolly”人形と呼ぶ製品かもしれないということが陶業タイムスから教えられたことです。
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瀬戸市で作られている“やばいノベルティ”

1月23日
☆日本政府が1ドル360円の公定単一為替レートの設定を命令されたのは昭和24年4月23日、マッカーサーの指令によるものでした。そのニュースを報じる記事が「陶業タイムス」昭和24年5月5日号に掲載されています。この号に“陶玩具の競争相手”という次のような記事があります。

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*「一風変わった石膏人形が非常な人気を呼んでいる。次の人形は1ヶが15セントで、1ダースが一箱に納まって業者間を往来する。大きさもまちまちで、1セント、5セント、10セント、15セント、25セントと五品目が整然と店頭に並んでいる、販売の音頭取りはミルウォーキーのウィスコンシン・デラックス会社」。この記事に掲載されている挿絵が当時の生産例をうかがわせてくれます。
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*また、「陶業タイムス」昭和24年5月26日の第39号に次のような記事があります。
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*「某バイヤーが、あるサプライヤーに写真のような人形を示して大量に注文した。その場は簡単に引き受けたものの、さてこれを作るメーカーがいない。この写真は戦前日本で作られたもので、昔の写真をバイヤーが持っていたもの。サプライヤーは心当りを歩き廻ったが、どこでも『こりゃ、私どもの技術では…』と投げ出され、到底日本の技術では出来ませんと返答して契約は出来なかった」。
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*そして、昭和24年6月16日の第42号にこの記事の訂正が次のようにありました。「ー訂正ー本第39号の写真は次の写真の誤りにつき訂正します」。↓
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*瀬戸市美術館で28日まで開催中の「海をわたったせとものたち」展はこの時代の製品を展示しています。この製品と同じような趣の製品がありますので、お早めにお出かけ下さい。当会が展示に協力しています。
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☆今、瀬戸市で“やばいノベルティ”が作られています。 

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*円高以後、瀬戸ノベルティの輸出は絶えていましたが、今、ほんの少しですが、輸出が復活している製品があるそうです。このことは詳細に報告することは今、まだできません。

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“陶花”のあらたな魅力が掘り起こされています

1月22日
☆瀬戸ノベルティにやきもの製の小花が使われてきました。「やきものの小花(陶花)」です。

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*瀬戸では陶花を専門に作る“花屋さん”と呼ばれる職人さんが沢山いました。一枚一枚花びらを手作りし、それを組み合わせてノベルティを飾るいろいろな花を作っていたのです。
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(↑やきものの小花(陶花)を用いたノベルティ人形↓)
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*陶花はノベルティ産業の衰退に伴って使われなくなり、おびただしい在庫が産廃として廃棄されてきました。
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*当会はそうしたやきものの小花(陶花)にもう一度イノチを吹き込みたいと『花華(はなはな)アート』という活動を創出し、その魅力の掘り起こしを続けています。この「やきものの小花(陶花)」が最近、熱い注目を集めています。全く新しい感性でこの陶花を用いたファッショjンアートを生み出している人がいます。“Erielinestyle(エリエリーンスタイル) ”というブランド名で活動しているファッションクリエーターの伊藤エリーンさんです。
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*伊藤さんは新刊のファッション誌に記事が載ったということで、このほど当「瀬戸ノベルティ俱楽部」に来てくれました。
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(↑伊藤さんが作ったアクセサリー↓)
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*伊藤さんから頂いた資料によれば、ドイツ、ベルリンで開催された「スカルプチュアアーティスト、ハンナ・マリア・シュメッターアさんとの共同展で、2点のヘッドピースに伊藤さんが製作したノベルティが使われている」そうです。↓
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『小鳩くるみ』さんとマザーグースのオルゴールノベルティ

1月20日
☆1月18日の朝日新聞・尾張版が次のような記事を掲載しています。「童謡歌手『小鳩くるみ』として活躍し、現在はマザーグースの研究者として知られる一宮市出身の鷲津名都江さん(69)の半生を紹介する企画展『小鳩くるみ ・鷲津名都江 『2人で1人』展』が市木曽川資料館で開かれている」。


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(↑1月18日朝日新聞・尾張版↓)
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*当会代表は、1970年代の後半に“小鳩くるみ ”さんとの面識に恵まれていました。朝日新聞の記事は「(小鳩くるみ さんは)ラジオやテレビなどでも活躍。大人になってからはアニメ『アタック№1』や『白雪姫』の主役の声なども担当した。一方で、英文学や教育関係の研究者の道も歩み、現在は目白大学外国語学部教授などを務めている」と書いています。また、12日の中日新聞尾張総合版にもこの(企画展のことが掲載されており、「青山学院大を卒業後、86年にはロンドン大に留学し、イギリスなどで伝えられている童謡『マザーグース』の研究に取り組んだ」。

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*当会は、この“マザーグース”のオルゴールのついたノベルティを収集しています。 
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(↑当会が収集しているマザーグースの曲を収めた瀬戸ノベルティ↓)
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(↑下:ネジ巻き、上:演奏のトッパー)、(下↓:内側にオルゴール器械の入ったケース)
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*当会が収集しているノベルティは、マザーグースの曲の中でも有名な“Rock-a-Bye Baby(ロッカ・バイ・ベイビー)”という歌詞のメロディが奏でられるベビープランターのノベルティです。このマザーグースの曲は沢山の歌詞が付けられて伝承されています。その代表的な歌詞の原文を以下ご紹介します。また、その日本語訳を小鳩くるみさんの著書『ようこそ“マザーグース”の世界へ』から引用させて頂きます。↓

Hush-a-bye、 baby, on the tree top,
When the wind blows, the cradle will rock:
When the bough breaks, the cradle will fall,
Down will come baby, cradle、 and all.

ねんころ 赤ちゃん木の上で
風が吹いたら ゆりかご揺れる
木の枝おれたら ゆりかご落ちる
落ちるよ あかちゃんも何もかも

「童話の内実はとかく残酷なもの」と言われていますが、この歌も大層リアルで、生々しい歌詞です。この歌について小鳩くるみさんは著書の中で次のように書かれています。
「冒頭の“ハッシャ バイ”の部分だけアメリカでは“ロッカ バイ(Rock-a-bye baby)”と代えて歌われることがほとんどですが、『ねんころ』と訳しているように、“ハッシャ バイ”も“ロッカ バイ”も、日本語の“ねんねんよ おころりよ”にあたる子守唄の決まり文句です。木の枝にゆりかごを吊るして風で揺らす風景がイギリスにあったかどうかは疑問視されています。おそらく、メイフラワー号でアメリカに渡った清教徒のだれかがネイティブアメリカン(インディアン)の風習を見て作ったのであろう、とも言われています。…風が吹けば大枝が折れて、ゆりかごも赤ちゃんもみんな落ちてしまうよと言う、子守唄としては何とも物騒な内容ですね。そこで、この詩には、『そんなに高いところへ登って得意になっていると危ないという警告であろう』との注釈がつけられています。…他の多くのマザーグースも詩や曲のバリエーションはさまざまです。そして、英語圏では、どこかが違っていても、そのどれもが、それぞれ自分の知っているマザーグースとして生きているのです」。(小鳩くるみさんの著書『ようこそ“マザーグース”の世界へ』NHKライブラリー)

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*この製品は円高が急騰するきっかけとなった“プラザ合意”の行われた1985年に瀬戸のM社で作られた製品でした。M社はすでに廃業しています。
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(↑ありし日のM社)
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(↑M社があった場所の現在)
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※なお、この製品はお譲りできません。

☆イギリスには有名な“ピーター・ラビット”もいます。当会は、高さが約30センチの大きなノベルティを収集しています。ピーター・ラビット、ベンジャミン、ジマイマの3体セットで、今では3体10万円といわれるとても高価な製品です。

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*これらは山国製陶の製品で、中国で量産するための見本品として瀬戸の工場で作られたものだそうです。



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今、「集団就職」が注目されている!!

1月19日
☆NHK日曜美術館<アートシーン>を見て下さった方々が瀬戸市美術館で今開催されている『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパン~』の見学に遠路おいで下さっています。先日は青森から、そして、今日は姫路からのお客様がありました。 

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*↑姫路からおいで下さったYさん。20年ほど前に人形を作る材料を買いに福岡へ行った時、ある店で見つけて次のようなオキュパイド・ジャパン製品を買い求めたのだそうです。↓
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*Yさんが買われたのは色の塗られていない胴体だけの製品で、別に作られた手と足の部分を取り付け、体内でそれらをヒモで結びつけ、手足が動くようになっている人形で、瀬戸で“四活(よつかつ)人形”と呼ばれているノベルティでした。Yさんはご自分で手足を作られたそうです。 
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*↑買い求めた人形は背中に“キュパイド・ジャパン”の刻印が英語で記されていました。↓
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*Yさんはこの製品があまりにいとおしく、買い求めたそうです。そして、今月9日に放送されたNHK日曜美術館<アートシーン>を見、矢も楯もたまらなくなって瀬戸市美術館を訪れたのだそうです。
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★ご参考までに、このような手足が動く人形の他、手だけが動く“手活(てかつ)人形”というのもありました。このような“四活(よつかつ)人形”や“手活(てかつ)人形”の製品は次のように、いろいろな製品が戦前から作られていました。↓
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*この写真は丸山陶器の創業者・山城柳平の生涯を描いた本↓に掲載されています。
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*当会は、戦前に丸山陶器で作られたこうした人形を入手しています。↓
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(↑丸山陶器の“手活(てかつ)人形”↓)
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*こうした人形は次の『セト・ノベルティ』という本にも紹介されています。↓
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*この本(図録)は長らく当会にはありませんでしたが、当会は、このほど20冊を入手しました。↓

☆『セト・ノベルティ』の本を入手しました。↓ 

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*一冊2500円、送料は別となります。今、瀬戸ノベルティに関する書籍類として入手できるのはこの本以外にはほとんど見当たりません。『セト・ノベルティ』購入ご希望の方は当「瀬戸ノベルティ倶楽部」へメールでお知らせ下さい。現在、瀬戸市美術館で開催中の「海を渡ったせとものたち」のご見学かたがたお立ち寄り下さい。
<メール>  setonovelty_club@yahoo.co.jp
<電話>  090-6339-0791
〒489-0814 瀬戸市末広町 3-16 瀬戸ノベルティ倶楽部(瀬戸市末広町商店街内)

★なお、次の図録『ノベルティ・デザインー光和陶器・でサインの軌跡ー』(愛知県陶磁美術館刊)は絶版で、もう販売されていません。↓
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☆18日の朝日新聞夕刊に、今、「集団就職」が注目されている、という記事が大きく掲載されました。当会は、“ものづくり王国”と言われる中京経済圏を支えた大きな労働力が「集団就職」であったこと、「集団就職」が陶都・瀬戸の窯業史上最大の繁栄をもたらしたことを指摘し、『集団就職を日本遺産に登録を!』と瀬戸市行政へ強く進言してきました。 

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(↑1月18日の朝日新聞夕刊↓)
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*当会はこれまで陶都・瀬戸の戦後の洋食器やノベルティ生産に大きく関わった「集団就職」についての取材を重ね、たくさんの写真を収集してきました。 ↓
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(↑旧瀬戸市市民会館で行われた集団就職者の歓迎式 : 昭和40年代)
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(↑当会が収集した集団就職関連写真:上は瀬戸のノベルティ会社への入社風景↓)
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(↑レース人形を作る鹿児島県出身の少女たち↓)
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*当会は集団就職を研究されている二人の研究者、山口覚さん<関西学院大学教授>と澤宮優さん<ノンフィクション作家>との交流を温めています。
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(↑山口覚氏著『集団就職とは何であったか・金の卵の時空間』<ミネルヴァ書房>↓)
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*↑当会は澤宮優さんが書かれた集団就職の著に当会が収集した写真を提供させて頂きました。↓
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(↑澤宮優著「集団就職~高度成長を支えた金の卵たち~」・弦書房刊)
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*当会は、集団就職を送り出した地域と受け入れた地域とが相互に交流し、集団就職の歴史や実態を顕彰し、記録や思い出を展示披露し合い、また、物産展や文化交流を行うなどの活動を含め、『集団就職を日本遺産に登録を!』という提言を引き続き主張していきたいと考えています。

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(↑瀬戸ノベルティメーカーS社: ↓写真に写されていたノベルティ)
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*ノベルティを作ってきた瀬戸陶磁器工業協同組合(瀬陶工)が今年度を以て解散することになったそうです。当会は、瀬陶工、そして瀬戸市行政にこそ、“集団就職への感謝と総括”を行って欲しいと訴えてきましたが、業界団体も行政もそうしたことに一顧だにしていません。また、そうした問題意識を抱くような議員も少ないようで、大変残念なことです。

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(↑鹿児島県出身女性の日常スナップ)↓
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(↑ノベルティメーカー・丸利商会の昼食風景:昭和30年代)
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(↑集団就職者のアルバムに貼られていた憧れのスターたちの写真)

*当会は、集団就職に関する資料や写真、企業のパンフレットなどを探しています。お心あたりの型は下記当会へお知らせ頂ければ幸いです。
<メール>  setonovelty_club@yahoo.co.jp
〒489-0814 瀬戸市末広町 3-16 瀬戸ノベルティ倶楽部
<電話>  090-6339-0791

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※このブログに掲載されている写真の無断使用はお断りします。






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敗戦直後のカラー写真

1月18日
☆占領下の日本を写したカラー写真があります。日本に駐留したGHQのスタッフ、ロバート・モージャー(Robert V. Mosier)さんが昭和21年から22年にかけて撮影した名古屋市を含む写真304枚で、現在、国立国会図書館のホームページで公開されています。「オキュパイド・ジャパンの時代」が始まる頃の様子を公開されているカラー写真からご紹介します。 

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(↑空襲で被災した愛知時計・愛知航空機工場研究館 (愛知県) )
名古屋城の焼け跡 (愛知県) 113r
(↑名古屋城の焼け跡↓)
名古屋城の焼け跡 (愛知県) 156d
名古屋城石垣と城壁 (愛知県) 110 a
(↑名古屋城石垣と城壁の写真↓)
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(↑この写真には堀で畑が耕されている様子がとらえられています)
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(↑空襲で被災した松坂屋)
街並み(愛知県庁名古屋市役所遠景鳥瞰) (愛知県) 170d
(↑街並み<愛知県庁と名古屋市役所の遠景鳥瞰>↓)
街並み(愛知県庁名古屋市役所遠景鳥瞰) (愛知県) 170d
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(↑名古屋市役所と愛知県庁)
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(↑中村百貨店 : 現在の三越百貨店:焼けずに残っていました)
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(↑建設中の丸栄百貨店 :昭和20年3月の空襲により全焼。 閉店することが決まっています)
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(↑焼け残った旧名古屋駅)
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(↑終戦直後の名古屋市内で当時公開されていた映画の広告看板)

1月18日
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☆昨日、先ごろ廃業したスーベニアメーカーを訪ねました。 


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*↑青森県の土産物。ねぶた会館で売られていたそうです。
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*↑京都・伏見稲荷の土産物です。
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*↑伊豆大島の土産物で、都はるみの歌がヒットし、また、新婚旅行の聖地となっていた頃だったそうです。
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*↑沖縄の土産物。
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*↑今、アニメ映画『君の名は』の聖地となっているという飛騨古川の土産物です。
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*↑熊野の那智黒の石の上に乗せ、「石の上にも3年」という製品として売られていたそうです。↓
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*↑箸置きセットです。
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*↑北海道。阿寒湖のマリモです。↓
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*このメーカーは全国のほとんどの道府県にゆかりの製品を作り続けてきました。このような製品は“白雲(ハクウン)”という生地で作られた製品です。今、こうしたやきもの製の土産品を見かけることが大変少なくなっているそうです。今からすれば、こうした瀬戸のスーベニアは“キッチュ”なノベルティとであり、貴重な“せともの遺産”、“瀬戸のノベルティ遺産”と言えるのです。スーベニアを作り続けて約60年。当会は、このメーカーから廃業に際してできる限りの製品サンプルを寄贈して頂くことになりました。
 
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ムーミンのノベルティ

1月17日
☆さきごろ行なわれた大学入試センターで出題され、その舞台の地が論争を呼んでいる「ムーミン」。瀬戸ではこのムーミンのノベルティが作られてきました。

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*当会は、この製品の原画を入手しています。↓
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*「ムーミンはフィンランドの作家、トーベ・ヤンソンが母語のスウェーデン語で書いた小説を元にしたアニメ」(朝日新聞1月16日)。ムーミンはもともと北欧、特にスカンジナビア半島に住む妖精“トロール”の仲間だそうです。そのトロールの仲間にスウェーデンの妖精“Humpe”がおり、ヨン・バウワー(JOHN BAUER )という画家がその世界を表現しています。今回の大学入試センター試験で思わぬ論争が巻き起こっているムーミンの連想から、このヨン・バウワーの特異な世界を思い出しました。

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(↑ヨン・バウワー(自画像):スウェーデン大使館のHPから)

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(↑スウェーデンの画家・ヨン・バウワーの作品によるノベルティ)

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(↑ヨン・バウワーの絵画↓)
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(↑ヨン・バウワーの絵に基づくノベルティ:瀬戸のノベルティメーカーの製品)

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*ヨン・バウワーはスウェーデン王立アカデミーの会員にも推挙されるほどの有能な画家でしたが、スカンジナビア半島に伝わる民間伝承やお伽噺、また、ラップランドに住み、“Sami”と呼ばれる原住民との衝撃的な出合いを経てその独特の画風を創り出していったそうです。
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(↑森の中のヨン・バウワー<JOHN BAUER >)
*ヨン・バウワーの絵画はスウェーデンを重要な舞台としていました。その風土には、また“GNOME(ノーム)”という小さな妖精も住んでいました。
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 (↑瀬戸のメーカーが作っているGNOME(ノーム)のノベルティ↓)
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(↑スウェーデンの画家・ヨン・バウワーの作品によるノベルティ)
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*ヨン・バウワーの独特の芸術世界は日本のアイヌやアメリカのインディアンの自然観や生命観を想起させます。
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*ヨン・バウワーはラップランドへの旅の翌年、スウェーデン王立アカデミーを去り、名刺にはただ「アーティスト(Artist)」と記し、創作活動を続けました。そのヨン・バウワーは36歳の時、水難事故に遭遇し、悲劇的な死を迎えました。

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*当会はこのヨン・バウワー(JOHN BAUER )のような人のノベルティと出会い、つくづく瀬戸ノベルティの世界の奥深さというものを痛感しました。当会の研究によって瀬戸のノベルティが80余ヶ国へ輸出されていたことがわかっています。そして、瀬戸のノベルティは数えきれないほどの町や地域へ買われていきました。しかし、このヨン・バウワーのような人の存在は予想もできませんでした。

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*ヨン・バウワーのお気に入りだったのが“Humpe”だったそうです。“Humpe”はスウェーデンの小さな妖精で、やさしい気質の持ち主、人間世界の明るい面を好み、目はアーモンド色、.獅子鼻、ローマ神話に出てくる ファウヌス(森林の神で上半身は人間、下半身はヤギ)のような赤い髪の毛を持つ存在だそうです。
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*ムーミンもGNOME(ノーム)も、また“Humpe”も、スカンジナビア半島の自然の奥深さを物語る象徴的存在です。瀬戸ノベルティはそうした地球上の自然や風土、精霊的存在のみならず、人間の多様な営み、人生の諸相に改めて気づかせてくれます。瀬戸ノベルティは人間やその人生、地球とそこに生きる生命や宇宙観に分け入る素晴らしい百科図鑑と言えるのではないかと思われてきます。

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瀬戸市美術館/オキュパイド・ジャパン展、入場者2000人を超える!

1月16日
☆現在、瀬戸市美術館で今月28日まで開催中の『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展。入館者数が2000人を超えたそうです。
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*厳寒期にも関わらず、きわめて高い関心が寄せられており、嬉しい限りです。この展示会は写真撮影ができます。 

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*↑会場の入り口にある1階ビデオコーナーでは、当会制作による映像ドキュメント『瀬戸のほほえみよもう一度~オキュパイド・ジャパン~』(約1時間)を毎日上映していますが、異例なことに、このビデオもきわめて高い“視聴率”を見せています。このビデオは中部大学メディア教育センターの撮影・編集機器協力により制作しています。

★占領下の「オキュパイド・ジャパン時代」は、サンフランシスコ講和条約の締結とともに終わりました。その終了と同時に日本からの輸出は新たな船出を遂げました。この年、『日本陶磁器輸出組合』が結成されたのです。中部大学博士前期課程修了論文「メイド・イン・オキュパイド・ジャパンの史的考察」を著された吉原ゆう子さんから当会へ提供された資料「総合通信・陶業タイムス」第192号(昭和27年10月6日発行〉によりご紹介しましょう。

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*この号には次のように報じられています。「五月十五日、日陶連貿易部会が陶磁器単独輸出組合設立を決議以来、全日本の陶磁器輸出に従事する幾多の業者が期待と夢をかけて待望していた日本陶磁器輸出組合は、秋晴れの十月三日午後一時、栄光発展の第一歩を踏み出した。設立同意者一八六名による日本陶磁器輸出組合設立総会は関係業者、関係各官庁、各商議等約一八○名参集のもと、日陶連会館(名古屋市東区布池町)に於いて開催された。同会は永井精一郎議長により進められ、定款商認、事務所所在地決定、事業計画及収支予算並加入金賦課金徴収方法決定等の各議案を審議、設立発起人会案を満場一致で可決の後、役員選出を行った」。
*この資料によれば、『日本陶磁器輸出組合』の事務所は名古屋陶磁器会館の中に置かれました。この建物は「名古屋陶磁器貿易商工同業組合の事務所として1932年(昭和7年)11月に完成」。現存しており、現在は財団法人「名古屋陶磁器会館」となっています。同組合は、東京の銀座に関東支部を、神戸に関西支部を置きました。
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(↑「名古屋陶磁器会館」のホームページより↓)
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*この資料によれば『日本陶磁器輸出組合』の幹部役員は次のとおりでした。当時の輸出陶磁製品の主なメーカーや商社が顔を並べていました。
理事長・永井精一郎(ジャパントレーディング)、理事として、水野智彦(森村商事)、佐治博(佐治タイル)、渡辺勝彦(日本陶器)、加藤隆市(日本窯工)、朝岡行雄(太洋商工)、山口長男(山口陶器)、水野えいじ(UCGC)、杉山鉦造(南洋商行)、加藤寿保(山寿商店)、山城柳平(丸山陶器)、竹崎宇吉(エンパイヤ商事)等、その他でした。
また、監事や顧問に、井元松造(井元産業)、櫻井光二(茂木商事)、森欽太郎(森欽窯業)、水野保一(瀬栄合資)、坂井美静(松風陶器)等が入っていました。

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*また、この資料により、オキュパイド・ジャパン時代の最終年、名古屋港から輸出されたノベルティを含める陶磁製品の仕向け先が具体的に判明しました。8月の輸出先はおよそ次のとおりでした。当時、相当数の品目が輸出されていたことが分かります。

<置物・花瓶…壁掛け・ミネチアー・碗皿>
スウェーデン、オランダ、ベルギー、西ドイツ、スイス、カナダ、アメリカ、メキシコ、ニカラグア、パナマ、キューバ、コロンビア、ベネズエラ、ペルー、ケニア、仏領ソマリランド、ハワイ、シンガポール、シリア、トルコ
<玩具…トライセットなど>
パキスタン、スウェーデン、オランダ、ベルギー、カナダ、アメリカ、メキシコ、セントピーレ、ハワイ、ホンジュラス、ニカラグア、パナマ、キューバ、コロンビア、ベネズエラ、ペルー、ナイゼリア、南アフリカ
<喫煙用…煙草セット・灰皿・灰払など>
ビルマ、スウェーデン、オランダ、ベルギー、カナダ、アメリカ、メキシコ、セントピーレ、パナマ、コロンビア、ベネズエラ、ハワイ、グアテマラ、ウルグアイ、キュラソー、香港、イラン、シリア、トルコ
<家庭用・芸術品…>
シンガポール、スウェーデン、ベルギー、西ドイツ、カナダ、アメリカ、メキシコ、キューバ、コロンビア、南アフリカ
<タイル>
香港、仏印、シャム、シンガポール、フィリピン、シンガポール、ジャワ、セレベス、ビルマ、インド、蘭印、カナダ、アメリカ、メキシコ、ナイジェリア、ケニア
<碍子類>
台湾、タイ、シンガポール、インド、コロンビア、ベネズエラ、オーストラリア
<衛生陶器>
香港、エクアドル

<洋食器>…上記以外の国を列挙します。
パキスタン、ノルウェー、ギリシア、ホンジュラス、サルバドル、マダガスカル、
<皿・丼・茶碗>
スマトラ、ボルネオ・セイロン・アフガニスタン・イラク・サウジアラビア・アフガニシタン・クワート・アルメリア・レバノン・マルタ・ニカラグア・コスタリカ・ジャマイカ・ドミニカ・ボリビア・黄金海岸・ケニア・ザンジバール・リュニオン・西アフリカ、ザンジバール、エジプト、タイ、ジャマイカ、ホンジュラス

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(↓オキュパイド・ジャパン時代の碍子 : 当会が山国製陶の解体現場から収拾した製品)
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※『オキュパイド・ジャパン』という占領時代、日本の貿易はどのような課題を抱えていたのでしょうか。
*当時の通商産業省軽工業局の輸出課長は「日本陶磁器輸出組合の発足に際して」という項の中で次のように述べています。
「陶磁器の1951年の生産及び輸出は、戦後の最高を示し、生産は34万トン、輸出は12万トンに達した。輸出は金額にして3329万ドルで、その50%に近い額がドル地域向けであり、しかも陶磁器工業はその原料の大部分を国内で自給できる外貨取得の高度な産業である。また、輸出品の大部分は中級品であり、一部のものを除いては他国製品との競合関係はみられない。しかし、反面、中小企業がほとんど大部分であるので、景気変動の影響を受けることが甚だしく、したがって売り込み競争激甚のためバイヤーの買い叩きやダンピング等を惹起する傾向が強く、外国の工業所有権の侵害等の事件もすでに発生している。かかる不公正な輸出輸出を防止し、且つ、輸出取引の秩序を確立し、輸出貿易の健全な発達をはかるために制定されたものが輸出取引法である」。

*また、この総合通信「陶業タイムス」第192号(昭和27年10月6日発行/p11 〉に次のように書かれています[。(『オキュパイド・ジャパン』という占領時代、日本の貿易はさまざまな課題を抱えていました。)日本の貿易業界は、弱体化した体質のまま激しい国際競争のなかへ投げ出され、過当競争による安売りと品質の粗悪化を招きました。また、わが国の輸出取引がとかく無秩序な競争を惹起し、海外の諸国に対して著しい損失、もしくは不安を与えた事例があり、輸出業者間の協定、又は輸出組合の結成と活動を認めることによって輸出取引の秩序の確立を図る必要がありました。しかし、貿易業者の組合の結成と強化は独占禁止法の制約を受けてなかなかはかどらなかったのです。そこで、「公私の貿易及び通商において国際的に承認された公正な慣行に従う意思を宣言する」とする「サンフランシスコ平和条約(日本国との平和条約)」の締結に歩を合わせ、輸出カルテルを独占禁止法の適用除外とするため『輸出取引法』が定められ,翌年、輸入カルテルも認められました。法律の概要は(1) 不公正な輸出取引の禁止(2) 輸出入取引に関する協定の締結や組合の設立を認め、独占禁止法の適用除外とする(3) 協定や組合のアウトサイダーが取引秩序の確立を妨げるときの規制などでした。

*この号では、新組合の主要組合員の声も載せられています。その中に丸山陶器・山城柳平社長の声も掲載されています。↓
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↑「メーカーが輸出業者の気持で物を作るように指導してもらえる機会だと思っている。とにかく売れる品物を作ることが大切なことで、一度だけの輸出は困りもの。見本と荷口の相違は日常茶飯事、甚だしいのは一般価格の半分以下で受注などというのが出てくる。戦後の経験のない輸出業者がコミッションだけ取ればいいと、バイヤーと一緒になってまけさせたことがあったが、こんなことは無くなるものと期待している」。

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(↑『日本陶磁器輸出組合』の設立カクテルパーティ)

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*↑陶業タイムス、この昭和27年の192号に「せとものまつり」のことも紹介されていました。↓
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*↑瀬戸市へ遊びにやってきた若い米兵(瀬戸市民から当会へ提供された写真)




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本日、当会、特別レクチャーを担当

1月14日
★瀬戸市美術館で現在開催中の『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展で本日、午後、当会が特別レクチャーを担当させて頂きました。

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『海を渡ったせとものたち』当会が特別レクチャー 午後1時半から

1月14日
★瀬戸市美術館で現在開催中の『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展。今日、午後1時半から当会が特別レクチャーを担当させて頂きます。そのため、誠に恐縮ですが、「瀬戸ノベルティ俱楽部」は午後休館とさせて頂きます。あしからず、ご了承下さい。

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明日午後1時半から当会による特別レクチャー

1月13日
★今、瀬戸市美術館で『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展が開催中ですが、明日14日(日)午後1時半から当会による特別レクチャーが行なわれます。そのため、当「瀬戸ノベルティ倶楽部」(末広町)は明日午後、閉館とさせて頂きます。どうか、皆様、多数瀬戸市美術館へお運びください。 

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(↑瀬戸市美術館↓)
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*なお、会場の一階でDVD『瀬戸のほほえみをもう一度~オキュパイド・ジャパン~』が上映されています。当会代表の制作による映像ドキュメントで、約1時間の内容です。↓
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☆当会の主催で行っている「レースドール製作体験講座」、その2回目の焼成が終り、ついに完成しました。この体験に参加してくれたアメリカ在住・田中荘子さんの完成作品をご紹介させて頂きます。 

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1月14日
☆本日、珍しいレース人形を入手しました。レースの付いたバレリーナ人形で、名古屋市で売られていたものをあるコレクターから譲って頂いたのです。

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*スカートはプラスティックですので、オキュパイド・ジャパン時代の後の昭和20年代後半から昭和30年代にかけて瀬戸市で作られた製品と思われます。
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*これは、オキュパイド・ジャパン時代にプラスティック生地を硬化させる特許を得たメーカーが組合を作り、その組合員だけが特許技術によって作った記念碑的時代の製品です。実は、この製品、粋な仕掛けが加わった製品なのです。
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*この製品、回転する人形なのです。どうして回転するのか、それにはなるほどと頷けるような仕掛けがあります。↓
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*頭頂部に細い金属棒が取り付けられ、その棒が上部天辺に差し交されたフックの穴に差し込まれています。↓
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*↑下部の台座にくぼみがあり、そのくぼみにバレーシューズの爪先が乗って外れにくくなっています。そのため、バレリーナのスカートに風が送られると回転するという仕掛けなのです。↓
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“メイド・イン・瀬戸”が消えていく。

1月12日
☆アメリカのインターネットに出品されている製品の中に“Bobblehead Figurine”という種類の製品群があります。頭部がゆらゆら、ひょいひょい揺れる[首ふり人形のことです。

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*↑このフィギュリンは“Japanese Porcelain NINJA SAMURAI Bobblehead Figurine”と表記されています。「首振りニンジャ(忍者)人形」、とありますが、坂本龍馬のノベルティです。
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*首にはバネが取り付けられています。↓
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*実は、当会はこのノベルティと大変よく似た製品を収集しています。↓
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*眉と目の絵付けが異なっていますが、ネットで見出した製品とほとんど同じ製品です。確かに同じメーカーの製品であり、次のようなアングルの写真からもわかります。↓
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*実は、この製品のメーカーの他の製品に次のような製品があることに思い至り、倉庫から取り出してみました。↓
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*高さが40センチもある大きなノベルティ。NHKの2018年の大河ドラマ「西郷(せご)どん」の西郷隆盛のノベルティです。この大きなノベルティはサンプルとして提供したものが誤って販売されてしまったということで、メーカーのカミオ製陶が後に参考品としてもう一体作ったのだそうです。当会はそれを寄贈して頂きました。絵付けは当時の社主の妻だそうです。
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*この製品は昭和47年、鹿児島空港が国へ移管されて新空港になった時に空港の売店で売られたのだそうです。
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*このノベルティを作ったのは瀬戸市のカミオ製陶。昨年で製造に終止符を打った国内向けやきもののスーベニア最古参メーカーの製品なのです。全国で売られたやきもの製のみやげものの大半を作っていたのが、このカミオ製陶でした。いよいよ“メイド・イン・瀬戸”が瀬戸から消えていく一方です。


☆今年度は瀬戸窯業があらたな段階に入ります。戦後の瀬戸の輸出産業を牽引してきた瀬戸陶磁器工業協同組合(瀬陶工)が今年度をもって解散することになったのです。 その加盟組合の一つが「池田マルヨ製陶」です。今日はこの会社についてご紹介します。

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*↑この段ボール箱は同社の輸出在庫を入れていた当時の箱です。
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*同社はその後、窯や倉庫を解体し、直接のノベルティ生産を止めて商社機能に特化し、社名を“IMARUYO”と変更しました。同社には輸出当時の“遺品”をわずかながら残しておられます。次はカナダのバンクーバー向けの木箱に墨付けをする際に用いたブリキ板です。↓
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*「池田マルヨ製陶」は昨年、創業100年を迎えたそうです。『陶業人乃栞』という本にはその創業者・池田與作氏について次のように記されています。「明治21年4月25日、石川県能美郡寺井野町佐野に呱々の声を上げられた。郷土の高等小学校を卒業されたが、幼少より名にしおう九谷焼の本場である佐野に於いて一徒弟として陶画を主に修得された。明治44年、星雲の志に燃え名古屋に進出。機を得て日本陶器に入社された。日陶を振り出しに大正3年まで約五年間黙々と同社に於いて雌伏されていた、百尺竿頭一歩を進められ、遂に独立の機を掴まれ、瀬戸市南中之切町に進出、池田与作商店を創業された。爾来、北國人のねばりと商魂をたぎらせ、またたく間に九谷の先進業者の第一人者として名を馳せ、今日の池田マルヨ製陶を堂々と作り上げてしまった」。
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*↑当会は池田マルヨ製陶製のノベルティをいくつか入手しています。↓
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*これらはきわめて同社らしいノベルティで、ある意味で瀬戸のノベルティを代表する製品群と言えるものです。
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*「ヤバイっ!」、これらの製品群を見て当館においでになる女性たちはよくそういわれます。「実は、これが本当の“せともの”なんですよ」と申し上げると、「うそっ!これがせとものなの?ホントっ!」と。そこで、私たちは思います。“ヤバイやきもの、これぞ、せともの、瀬戸ノベルティ”、私たちは瀬戸のノベルティをそう表現したいと思っているところです。この“ヤバイやきもの・ノベルティ“の特徴は、その生地(素地・きじ)に大きな魅力があります。その生地とは「ハクウン(白雲)」です。これは、磁器とは異なり、一般には石灰質の生地で、発色がよく、磁器に比して低火度で焼成でき、また焼成に伴う収縮がきわめて少ないという点です。
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*「チープでも、ちょっと手をかけたそれなりの心尽くしのものづくり…」。それが池田マルヨ製陶の魅力です。しかし、同社は、そうした製品がチープであるという理由からなのか、イマドキの女性が「ヤバイっ!」と“絶賛する”こうしたカワイイ製品を大量に処分しています。
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*『陶業人乃栞』という本には、その創業者・池田與作氏について次のように記されています。「昭和23年、組織を変更、資本金七十万円で池田マルヨ製陶株式会社と銘打ち、主として北米向けノベルティに専念されている」。
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*↑奥の縦長のノベルティは頭部が白雲の生地で作られ、胴の部分は紙管です。これは、スプレーカバーなのです。
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*以前もご紹介したことのある、“傘持ちレディ”。こrも池田マルヨの製品なのです。
*このキッチュでチープで、そして、まさに“ヤバイやきもの”、これぞ、せとノベルティ!なのですね。








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“暇カップ”がテレビ番組『相棒』に

1月11日
☆10日にテレビ朝日系列で放送された人気テレビ番組『相棒』で、例によって瀬戸ノベルティのコーヒーマグ“暇カップ”が登場していました。 

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*「暇かっ?」と言って警視庁特命係の部屋に入ってはコーヒーを飲みに来る角田課長。いつものマイマグを手にして。
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*このマグカップは「暇カップ」と呼ばれ、瀬戸のノベルティメーカーの製品です。
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『海を渡ったせとものたち』で展示されている本の内容

1月10日
☆先ごろ亡くなった元中日ドラゴンズ監督・星野仙一さんのノベルティも瀬戸で作られていました。
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*当会は、そのノベルティを入手しています。
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*ちなみに、

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*星野さんの終生のライバルのノベルティ(貯金箱)もありました。
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1月10日
☆今日、NHK名古屋放送局の「さらさらラサラダ」 で、今、瀬戸市美術館で開催中の『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展について、瀬戸市美術館の服部館長の出演により、企画展のテーマとノベルティの愛知県産業の中での位置づけなどが紹介されました。

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*↑番組の中で当会が収集した「集団就職」の写真も紹介されました。瀬戸最大の産業となったノベルティ生産を「集団就職」が支えていたからです。↓
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★『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展では、日本を紹介するいくつかの書籍類も展示されています。これらの本の内容は残念ながら美術館でt手にとって詳細にご覧頂くことはできませんが、当会は事前にその中身を接写させて頂いていますので、ここでご紹介します。 

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(↑瀬戸市美術館 2階展示室↓)
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*↑この本は“JAPAN TODAY”という本です。 ↓
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(↑「日本国の天皇は最高司令長官・マッカーサーを訪問した」)
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*この本は1948年、昭和23年に発刊された本であることが記載文によってわかります。↓
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*↑「(この本は)“日本文化情報協会”によって出版された。写真構成はハラ・ヒロム。印刷は大日本印刷。1948年1月」
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*↑この本のまえがき(謝辞)には概略次のように記されています。「米軍・アメリカ赤十字・運輸省交通局・日本交通公社(JTB)・国際文化振興協会・朝日新聞社・毎日新聞社・読売新聞社・共同通信社・新大阪新聞社・ニューワールドプレス・文化社・講談社・主婦の友社・工芸社・そして、多くの私的写真。この本は、そもそも占領軍(進駐軍)向けの本である」。この本には昭和22年頃の敗戦後日本の様子が映されています。
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(↑羽田空港↓)
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(↑横浜港)
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(↑当時の国鉄名古屋駅)
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*↑「上野公園は4月の桜の花見で人気の公園である。満開の桜は日本の情景としては忘れがたいものの一つである」。↓
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*「KIMONO きもの」という本には美しいカラー印刷の挿絵が掲載されています。
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*↑この本の挿絵を描いている高澤圭一さんは、ネット情報によれば、1914年群馬県生まれの画家。戦争報道に従事した後、「婦人公論」の表紙絵を担当、1984年死去、とあります。↓
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*↑ここにも“オキュパイド・ジャパン”の文字が印刷されています。
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*また、別の絵葉書にも美しいカラー印刷の東京を紹介する写真があります。
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(↑GHQ ビル↓)
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(↑NIJUBASHI or “DOUBLE BRIDGE”)
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*↑ビルに取り付けられた看板に“TOKYO・PX ”の文字が見えます。この建物の中にPX(酒保・陸軍の酒場や土産物売り場)が設けられており、瀬戸のノベルティなどオキュパイド・ジャパン製品が米軍関係者に売られていたのです。
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*↑当時、東京に路面電車が走っていました。
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*↑右の写真のような風景が当時、実際にあったのでしょうか?いや、実際にあった建物でした。
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*↑この写真には次のような記述があります。
The Takarazuka Theater,at Yurakucho, was requisitioned by Occupation forces from 1945-1952 for use as movie and stage theater for Allied millitary personnel. During this time it was named the “Ernie Pyle”thater, after the beloved American journalist killed in 1945 during the Iye Jima campaign.
「有楽町にある宝塚劇場は1945年から1952年にかけて連合軍によって接収されたビルで、占領軍関係者が映画や舞台を見るために使われた。占領期間中、このビルは、第二次世界大戦に従軍したピュリッツアー賞受賞者で(沖縄)伊江島戦で戦士したジャーナリストの名前をとって「アーニー・パイル(Ernie Pyle)劇場」”と名づけられた」。
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*この絵葉書に見るように、この建物は、まるで不夜城のように輝いていたのでしょう。
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瀬戸ノベルティ倶楽部は10日午後から開館します。

1月8日
★当会は瀬戸ノベルティに関する書籍について沢山のお問い合わせを頂いています。しかし、当会はそれに十分なお応えをすることができないことを大変残念に思っています。


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*↑とりあえず、これらが瀬戸ノベルティに関する書籍の主なものです。

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*↑まず、この書『セト・ノベルティ~世界へ夢を贈るやきもの~』が瀬戸ノベルティに関する基本的な入門書と言える本です。これは「瀬戸市美術館、愛知県陶磁資料館(現、愛知県陶磁美術館)、瀬戸陶磁器工業協同組合、愛知県陶磁器工業協同組合、瀬戸市商工会議所などによる「大せともの祭実行委員会」が行ったノベルティ企画展の折にl刊行された本です。本といっても、展示された製品をに収めた写真カタログです。この書はすでに絶版ですが、当会はこの1月末頃までに幾冊を入手できる見通しですので、ご希望の方々にお譲りすることができます。販売価格は一冊2500円(料別は別)です。ご希望の方は当会へメールでお知らせ下さい。
<メール> setonovelty_club@yahoo.co.jp

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*↑もう一つ、瀬戸ノベルティに関する貴重な入門書と言える書があります。『ノベルティ・デザイン~光和陶器・デザインの軌跡~』。これは、瀬戸ノベルティの名門メーカーの一つ・光和(こうわ)陶器が廃業に伴い、その製品を寄贈した先の一つ・愛知県陶磁資料館(現、愛知県陶磁美術館)で同社の製品を例にしてノベルティデザインを考察展示した企画展の折に刊行された書です。しかし、この書も絶版となり、今は全く入手できません。ご覧になりたい方は瀬戸市図書館か当「瀬戸ノベルティ倶楽部」へお運び下さい。

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*さらに、瀬戸ノベルティに関する恰好の入門書と言える本があります。『魅惑の陶製人形~ノベルティ・人物俑・はにわ・土人形・フィギュリン~』という本です。
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*↑この本は、平成26年に当会が愛知県陶磁美術館と共催して開催した企画展の折の図録です。この図録には同館の主任学芸員と当会代表による解説が収録されており、格好の瀬戸ノベルティに関する入門書と言えるものですが、残念ながら、この時の展示会には同館史にも残るような記録的な入場者数があり、きわめて異例なことだそうですが、企画展開催中に図録が売り切れるという予想外の事態になりました。この図録もすでに絶版であり、そのため在庫がなく、今では入手できないそうです。↓
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*↑この時、『陶説』という雑誌も発行されており、その7月号に当会代表が一文を寄稿しています。この号は入手できると思われます。↓
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*そもそも、瀬戸ノベルティについての本格的な研究を行ったのは名古屋学院大学の十名直喜(とな・なおよし)教授です。十名さんは、経済産業論、そして産業文化論の専門家で、瀬戸ノベルティの老舗・丸山陶器を中心に、鳥の世界的なメーカーと評される大東三進、オーナメントの老舗・愛知製陶所等の詳細な研究を『現代産業に生きる技~“型”と創造のダイナミズム~』という本にまとめておられます。この本は勁草書房から刊行されている、やや高めの本で、研究者向けの本かと思われます。

★こうした瀬戸ノベルティに関する書籍の払底は、瀬戸ノベルティに対する瀬戸市の官業民に亘るきわめて低い評価と低い関心とを反映する結果という他ありません。そこで当会は、当会独自で瀬戸ノベルティに関する書籍の発刊を期しているところです。 



☆当「瀬戸ノベルティ文化保存研究会」の活動拠点「瀬戸ノベルティ倶楽部」は10日(水)午後からの開館となります。ご了承ください。(瀬戸市末広町商店街の中にあります) 

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☆田中荘子さんがオキュパイド・ジャパン製品をアメリカから瀬戸へ里帰りさせて下さったことで全く空白だった占領下の瀬戸のやきもの生産の一端と想像を超えるほど高いレベルの製品の実相が分かってきました。 


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(↑尾張瀬戸駅に着いた田中荘子さん)
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*田中さんには夢があるといいます。
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(↑ノベルティ絵付け職人へ聞き書き取材をする田中さん)
*日本に、できれば瀬戸市に、“オキュパイド・ジャパンミュージアム”を作りたいという夢です。
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(↑瀬戸ノベルティ倶楽部で当会の収集品を見る田中荘子さん)

*田中さんはノベルティのふるさと・瀬戸市などに残されているオキュパイド・ジャパン製品の研究を当会などとの交流の中で深め、その全貌を掴もうとされています。

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*私たちは、田中荘子さんの人柄にも惹かれています。レイ・チャールスの歌ではありませんが、“We can't stop loving her”。
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(↑甘いもの好きな荘子さん。やはり、日本人!↓)
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*当会は、田中さんの夢の実現にささやかでも連なりたいと、当会の活動拠点「瀬戸ノベルティ倶楽部」に田中さんが先に里帰りさせて下さったOJ製品を常時50点から100点を展示しています。↓ 

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(↑「瀬戸ノベルティ倶楽部」↓)
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(↑田中さんが先に里帰りさせて下さったOJ製品↓)
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※これらの一部はお譲りできます。なお、すでに売り切れてしまったものもありますのでご了承ください。また、倶楽部がさほど広くないため別のボックスに保管しているものもありますので、当館へおいでになる際は事前にメールかお電話でお問い合わせ頂ければ幸いです。
(メール)  setonovelty_club@yahoo.co.jp
(電話)  090-6339-0791

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NHK「日曜美術館」で“オキュパイドジャパン展”が紹介されました!

1月7日
☆今日7日、NHK教育テレビ「日曜美術館」の後半、9時45分から10時までの“アートシーン”で、現在、瀬戸市美術館で開催中の『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展が紹介されました。当「瀬戸ノベルティ文化保存研究会」はこの企画展に協力させて頂いています。 


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*短時間の放送ながら、内容の要点が濃縮された構成によって紹介されていました。

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*↑この企画展のために約350点の製品を里帰りさせてくれたアメリカ在住の田中荘子さんも写真画像とナレーションで紹介されました。(この写真は当会の撮影)

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(↑当会の会員による来場者への説明)
*当「瀬戸ノベルティ文化保存研究会」はこの企画展に協力させて頂いています。この企画展の開催を田中さんとともに瀬戸市行政に働きかけ、図録へ執筆し、また、ご来場のお客様方へ折に触れて説明などをさせて頂いています。
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(↑『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展の図録↓)
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(↑当会代表も執筆しています)

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*↑また、展示会場一階で上映されているDVDは当会代表による撮影と構成によるものです。また、このDVDで使用している音楽は当会会員で音楽家の只野展也さん作曲の音楽です。↓
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*↑オキュパイド・ジャパン製品の大半はやきもの製品で、中でも多くを占めるのがノベルティでした。戦後の瀬戸市にはこのノベルティ産業によって陶都史上最大の繁栄に恵まれたのです。そして、その生産を支えたのが“集団就職”で15歳で瀬戸市に働きに来た若者たちでした。
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*7日の「日曜美術館・アートシーン」で紹介されたこの映像も当会が掘り起こした集団就職者の写真映像です。
*当会は、全国から多数のみなさんのご来場を仰ぎたいと心から願っています。
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※瀬戸市美術館で開催中の『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展は28日までの開催です。
※14日(日)午後1時半から 当「瀬戸ノベルティ文化保存研究会」会員による「スペシャルギャラリートーク」が行われます。(所有時間 約1時間~1時間半) 
※この企画展の図録は一部700円 (郵送の場合は送料別)
※お問い合わせは 瀬戸市美術館へ。
(☎) 0561-84-1093  (ファクス)0561-85-0415   
(メール) art@city.seto.lg.jp 
(住所) 〒489-0884 愛知県瀬戸市西茨町113-3 

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『敗北を抱きしめて』から考える占領への道のり

1月6日
☆そもそも“オキュパイド・ジャパン”時代は、1945年9月2日、東京湾に浮かんだ米戦艦ミズリー号の甲板で行なわれた降伏文書の調印式から振り返ってみる必要があります。その時の事情について、ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて』(John W. Dower, “Embracing Defeat: Japan in the Wake of World WarⅡ”岩波書店翻訳)は多くのことを教えてくれます。 

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*一般に、私たち日本人が知っている降伏文書調印式の写真は次の写真です。↓ 
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*これは外務省から公開されている写真です。(↑外務省編「移り変わる日本~近代化百年の歩み~」)。しかし、実は、米軍はこの時、他の複数の写真を撮影していました。↓
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(↑“U.S. Navy battleship USS Missouri”から↓)
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*この降伏文書調印の様子は『敗北を抱きしめて』で次のように書き記されています。
「この儀式には、象徴的なものが沢山みられた。戦艦の名であるミズリーは、トルーマン大統領の出身州であった。…この時、ミズリー号に飾られた旗のひとつは、1941年12月7日、真珠湾が攻撃された時ホワイトハウスに翻っていた星条旗であった。…もうひとつ、飛行機でアナポリスから急送された旗があった。それは、ペリー提督の旗艦ポーハタン号に翻っていた星31個の星条旗であった。ペリーは砲艦外交によって2世紀余りにわたる日本の鎖国を終わらせた。…これが、血で血を洗う西側列強との世界的規模の競争へと日本を駆り立てるきっかけとなった。そして、今や百年の光陰を経てペリーが想像だにしなかったであろう科学技術と科学立国を象徴する巨大な海軍、陸軍、そして空軍をたずさえてアメリカ人たちは帰ってきたのであった。ペリーの古めかしい旗を日本人への叱責のようにはためかせながら」。(アナポリスはアメリカ・メリーランド州の州都で、アメリカの海軍および海兵隊の士官学校がある軍都。また、アメリカは降伏文書調印にあたって、ペリーが開国を迫ったときの星条旗は星31個、調印式が行なわれた1945年当時の星は48個。アメリカはその二種類の国旗をミズリー号の艦上に掲げました。因みに、降伏文書調印式の後、アメリカにアラスカ州とハワイ州の2州が加わり、星条旗の星は50になりました)

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*↑ミズリー号とはどんな戦艦だったのでしょうか。↓
U.S. Navy battleship USS Missouri 15…1945年8月20日、ミズーリ(左)とアイオワ(右)
(↑右がミズーリ号:1945年8月)
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*↑日本軍による特攻攻撃を受けたこの名高い写真の戦艦がミズーリ号でした。
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(↑降伏文書に調印する政府全権・重光葵)
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(↑降伏文書に調印する大本営全権・梅津美治郎陸軍大将)
*『敗北を抱きしめて』は次のように続きます。「…二人の日本政府代表が降伏文書に署名した。帝国軍隊を代表する梅津美治郎将軍と帝国政府を代表する外交官・重光葵である。重光は1932年、朝鮮植民地化に抗議する朝鮮人の爆弾テロで片足を失っていた。アメリカの戦艦の揺れるデッキの上を歩く重光の足どりは重くたどたどしく、手足をもがれ、力を失った日本という印象を異様な仕方で伝えていた。しかし、こうして出席した者たちの背後には、本来なら出席すべき人々がいたのであった」。ジョン・ダワーは、この『敗北を抱きしめて』の中で、大方の予想に反し天皇や皇室・宮内省関係者がこの席にいなかったことは天皇が戦争責任から免れることの兆候であったろう、と書いています。また、それに先立って、ジョン・ダワーは、天皇の『終戦の詔勅』 にも触れ、「天皇は、“降伏”とか敗北”といった明確な言葉はまったく使っていなかった。…天皇はこの証書によって、不可能を可能にしようとした。屈辱的な敗北の宣言を、日本の戦争行為の再肯定と、天皇の超越的な道徳性の再確認へと転換しようとしたのである」とも書いています。
U.S. Navy battleshipsMissouri 9調印するダグラス・マッカーサー陸軍元帥
(↑降伏文書に調印する連合国軍最高司令官、ダグラス・マッカーサー)
*『敗北を抱きしめて』は、また、このミズリー号でのマッカーサーの演説の内容を次のように書きとめています。
「敗戦国日本については、降伏条件にしたがい、日本人を『奴隷状態』から解放し、日本人のエネルギーが建設的方向に発令されるようにさせる責任が戦勝国に生じたと宣言した。(日本人にとって)未来はまったく見えず、祖国が受けた屈辱の大きさは、今ようやく身にしみはじめていた。祖国が完全に従属的地位に落ちたという実感は降伏調印式のドラマチックな仕掛けによってさらに強められた。…いまや東京湾は、力に満ち、ピカピカに磨かれたアメリカの軍艦でいっぱいになっていた。調印式の間のある瞬間、耳をつんざく爆音とともに、海軍戦闘機1500機に護衛され、キラキラ輝きながら低空飛行するB29爆撃機約400機が空をおおった。」
U.S. Navy battleship USS Missouri ⑫祝賀飛行する米軍機編隊s
(↑調印式当日に祝賀飛行する米軍機編隊 :.S. Navy battleship USS Missouriより)

*ミズーリ号は第二次世界大戦に参加した後、朝鮮戦争や湾岸戦争にも参加しました。
U.S. Navy battleship USS Missouri16朝鮮半島沖で砲撃を行うミズーリq
(↑朝鮮半島沖で砲撃を行うミズーリ)
U.S. Navy battleship USS Missouri ⑭湾岸戦争での主砲斉射s
(↑湾岸戦争で砲撃するミズーリ)

*そして今、退役した後、今、ハワイ・オアフ島のパールハーバーで記念艦として保存されているのです。





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