アーカイブ :2017年08月 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

瀬戸ノベルティ文化保存研究会 We are the Seto Novelty Culture Preservation Society, a citizens’organization in Seto City, Aichi Prefecture 、Japan◆瀬戸ノベルティに“最高の評価”!レース人形の最高峰・TK名古屋人形製陶所製「アン王女」が皇室に献上!★瀬戸から「ノベルティ」と「昭和の青春切符~集団就職の記録~」を『日本遺産』に!◆時を超えて香り立つ魅力・ノベルティこそ“瀬戸の華”!セト・ノベルティこそ「せともの」!【瀬戸ノベルティ倶楽部:The Seto Novelty Club〈office〉、Americans who love SETO NOVELTIES, your mail to us is deeply welcome. address :setonovelty_club@yahoo.jp】 写真などこのブログでの画像の無断使用は固くお断りします!

2017年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年09月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

当会、「日本人形玩具学会」に加盟

8月31日 
☆アメリカで「MORIAGE(盛り上げ)」、あるいは、「SATSUMA(薩摩)」と呼ばれて人気の名古屋特産、デコ盛り技法による陶磁器があの「命のビザ」で知られる杉原千畝に関係していた、という予想外のニュースに接したのは先日のことでした。千畝の世界記憶遺産指定可否の決定が近づいている折から、このニュースについて可能であれば後日、紹介したいと思います。 


IMGP4214sa.jpg
IMGP4215sa.jpg

8月31日
☆当会はこのほど、一般社団法人「日本人形玩具学会」に加盟させて頂くこととなりました。 


8月31日
☆イギリスのダイアナ元妃が1997年に亡くなって今年で20年。

IMGP4186fs.jpg
(↑8月28日 中日新聞夕刊↓)
IMGP4187ds_201708311235596a3.jpg
*このダイアナ妃のノベルティは世界各地でさまざまな製品が作られましたが、瀬戸ノベルティでも作られていました。作ったのは瀬戸ノベルティの嚆矢で名門の丸山陶器でした。 
DSCN3554ew.jpg

CIMG4722f.jpg
(↑丸山陶器ミュージアムコーナー:平時は非公開)
CIMG4477ewrrs_201708310822539dd.jpg
CIMG4479ewe.jpg

CIMG4506ew.jpg
CIMG4504e.jpg
*当会は、別のある会社から廃業時にダイアナ妃の写真集を頂いています。『DIANA 世紀的王妃』という、台湾か中国で出版された本です。↓
IMGP4181ds.jpg
d_20170831122447fa0.jpg
IMGP4183sa.jpg
CIMG4501ds_20170831082632184.jpg
CIMG4491fd.jpg
CIMG4480sa.jpg







| 記事 | 07:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

当会への寄贈品、歓迎します!

8月30日
☆当会に寄贈品が寄せられました。ご紹介します。 

IMGP3976ds_20170830220011c68.jpg

IMGP3980ds_201708302201509ec.jpg
*↑「三銃士」のダルタニアン。
IMGP3994re.jpg
*イタリア・カポデモンテ製で、ある貿易商社に見本品として残されていました。これは、その貿易会社が製品サンプルとして保存jしていた製品で、経営者が亡くなり、そのご遺族がさきごろ当会に寄贈して下さったのです。↓
IMGP3982ew.jpg
IMGP3985ds_201708302207561e2.jpg
IMGP3986ds_20170830220856834.jpg
*“Cucci”は丸山陶器などがお手本としたイタリア・カポデモンテ製の名品だったそうです。
IMGP3989dsfd.jpg
IMGP3995fd_20170830222021fb6.jpg

IMGP4034fd.jpg
*小さな子供のフィギュリンです。特徴的な顔。子どもの絵を描くアーティストとしてアメリカで人気のジョアン・ウォルシュ・アングランド(Joan Walsh Anglund )という女性の絵画作品を立体化したノベルティです。
IMGP4038de.jpg
*アングランドは1926年、アメリカ・イリノイ州生まれ。1960年代にその個性的な風貌、…丸顔で、口と鼻を描かない独特の作風で人気となった児童文学作家であり画家です。その画風は無垢の天使のような容貌で、ノスタルジアと抒情性に満ち溢れているのです。アングランドは物語、絵本、子どもの詩、童謡、宗教詩や祈りの本など90冊もの本を出版しているのみならず、同時代の作家たちにもイラストを提供しています。
IMGP4041ds.jpg
IMGP4042s.jpg
*“エーベリン・ルイス”というバイヤーの1981年の製品ですが、メーカー名は分かりません。
IMGP4036ds.jpg

IMGP4053fd.jpg
*“trinket-box”と呼ばれる小物入れのノベルティですが、試作途中の製品のようです。
IMGP4049w.jpg
*転写紙を試しに貼ってみたものが残されていたのです。
IMGP4050fd.jpg
IMGP4057s.jpg
*ヒンジ(hinge)と言われる蝶番(ちょうつがい)が付けられており、
IMGP4058fd.jpg
IMGP4064v.jpg
*↑蓋の内側の部分には、↓
IMGP4062fd.jpg
*↑オルゴールが取り付けられています。
IMGP4051fd.jpg

IMGP4065fd.jpg
*↑まざまなピルケース(ピルボックス)も寄贈されました。↓
IMGP4068ds_20170830233439678.jpg
*↑左のような金属の容器の上に磁器の蓋を密着させて完成させています。↓
IMGP4067de.jpg
IMGP4069es.jpg
IMGP4070fd.jpg
IMGP4073er.jpg
IMGP4076re.jpg
*↑四角のピルケースも。↓当会のこうしたピルケース(ピルボックス)を当会創出の“花華アート・フェアリーボックス”に活かすことにしています。
IMGP4077fd.jpg
IMGP4078ds_201708302348105d4.jpg

*海外製のサンプル品も寄贈されています。↓
IMGP4087df.jpg
IMGP4088d.jpg
IMGP4080fff.jpg
IMGP4081fd_201708310001208fb.jpg
*フランス・リモージュの製品です。
IMGP4085tr.jpg
IMGP4084hg.jpg
*化粧用のコンパクトです。
IMGP4086rf.jpg

IMGP4117fd.jpg
*高さ30センチほどの“ピーターラビット”のノベルティです。
IMGP4120f.jpg
IMGP4121fs.jpg
*あかりのノベルティです。
IMGP4129ds_20170831065342097.jpg
IMGP4134fd.jpg
IMGP4135v.jpg
IMGP4169fd.jpg
IMGP4137fd.jpg
*“ピーターラビットのあかりのノベルティ”はきわめて珍しい製品です。

IMGP4098fd.jpg
*リアドロのような風合いの製品。メーカー名はわかりません。
IMGP4100sa.jpg
IMGP4107ds_201708310714089e8.jpg
IMGP4108fd_201708310715001c9.jpg
IMGP4099re.jpg

























| 記事 | 22:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

“フェアリー・ボックス(fairy box)”のこと

8月28日
☆瀬戸市では、きたる9月9・10日「せとものまつり」、また9月23・24日には「招き猫まつり」が行なわれます。当会はこうした祭で、埋もれた瀬戸ノベルティの魅力を再発見する“花華アート”の試みを皆さんに披露していますが、今回は“フェアリー・ボックス(fairy box)”をご紹介します。 


IMGP3946fd.jpg

*少子高齢化時代を迎え、新生児の誕生を喜ぶ思いはひとしおのものがあります。当会もそうした時代の空気を呼吸しながら、瀬戸ノベルティの魅力を引き出す一つの思いつきが浮かびました。それが“フェアリー・ボックス(fairy box)”です。“フェアリー・ボックス”というのは、子どもが生まれた時、新生児のへその緒や誕生後初めて切る胎毛(産毛)、また初めて切った爪や抜け落ちた乳歯、母子手帳など、わが子の思い出の品を家族の絆として大切に保存する小物入れのことです。

IMGP3949ds.jpg
IMGP3948fd.jpg

*日本歯科医師会によれば、「欧米では抜けた乳歯を枕下に置いて寝ると歯の妖精“トゥース・フェアリー(tooth fairy )”が集めに来て、代わりにコインを置いていく」という言い伝えがあるそうです。妖精は綺麗な乳歯しか持って行ってくれないということですから、虫歯予防のための戒めになっているということです。また、一般に、新生児の思い出の品を大切にすると頭が良くなるとか、元気に育つとも語り伝えられています。家族の仲間入りをした大切な赤ん坊の思い出の品は捨てるのもしのびなく、とはいえ、なかなか良い容器にも巡り会えません。そこで、当会は瀬戸のノベルティに注目したのです。当会は、工場の倉庫に眠ってきた可愛らしいノベルティを掘り起こし、それを出産祝いの贈り物などに仕立てて喜んで頂こう、という趣向を考えました。当会の女性スタッフが世界の“フェアリー・ボックス”を研究し、瀬戸の市中に埋もれているノベルティを見直してみました。

CIMG2933fd.jpg
(↑廃業し、忘れられたように取り残されたノベルティ倉庫↓)
CIMG3159ds.jpg
*ノベルティ生産の最盛期、瀬戸には300社以上のメーカーが林立していました。
CIMG3090re.jpg
*メーカーの大半は転廃業したり倒産して、今、実際に瀬戸でノベルティ生産を行っている会社は10社にも満たないそうです。当会は、忘れ去られてしまっているような元ノベルティメーカーと関係を育み、埋もれた素敵な製品の掘り起しを続けてきました。
IMGP3968ds_20170829043427ad7.jpg
*↑当会が元メーカーなどから掘り起し、譲り受けた素敵なノベルティ↓
IMGP3972ds.jpg
IMGP3971ew.jpg
*掘り起こした製品はどれもホコリにまみれています。当会はそれらを一つひとつ、丁寧に洗い清め、美しい姿を甦らせました。
そうした美しく甦った製品の中から、とりわけ美しく可愛らしいノベルティを選び出して、“フェアリー・ボックス”として仕立て直すことにしたのです。
IMGP3957fd.jpg
IMGP3917bv.jpg
IMGP3958xs.jpg

*瀬戸のノベルティにはもっぱら鑑賞用のノベルティの他に、実用の機能が兼ね備わったノベルティがあります。“フェアリー・ボックス”として甦らせる製品に選んだのは、そうした実用を兼ねたノベルティの中でとりわけ可愛らしいノベルティです。

IMGP3928ds_20170828000329964.jpg
IMGP3924fd.jpg

*小物入れのノベルティによだれかけ、靴下、ガーゼのハンケチ、手袋などを入れて実用的なお祝い品とし、それに当会がノベルティメーカーから入手して保存してきたピーターラビットなどのピルケースを“フェアリー・ボックス”として加えるという趣向です。
IMGP3974ds_2017082904521152e.jpg
(↑当会が“フェアリー・ボックス”として活用を考えているピーターラビットの小物入れ:丸利商会製↓)
IMGP3975ds_20170829045245536.jpg
e_20170828000550a90.jpg

IMGP3954gggg.jpg
IMGP3950d.jpg
IMGP3952ds.jpg

★当会はきたる9月9・10日の「せとものまつり」、また9月23・24日の「招き猫まつり」でこうした瀬戸ノベルティを活用した“フェアリー・ボックス”をいろいろご紹介します。また、麦わら帽子を素材とした“花華(はなはな)麦わら帽子アート”のワークショップもお楽しみ頂くことにしています。
2花奈ちゃん帽子20160924fd
*当会で次のような未完成の麦わら帽子を用意し、製作体験を希望される方に磁器の小花を貼り付けて完成して頂く試みをゆっくりと楽しんで頂こうというものです。こうしたワークショプは有料ですが、完成作品はお持ち帰り頂きます。↓
IMGP3963ds.jpg
IMGP3964ds.jpg
IMGP3966ds.jpg

ds_20170828004046957.jpg

IMGP0084ds.jpg
IMGP0100ds.jpg



| 記事 | 00:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

瀬戸ノベルティ俱楽部は今、夏休み休館です。

8月23日
☆当会の活動拠点「瀬戸ノベルティ俱楽部」は、23日(水)と24日(木)の二日間、夏休みを頂き、休館とさせて頂いております。あしからずご了承下さい。 


8月23日
☆瀬戸市では、きたる9月9・10日「せとものまつり」、また9月23・24日「招き猫まつり」が行なわれます。当会は両祭で、当会独自のノベルティの魅力を楽しむ活動・『花華(はなはな)アート』として“フェアリー・ボックス(fairy box)”のワークショップを行います。この企画については後に詳報します。  


| 記事 | 08:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

オキュパイド・ジャパン(OJ)の足踏み式ミシン

8月21日
☆オキュパイド・ジャパン(OJ)の足踏み式ミシン5万台がアルゼンチンに輸出されていたという記事に関し、名古屋市に本社があるブラザー工業のアーカーブ担当の方から新たな情報を頂きました。当時輸出されたと思われるミシンの写真とその製造の様子を写した写真です。 

d11621-75-757972-1[1]ds
*↑上の写真は、「ブラザー初の輸出製品で 『HA1-B3型』という家庭用ミシン」です。
次の写真は「ミシンの注油・包装をする様子」です。↓ 
d11621-75-653157-0[1]d
*頂いた情報は次のようなことです。「なお台数は不明ですが、弊社家庭用ミシン担当部署記入の過去資料から、『昭和24年7月6日、八雲商事を通じアルゼンチンへ輸出』との項目がございました。弊社からは何台か不明ですが、間違いなくアルゼンチンに渡っているようです。(この年の弊社輸出台数は、約6300台のようです)ただ「八雲商事」という商社は現存しないようで、これ以上の情報は得られないかもしれません」。
今、アメリカには当時の製品と思われる次のようなミシンが残されています。↓
Vintage Brother Deluxe Precision Syncro-Matic Sewing Machine  1ds
*ブラザー工業株式会社については、「ブラザー工業株式会社(社長:小池 利和)は、1947年に初めてミシンを上海へ輸出してから今年で70周年を迎えた。ブラザー工業のはじまりは、輸入ミシンの修理・部品の製造を行う『安井ミシン商会』が1908年に創業されたことにさかのぼる。当時の国内ミシン市場は欧米製が席巻しており、『国産ミシン』を製造し、『輸入産業を輸出産業にする』ことが創業者兄弟の悲願だった。苦労しながら兄弟で研究・開発をすすめ、1932年にブラザー初となる家庭用ミシンの国産化に成功した太平洋戦争時には空襲で主力工場の大半を焼失し、ミシン生産の再開は不可能と思われたが、1946年には生産を再開。1947年5月に、家庭用ミシン『HA1-B3型』200台を上海向けに輸出した。それを皮切りに翌年1948年にはアメリカ市場にも輸出を開始し、ブラザーのミシンは世界市場で地位を確立していく。ミシンを初輸出してから70年の時を経て、ブラザーは海外の売上が8割を占めるグローバル企業へと変貌を遂げた。創業時以来の家庭用ミシン事業は、今年3月に累計生産6,000万台を記録。さらに、ミシンの製造で磨いた技術を新たな製品へ応用しながら多角化をすすめ、プリンター・複合機や、産業機器など、幅広い事業領域に進出している。時代の変化に合わせて主力製品は変わっても、『輸入産業を輸出産業にする』創業者の夢は今も受け継がれている」と紹介されています。
*ブラザー工業アーカーブ担当の方の話によれば、今、いろいろな企業でアーカーブの記録を掘り起こす作業が熱心に行われているそうことです。勝者の記録でもなく、為政者の側からの記録でもなく、民衆や企業、多様な地域社会に眠る記録や記憶を寄せ集め、つなぎ合わせて新たに組み立てる営為の中に歴史の真実が甦るのではないか…。そんな思いが社会のあちこちに芽生えているようです。



| 記事 | 19:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

OJミシン の続報

8月20日(日)
☆ある瀬戸ノベルティファンの方が当ブログで紹介したオキュパイド・ジャパン(OJ)の足踏み式ミシンの記事を見られ、有意義な情報を寄せてくれました。ブラジルにもOJミシンが残されている、というニュースです。このミシンは“PINE”と名づけられたミシンです。 

pine1 (1)ds
decoraco-antiga-maquina-de-cse-made-in-japan-D_NQ_NP_815615-MLB25277328339_012017-F[1]
decoraco-antiga-maquina-de-costura-pine-maddsD_NQ_NP_845615-MLB25277328671_012017-F[1]
*↑“SEWING MACHINE”“MADE IN JAPAN・THE PINE MANUFACTURNG CO.”という文字が付けられています。
decoraco-antiga-maquina-de-costura-ps-in-japan-D_NQ_NP_824615-MLB25277330040_012017-F[1]
*この情報はあるノベルティファンの方からもたらされた情報です。その方は、かつてブラジルに住んでおられたそうで、アルゼンチンに残されているのだからひょっとしてブラジルにもあるのではないか、と思われたらしくインターネットで調べられたそうです。そしてヒットした、とお知らせ下さったのです。「…ノベルティを見ていると当時の方々の生活や時代背景に思いを馳せてしまい、時間を忘れてしまうのも魅力なのかもしれません。…OJミシンの記事はとても興味深い内容でした。日本からアルゼンチンに5万台ものミシンが輸出されていたとは正直驚きでした。昔の足踏みミシンは日本でもとても人気で、特にミシンの脚の部分をアンティークとして飾っている方が結構いらっしゃいます。海外でも古いミシンは魅力的なようで、オークションでも売られているようです。スペイン語はよく分からないのですが、アルゼンチンのお隣のブラジルに住んでいたので、ポルトガル語で少し検索してみました。そうすると、アルゼンチンの隣にあるブラジルのある州の方がOJミシンを出品されていました」。
decoraco-antiga-maquina-de-costusdade-in-japan-D_NQ_NP_815615-MLB25277328339_012017-F[1]
*アンティークミシンを収集している他の人の情報によれば、このミシンはGHQの占領下に製造された希少な国産ミシンの一つで、「パインと名の付くミシンは2つあり、1つはジャノメミシンの源流であるパインミシンと、終戦後にシンガー宇都宮工場(アメリカのシンガーと日本の日本製鋼の合弁)が独立して出来たパインミシン」の二つがあるのだそうです。
decoraco-antiga-maquina-de-costuras-in-japan-D_NQ_NP_845615-MLB25277328671_012017-F[1]


| 記事 | 13:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

エルビス・プレスリー没後40年

8月19日(土)
☆今なお根強い人気を誇るロックスター、エルビス・プレスリー。今年はプレスリー没後40年を迎えるそうです。 


IMGP3847fd.jpg
(↑瀬戸で作られたプレスリーのノベルティ:TK製陶・山国製陶↓)
IMGP3855ds.jpg
IMGP3864ew.jpg
IMGP3859ew.jpg
IMGP3866ds_20170820164149df0.jpg

*トランプ大統領の政治信条が全米に分断を拡げている中、42歳の若さで世を去った伝説的なロックスター、エルビス・プレスリーの死去から今年40年。

IMGP3870ds_2017082016430818d.jpg
*↑これはプレスリー最後のハワイ公演の時のノベルティ。↓
IMGP3890ds.jpg
IMGP3874des.jpg
IMGP3876ds_20170820164710c88.jpg
IMGP3879re.jpg

*市当局が騒乱を避け、南軍関連の指導者や兵士の像を撤去する意向といわれるテネシー州メンフィスはプレスリーの生地。命日を挟んでファン数万人が集まり、その死を悼み、人種を超えた愛を訴える声を上げていると新聞は伝えています。↓
1ds
(中日新聞8月17日付け)
IMGP3831ds_20170819150154232.jpg
IMGP3832fd.jpg
IMGP3834ds.jpg
IMGP3833ds.jpg

*プレスリーのノベルティは瀬戸ノベルティの中でもとりわけ大ヒットした商品でした。
IMGP3894fd.jpg
IMGP3895fd.jpg
(↑プレスリーの酒器〈ウィスキーのデキャンター〉)
IMGP3900fd.jpg

IMGP8253ds.jpg
(↑プレスリーを作ったメーカーの一つ、山国製陶所〈倒産〉の輸出伝票↓)
IMGP8264ds_20170819150654c84.jpg

IMGP2838ds.jpg
*プレスリーのノベルティは瀬戸の複数のメーカーで作られました。当会は、山国製陶、テーケー製陶、愛新陶器などのメーカ-から製品の他、製造に用いた写真やスケッチ、雑誌など様々な資料を入手しています。

IMGP3841ds_201708191551145cd.jpg
(↑当会が廃業したノベルティメーカーから入手したプレスリーの本“ELVIS” 
IMGP3844ds.jpg
(↑プレスリーの死に慟哭するファン:1977年8月16日死去:同書掲載写真)
IMGP3842sa.jpg
(↑プレスリーのベッドサイドの壁には天使のノベルティが飾られていた:同書掲載写真↓)
IMGP3843ew.jpg

IMGP2831ds.jpg
IMGP2829ew.jpg

IMGP2847ds.jpg
(↑プレスリーのマグカップのスケッチ↓)
IMGP2848ds.jpg
IMGP2864ds.jpg

1981 Elvis Presley McCormisey Decanter w Music Box Japan Unpainted Statue-1
(↑瀬戸・ゴトー製陶製のウィスキーデキャンター)

IMGP3840ds.jpg
(↑当会が廃業したノベルティメーカーから入手したプレスリーの本の掲載写真↓)

IMGP3838fd.jpg
*↑プレスリーの墓標の写真(同書掲載)↓
IMGP3836ew.jpg

Elvis_Presleys_Grave[1]ds
*私たちは今、居ながらにしてプレスリーの墓碑銘瞬時に見ることができる時代に生きています。写真の解説によれば、彼の墓所には年間数十万人の人々が訪れると言います。その墓碑銘には次のような意味が刻まれています。
「彼は神からの贈り物であった…彼は神の与え給うた才能を抱え持っていたが、その才能を世界と分かちあっていたし、それにはいささかの疑いもない。彼は若い人の、また年を取った人の心もとらえ、最大の喝采を浴びるアーティストであった。彼は偉大なエンターテイナーであっただけでなく、人道主義者としても憧憬される人であった。それは、彼が広い心、博愛と寛容精神の持ち主であっただけでなく、心根のやさしさ、人懐こさゆえのことであった。…彼はその生存中に於いても、何百万人もの人々から尊敬と愛とを得た、まさに“生けるレジェンド”であった。神は彼には少しの休息が必要であると思召し、彼にこよなく愛した家に帰って休むように、と計らったのであった。」
ElvisGrave3[1]ds

*当会事務局長はかつて、明治維新の英雄とされる伊藤博文の記念館やその墓所を訪ねたことがあります。そこにはほとんど人の訪れがありません。伊藤たちの敷いた富国強兵策の行きついた先が今次大戦でのカタストロフィ(破滅)を招き寄せたのです。来年は「明治維新150年」になるそうですが、明治ニッポンの立役者は時の流れの中でいささかの尊敬を集めることもできないのです。アジアへの抑圧に明け暮れ、ニッポン一人がアジアの盟主たらんとしたその狭隘な精神が尊敬されるはずもありませんでした。今、トランプ政権への追随だけでは日本の拠り所を見失うことになりかねません。プレスリーの今なお消えない人気は、トランプの対極にある共生と博愛寛容の精神ゆえなのでしょう。次元は唐突になりますが、瀬戸ノベルティはそうしたプレスリーの博愛と寛容精神にも通じるものを語りかけてくるような造形物ではないだろうか…、そうした“アメリカの良心”にも受け入れられるようなノベルティを作ってきたのが瀬戸の町である、それこそが陶都の誇りであろうと、そのように思えてなりません。

IMGP3845ds.jpg
IMGP3846sa.jpg

※皮肉にも“トランプ大統領効果”によってプレスリーへの評価が高まっているようです。トランプ大統領は後世のどんな評価に耐えられるのでしょうか?ご参考までに以下、3月25日の当会ブログを再度掲載します。

≪3月25日≫
☆当会の収集品をご紹介します。先ごろ工場が解体されたノベルティメーカー「ゴトー」の製品です。 

IMGP4625ds.jpg
*アメリカの酒造メーカー・McCormick(マコーミック)社が扱った製品で、ある絵付け職人から当会に寄贈されました。
1fd
*↑まず、これはプレスリーのデキャンター(酒器・ウィスキーボトル)。絵付けの施されていない白生地の製品です。↓
2ds
3sc

*これに色が施された製品には次のような製品があります。↓
Elvis Presley Bronzsaatue 1981 McCormick Whiskey Decanter w Music Box Japan-1
(↑金メッキの製品。これは、台にオルゴールが仕込まれています)
①Elvis Presley Silver Statue 1981 Mfdk Whiskey Decanter w Music Box Japan-1
(↑銀メッキの製品)
*↑この製品は1981年の製品で、次のように梱包されて輸出されました。↓
◎◎Elvis Presley Sser Statue 1981 McCormick Whiskey Decanter w Music Box Japan- 5
*↑この頃の梱包材には発砲スチロールが用いられていました。↓
◎◎Elvis Presley Silver sue 1981 McCormick Whiskey Decanter w Music Box Japan-  6

11g
*次に↑金メッキの製品です。↓
22f
33f
IMGP4677fd.jpg
IMGP4675ds.jpg

*当会はこうしたプレスリーのノベルティを作る際の資料も収拾しています。↓
IMGP8286fd.jpg
*写真や雑誌、姿の再現データなどです。
fd_201703260355405b3.jpg
IMGP8287ds_20170326035724602.jpg
IMGP8290f.jpg
*↑製造しようとするプレスリーのノベルティに人体構造としての整合性を持たせるために、その姿態をモデルで実際に再現してみた資料もあります。
え2 (2)ds
IMGP8296d_20170326040534ab4.jpg
IMGP8294ds.jpg
*一つの製品を生み出すために、こうしたさまざまな資料がバイヤーからメーカーにもたらされ、それを基に飽くことなくリアリティを追究した瀬戸ノベルティが作られていたのです。
IMGP4756ds_20170326041941195.jpg
IMGP4777ds.jpg
IMGP4778ds.jpg

*当会は他のプレスリーのデキャンターも収集しています。↓
あfd
(↑プレスリーの立ち姿:銀メッキの製品)
1dsg
*このようなデキャンターは頭部が切り離され、コルク栓で頭部と胴体部とが分けられて作られるのが普通です。↓
あああr
IMGP4590re.jpg
*中にバーボンウィスキーを入れ、次のように紙シール貼って販売されました。↓
Eややlvis Musical Bourbon Decanter-3df

*これには次のような色違いの製品もありました。↓
◎ELVIS PRESLEY GOLD McCORMICK LIQttECANTER MUSIC BOX SEALED RARE -1
(↑金メッキの製品)
◎ELVIS PRESLEY GOLD McCORMdLIQUOR DECANTER MUSIC BOX SEALED RARE -2
◎ELVISrSLEY GOLD McCORMICK LIQUOR DECANTER MUSIC BOX SEALED RARE -3
*このように封印され、バーボン・ウィスキーが入れられて売られていました。









| 記事 | 15:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

“カラスミシン”と呼ばれたOJミシン

8月19日(土)
☆今年12月2日から来年1月28日まで瀬戸市美術館で『戦後の復興を支えたやきものーMade in occupied Japan~田中コレクション~』展が開催されることになっています。これは、アメリカ・カリフォルニア州在住で、現在、「オキュパイド・ジャパン・コレクーズクラブ」代表・田中荘子(しょうこ)さんのコレクションを展示紹介するものです。田中さんは当会会員でもあり、100名近い会員間の親睦と情報交換のため季刊で“ニュースレター”を編集発行されていますが、その“ニュースレター”で“OJ sewing machine in Argentine”と題する記事を紹介されました。それは、アルゼンチンに送られたオキュパイド・ジャパン(OJ)の足踏み式ミシンのことで、7月の当会のこのブログでもそのあらましをご紹介しました。その後、このOJミシンについて貴重な情報を得ることができました。  

IMGP1960re.jpg
(↑アルゼンチンへ輸出されたオキュパイド・ジャパン足踏み式ミシンを紹介した田中荘子さん編集のニュースレター↓)
IMGP1984ds.jpg

*このOJマークの足踏み式ミシン(treadle sewing machine)の製品はアルゼンチンに住む男性の収集品とのことで、“ニュースレター”で次のように紹介されています。
IMGP1957sa.jpg
*「氏によれば、この足踏み式ミシンは1947年の占領下日本製(MIOJ)で、1948年~1952年までEva Peron 財団によって購入されたもの。Maria Eva Duarte de Peronはアルゼンチン大統領Juan Peronの妻であった。Peron大統領の政治信条は、自国の経済基盤や生産性の向上、貿易諸団体への広範な支援による国の豊かさの向上と改善であった。彼の妻Eva Peronは同国の労働健康省大臣として女性たち、貧しい人たちや社会的弱者の救済と福祉向上のためのEva Peron 財団を創設した。…Eva Peron 財団は自宅で服を縫ったりして収入を増やすことができるようにと、1948年から1952年までの5年間に5万台の足踏み式ミシンを貧しい家庭の女性たちに贈った。…氏は『私がインターネットによりこのOJマークの足踏み式ミシンを我が国で確認できたのはわずか2台ですが、それはとてもよい状態で残されているものなのです』と述べています」。(“ニュースレター”の記事概要を中村が翻訳)」。
nnds_201707221409166ea.jpg
IMGP1982ds.jpg
(↑Eva Peron:同ニュースレター掲載写真)

*田中さんは、このニュースレターの編集作業にあたり、この製品の持ち主からメールでその画像を送ってもらい、その画像を掲載してこの記事を書かれているとのことです。「写真によって確認できるこのOJマークの足踏み式ミシンは“HENESCCO”というマークです。占領下の日本で作られた製品がこのようにアルゼンチン向けに作られていたということはとても興味深く、心が躍るようです」と田中さんは述べています。当会は、「もしこのミシンが当地方のメーカーによって作られた製品であるとしたら、70余年の時を超えて、“オキュパイド・ジャパン(OJ)”が日本の復興のみならず、アルゼンチンの福利厚生にも寄与したということになり、その後の日本に被せられた『エコノミック・アニマル』という汚名をそそぐエピソードと言うことができるかもしれない」と先のこの記事をまとめました。そして当会は、占領下の時代、ミシンをアルゼンチンに輸出したと思われるメーカーの一つ、名古屋に本社のあるブラザー工業株式会社のアーカイブ担当の方から貴重な情報を得ることができました。その方からの情報によれば、同社は1932年に初めて国産のミシンを製造、戦後の昭和22年、上海へミシンを輸出したのを皮切りに、ミシン輸出を盛んにしていったそうです。
y (2)sa
y (1)ds
*また、“ニュースレター”には、日本から全部で5万台のミシンがアルゼンチンに送られたとありますが、それらのミシンを製造したメーカーの名前については全くわかりません。当会にいろいろな情報を懇切にご提供下さったブラザー工業株式会社のアーカイブ担当者のお話によれば、戦後は中小のミシンメーカーが沢山生まれていたそうで、各メーカーに何台かずつを割り当てて輸出を実現したのではないか、ということでした。そして、(当時OJ貿易を所管した貿易庁の指示によるものであったのか、)輸出されるミシンはどれも黒一色の製品にして輸出されたとのことで、それを“カラスミシン”と呼んだそうです。そうとすれば、メーカー名や製品名もわからないような形で輸出されていたということだったのでしょうか?当会は今も、このOJミシンについての情報収集を続けています。当会は、主に陶磁器製品についての調査研究を行っておりますが、陶磁器以外の様々な材質の製品についてのOJも広く研究することによって、より客観的にOJという戦後史の事象を捉え、現代史に於けるOJの意味を深く掘り下げてみたいと思っているのです。



| 記事 | 12:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

福助人形のこころ 亀井鑛さんの言葉

8月18日
☆高さ18センチ、横幅25㎝、奥行き24㎝という大きなやきもの製の「福助人形」が当会にあります。当会が瀬戸のある人形業者から譲り受けたものです。 

IMGP3790]
IMGP3795ds_2017081812113216b.jpg
IMGP3791ds_2017081812095955a.jpg
*このような「福助人形」を愛する人たちが結構多いようですが、瀬戸市でやきもの製の「福助人形」が作られるようになったのは明治中期からとのことです。その頃、瀬戸では「福助人形」の他に、“玩具類”という範疇で這い猫、眠り猫、招き猫、稲荷狐、浮き金魚などが国内向けに作られました。輸出向けとして作られるようになったのは日露戦争の頃からで、本格的な石膏型を用いたノベルティが作られていくのは第一次世界大戦の頃からです。さて、一体この福助人形とは一体、どんな人形なのでしょうか?
IMGP3803fs.jpg
*宗教家で「同朋新聞』元編集委員・亀井鑛さんの文章を以下、少し紹介させて頂きます。↓
IMGP3823ew.jpg
*「江戸時代の後期、町の商家などに、置物の福助人形が大いに流行し、店の帳場や住まいの奥座敷に、小さな座布団の上に座って飾られて、マスコットみたいに全国に行き渡りました。そのまま時代が変わって明治、大正、昭和になってもつづき、日本の庶民の間に大へん親しまれ、愛されてきました。でも福助は、七福神などとは違い、神格化されることなく、信仰の対象ではありませんでした」。
IMGP3794ew.jpg
IMGP3798sa.jpg
「…この福助さんには実在のモデルがいて、今の大阪、摂津国西成郡の農家佐五衛門の息子で佐太郎(?-1802)といい、身の丈1メートルたらずの矮躯に頭ばかり大きな風体で、物心のつく頃、見世物稼業に売られたと伝わります。…江戸両国での興業中、旗本何某の子息の遊び相手に三十両で引き取られたら、その武家に吉事がつづき、『これはふぐ助ならぬ福助よ』と周囲から寵愛を受け、成人後に結婚もして一家をなし、…京都で呉服屋を商い、成功して大文字屋の屋号をもつ身分になり、京・大坂では今も、この福助さんを大文字屋さんと呼んでいるそうです」。(原文を一部割愛し、また文字を一部書き換えて引用させて頂いています)
IMGP3801ds.jpg
*亀井さんはとりわけ福助に心を惹かれてきたとのこと、その理由を次のように書いておられます。↓
IMGP3802ds_20170818122817bf1.jpg
「私がとりわけてこの福助さんに心ひかれるのは、諸国の福助人形に千姿万態種々あって、立ち姿から俵乗り、手招き、踊り姿等々ですが、圧倒的に多いのが裃(かみしも)・袴(はかま)の正装で、両掌を膝の前にそろえて目を伏せ、上体をかがめて身を低くする正座姿です。この姿から私たちは何を学ぶのか、というならばです、私はおよそ人間の、今ここに生きる姿勢の基本のあり方が示されているのではないか、と思うんです」。
IMGP3796f.jpg
IMGP3800ds.jpg
IMGP3792ds.jpg
*亀井さんはこれまで全国に伝わってきたいろいろな「福助人形」を収集され、それらをさきごろ名古屋市博物館に寄贈されました。因みに、宮城県仙台市には『仙台四郎』という同じような福や繁盛を招いたという実在の人物をモデルにしたキャラクターが存在します。↓

img08121e4fbqdjow[1]sa
(↑『仙台四郎』の肖像)

IMGP3804ds_201708181304383f7.jpg
IMGP3811ew.jpg
*↑瀬戸市では“招き猫福助”も作られてきました。↓
IMGP3814d.jpg
IMGP3815ds.jpg
IMGP3821ds.jpg
IMGP3805ds.jpg

*亀井さんは“福助”という造形をお金や富を招き込む福の神という存在としてだけでなく、人間関係のあり方や人間の生き方をも語りかける存在として紹介しておられます。「先年、山陰の倉吉市を訪ねた折り、大通りの銀行、呉服屋、喫茶店の飾り窓に、この地に多く出た浄土真宗妙好人の一人、因幡(いなば)の源佐が正座する肖像木版画(長谷川富三郎作)がかかっているのが、あちこち目にとまりました。版画には源佐の生前口癖だった言葉、『ようこそ、ようこそ』が彫り込んである。それを見て私は、『あ、これ、念仏する福助だな』と思わされました。単なる来客へのお愛想でない、身にふりかかる一切を、『ようこそ、ようこそ』と受けておさめる。これぞ妙好人福助に通じる念仏でした」。ノベルティが無言のうちに語りかける人生観を汲み取るというのも瀬戸ノベルティを楽しむ一つの興趣と言えるような気がします。


| 記事 | 12:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

丸利商会の箱入りの製品

8月17日
☆最大級の瀬戸ノベルティメーカーだった丸利商会。
1fd
*倒産する前の、最後の頃の箱入り製品が2体あります。 

IMGP3250re.jpg
IMGP3251t.jpg
*“VISCOUNTESS”(子爵夫人)という言葉が印刷されています。
IMGP3255t.jpg
IMGP3259gf.jpg
*磁器で作られたノベルティです。
IMGP3276re.jpg
IMGP3260f.jpg

IMGP3289ds.jpg
IMGP3277re.jpg
*“Sir Leila Phoenix”という裏印があります。
IMGP3301e.jpg
IMGP3304e.jpg
IMGP3315fd.jpg
*当会はこうした製品については全くわかりません。アニメやコミックなどのヒロインなのでしょうか…。
vvvfd
*いずれも、2006年の製品のようです。



| 記事 | 22:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

せとものと戦争

2017年8月15日
☆敗戦後の日本がGHQにより貿易の再開を実現したのは昭和22年8月15日のことでした。昭和21年12月に貿易庁設置、翌昭和22年4月に貿易公団法公布、5月に鉱工品貿易公団設置。そして6月10日のマッカーサーGHQ司令官により、8月15日から民間貿易が再開されることになったのです。 


☆「ノベルティというやきものは“愛と平和”のシンボルである」、今、当会はそう考えています。『瀬戸物』という言葉がやきもの全般を意味する瀬戸市はそのノベルティの発祥地です。その瀬戸市が戦争と深くかかわったことがありました。

DSC00678ds.jpg
(↑戦時下、尾張瀬戸駅で出征兵士の見送り風景:NHK「北陸東海:幻の一銭陶貨」放送画面より)

*せとものの町・瀬戸市と戦争とのかかわり、その一つは金属資源の不足から戦時下の国家事業として粘土を材料として金属代用貨幣「一銭陶貨」を作ったことでした。↓
IMGP5578ds_20170815001735d17.jpg
(↑瀬戸市で作られた“一銭陶貨”:当会の収集品↓)
IMGP3556fd.jpg
DSC00660ds.jpg
(↑戦時下、造幣局の指定工場として極秘裏に一銭陶貨の製造を行った鐘大陶業株式会社)
DSC00667ds.jpg
(↑陶貨製造を記録した造幣局の極理資料)
DSC00656ds_20170814223720ede.jpg

*そして、せとものと戦争とのかかわり、その二つ目は「オキュパイド・ジャパン」です。
DSC00227ds.jpg
DSC00232ds.jpg
*自由貿易回復後、「オキュパイド・ジャパン」の刻印が付けられた製品在庫を土の中に埋めた会社もありました。↓
DSC00255gf.jpg
DSC00257fd.jpg
DSC00260ds_201708142252256f5.jpg

*そして、8月13日に放送されたNHKスペシャル『731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~』。↓
IMGP3500ds.jpg
IMGP3543ds.jpg
IMGP3553fd.jpg
(↑8月14日放送 NHKスペシャル『731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~』放送画面より:以下の画像も同↓)
IMGP3534fd.jpg
IMGP3524fd.jpg

*その特集番組でも明らかにされたように日本軍による旧満州での非道な細菌戦で「瀬戸物」が使われていたのです。↓
IMGP3376ds.jpg
IMGP3395fd_20170814230511120.jpg
IMGP3396ds.jpg
IMGP3416fd.jpg
d_201708142319071df.jpg
IMGP3401ds.jpg
IMGP3482fd.jpg
*瀬戸市ではある著名な陶芸家がこの731部隊の細菌戦に参加しており、用いられた陶器製容器の製作に関わった人がいる、と秘かに囁かれ、当会もその証言を得ています。
IMGP3558d.jpg
(↑韓国で出版されている本に掲載された「せともの製」の容器)

*「ノベルティというやきものは“愛と平和”のシンボルである」、当会は今、そう考えています。『瀬戸物』という言葉は“愛と平和”の象徴である…、であれば当会は、ノベルティを“愛と平和のまち・瀬戸市”という町づくりの基点としたらどうか、と考えています。

| 記事 | 23:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

“やばい!”瀬戸ノベルティ

8月14日
☆昨日、繊維の町で知られてきた愛知県一宮市から小学生(?)の娘さんを連れた若い家族が当「瀬戸ノベルティ俱楽部」においで下さいました。ノベルティが「外国から輸入したものではなく、瀬戸などで作られて海外へ輸出された製品である」ことを初めて知ったと驚いておられました。 

ag_20170814121226da4.jpg
(↑「瀬戸ノベルティ俱楽部」)
*ご家族の中で、特に若い母親が次の製品を見て、顔を紅潮させて欣喜雀躍…↓
IMGP3324f.jpg
*製品はいずれも瀬戸のメーカーで昭和30年代から40年代にかけて作られた瀬戸ノベルティです。
IMGP3337f.jpg
IMGP3332fd.jpg
bbf_20170814124707cf9.jpg
*この製品はハクウン生地の製品です。ハクウン生地は約80年前に京都国立陶磁器試験所で開発された生地で、焼成温度は磁器より低く、また焼成に伴う収縮もほとんどなく、とりわけ発色もよく、また磁器に比べて安価で製造することができることから、こうした可愛らしいノベルティの生産が爆発的に拡大したのです。<因みに、生地としてのハクウンは<白雲>とも表記され、猫のノベルティで名高いメーカーとしての“博雲陶器”の“はくうん”とは異なります>
IMGP3342f.jpg
*↑これは手の平に乗るほどの小さなノベルティで、小物入れでもあるのですが、このノベルティを見てその若い母親は息を飲んで…、
IMGP3349ds_201708141252055ee.jpg
*「やばい!…」と声を上げられました。
IMGP3343sa.jpg
vvvds_201708141301380b9.jpg
*そして、次の製品を見て女性はまた「やばいよ…、やばい、これは!」とまたも声を上げられました。
IMGP3350e.jpg
IMGP3351sa.jpg
*この母親は30代後半から40歳前後と思われる若い女性です。「これを売って下さい」とその母親は言われましたが、「お譲りできないんです」と当会は申しました。それには理由があります。これまでの当会の研究で、瀬戸など日本の生産地ではとうに忘れてしまっている反面、実は輸出された先のアメリカではある特長を持つ製品にことさら根強い人気が集まっているのです。それは、まさに“whimsical”と形容される製品なのです。例えば、次のような製品がアメリカに残っています。↓
VINTAGE WHIMSICAL CEsSUIT HOLDING PIPE PIGGY BANK MADE IN JAPAN 2
*この製品、また次の3製品は“VINTAGE WHIMSICAL CERAMIC PIGGY BANK MADE IN JAPAN ”と自慢される製品です。↓
Vintage Bull Cow Coin Piggy Bank Japan Forsum Labeled Raymor BittsTY 333
Vintage 1950’s Childrens Pottery Elephant Piggy Coin Bank Moneysation 2
Norcrest Ceramic Piggy Bank w Curly Tail Flowers Made In Japan Vintage  11

*“whimsical”という言葉はアメリカでもあまり馴染みのない言葉のようですが、えもいわれないほどカワイイ、どうしようもなく抱きしめたくなるような、いたたまれないほどいとおしい…、というような意味なのでしょうか?海を越えた遠いアメリカでも、また日本でも“whimsical”な製品は、人々の、特に女性たちのこころを強くとらえて離さないのです。当会(事務局・中村)は、この若い母親が発した「やばい!」」というイマドキの言葉に触れて、あらためて気がついた思いがしました。それは、“whimsical”は「やばい!」」というイマドキの言葉が意味するのと同じような意味なのだ…、瀬戸ノベルティの魅力の一つの核心に触れた思いがしました。
IMGP3353ds_201708141422182e8.jpg
IMGP3354ds.jpg
IMGP3355ds_20170814142412c5a.jpg
*この製品は貯金箱です。
IMGP3357ds_201708141425479ba.jpg
*また、次の製品も欲しいと言われましたが、当会はお断りする他ありませんでした。↓
IMGP3326ds_2017081414444235a.jpg
IMGP3327ds_201708141446064c9.jpg
IMGP3330ds_20170814144816b55.jpg
*今も遥か海の彼方のアメリカでは、こうした製品がいたたまれなくなるほど人々の胸を熱く揺り動かす魅力を秘めている一方、肝心な生産地の瀬戸ではノベルティメーカーの大半が倒産や転廃業などで姿を消し、また在庫として残していた製品も「安物だったから」という理由などでほとんど廃棄されてしまったようです。当会が収集している製品も廃棄寸前のところでかろうじて収集できた製品ばかりです。瀬戸の業界も行政も、瀬戸の製品が輸出先の人々のこころの中にもたらした魅力や感動にまで遡ることもほとんどなく、「日本最大級の輸出向けやきものであったノベルティ」を“すでに過去のもの”として忘れ去ろうとしてきたのでしょう。若い父親も「勿体ことですよね…」とつぶやいて帰っていかれました。聞けば、若い母親の実母は鹿児島県から集団就職で一宮市に働くに来て、一宮市で所帯を持ったのだそうです。「母親のアルバムに集団就職当時の写真があったら、今度また来る時に持ってきますね」と言って帰って行かれました。


















| 記事 | 12:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

瀬戸ノベルティのモデルとなったイタリア製名品

8月12日
☆昨日、“Ceramiche d’arte Marioni”という裏印のあるイタリア製の男性道化師のようなノベルティを紹介しましたが、その製品には異なる絵付けの施された次のような製品があることがわかりました。 

あああew
(↑昨日紹介した当会の収集品)
capodimonte arlecchino nuovo cm 10 x 21 con certificato  1aa
(↑海外にある同種の製品)
☆そのペアである女性道化師のようなノベルティも当会は収集しています。ご紹介します。 
IMGP3069ds.jpg
IMGP3109sa.jpg
IMGP3072ds.jpg
IMGP3079sa_20170812114414a0c.jpg
11e
*↑この製品の裏にも男性の製品同様“Ceramiche d’arte Marioni”という裏印があります。
IMGP3130ds.jpg
*↑この女性の製品には“Colombina”という名前が添えられています。

IMGP3094sa.jpg
IMGP3102sd.jpg
IMGP3106ds.jpg
IMGP3119ds_201708121205382bd.jpg
*↑この製品の背面です。
IMGP3124ds_20170812120645e6b.jpg
*トランプの印が絵付けされています。
w (2)ds
*この製品にも極上の金彩が施されています。
w (1)ds
*数十年、ひょっとして百年ほども前の製品であるかも知れませんが、今なお美しい光彩を放っています。
にds
ほd
へds
mds

*こうしたサンプル品はメーカーが海外視察などの折に購入したり、バイヤーや商社が持ち込んだりしました。いずれにしても製品の製作や開発の参考にしたのです。こうしたサンプル品もノベルティメーカーの消滅に伴って捨てられたり、売られたりして瀬戸の町からほとんど消えてしまいました。

IMGP3078sa.jpg
nsa
pds

*この製品の元の持ち主は4年前に会社を廃業しました。ですから、このサンプル品についてもその情報や物語を知る手がかりが失われてしまいました。また、この製品をモデルにした瀬戸製の人形がいつ頃作られ、どこへ売られたのかもわかりません。
IMGP4869ds.jpg
(↑廃業時にすべて廃棄された同社の石膏型↓)
IMGP2994gf.jpg
CIMG1285sa.jpg
(↑同社のありし日)




| 記事 | 11:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

来年生誕120年を迎える“ミシュランマン”をご紹介

8月11日
☆素敵なイタリア製ノベルティをご紹介します。4年前、ある瀬戸ノベルティメーカーが廃業した折、当会が譲り受けたきわめて貴重なサンプルです。

IMGP3002S.jpg
IMGP3006DS.jpg
IMGP3015DS.jpg
*この製品の底に↓
IMGP3039FD.jpg
IMGP3040W.jpg
*↑イタリア語で、“CERAMICHE D'ARTE MARIONI”と書かれています。 「MARIONIの芸術的なやきもの」というような意味でしょうか。
IMGP3029sa.jpg
IMGP3027ds.jpg
ああs
*今回この製品をご紹介したのには訳があります。
IMGP3053xz.jpg
*↑イタリア製の製品をモデルに、そっくりの製品をこのメーカーが作っていたことがあったのです。↓
IMGP3058ew.jpg
s_2017081116302885f.jpg
cccw
IMGP3054ds.jpg
*実はこれは男女のノベルティで、女性のノベルティにも複製品があります。その女性のノベルティの方も折を見てご紹介します。陶磁器製品の売買マーケットに於いて日本製の製品に関し、しばしば“The market is flooded with fake and reproduction Nippon items being pawned off as authentic.You should try to aquaint yourself to the quality of an authentic Nippon piece as well as to the authentic backstamps.”などと言われています。瀬戸ノベルティは“authentic(真正)”、 “fake(偽物)”、 “reproduction(複製・コピー)”というこうした難しい仮題の中で揺らぎの中にありました。当会もこの課題をずっと考え続けています。

☆来年生誕120年を迎えるミシュランのノベルティ“ミシュランマン”をご紹介します。
IMGP2963ds_20170811112615d7f.jpg

*ミシュラン(Michelin)は「三つ星レストラン」の格付け評価で知られる世界屈指のタイヤメーカーで、そのキャラクターが“ミシュランマン(Michelinman)”です。このキャラクターについて情報筋は次のように伝えています。「1894年、フランスのリヨンで開催された博覧会にミシュランはブースを出展しました。入り口の両側では、山のように積まれた大きさの異なるタイヤが来場者を出迎えます。そこへ創業者であるミシュラン兄弟の弟のエドワールが『腕をつけたら人間になるじゃないか』と兄のアンドレに言ったことがミシュランマン誕生のきっかけでした。その後、アンドレは広告デザイナーのオ・ギャロと会い、彼がビール会社のために描いたものの採用されなかったデッサンに目をとめました。そこには、太った男と『Nunc est bibendum (Drink up)/ヌンク・エスト・ビバンダム(いまこそ飲み干そう)』というセリフ。<このセリフはローマの代表的抒情派詩人・Horace(ホーレス・ホラチウス)の詩賦にあるセリフだそうです>クギやガラスなどを入れたグラスをタイヤ男に持たせれば、空気入りタイヤは障害物があっても乗り心地がよいというアピールになるとアンドレは思ったのです。アンドレはオ・ギャロに熱心に自分のイメージを話してクロッキーを描いてもらい、こうして1898年4月、ミシュランマンが誕生しました」。

IMGP2995sa.jpg
*↑これは“ミシュランマン生誕100年”を記念して1998年に瀬戸のメーカーが世に送ったノベルティです。↓
IMGP3000sa.jpg
IMGP2997sa.jpg
IMGP2996sa.jpg
*↑このマークの中に“BIBENDUM”(ビバンダム)という表記があります。この意味について先の情報源は次のように伝えています。「その後、アンドレは広告デザイナーのオ・ギャロと会い、彼がビール会社のために描いたものの採用されなかったデッサンに目をとめました。そこには、太った男と『ヌンク・エスト・ビバンダム(いまこそ飲み干す時)』というセリフ。クギやガラスなどを入れたグラスをタイヤ男に持たせれば、空気入りタイヤは障害物があっても乗り心地がよいというアピールになるとアンドレは思ったのです。アンドレはオ・ギャロに熱心に自分のイメージを話してクロッキーを描いてもらい、こうして1898年4月、ミシュランマンが誕生しました」。

michelinman_02[1]s
800px-Underground_to_Wood_Lane_to_anywhere,_Internatsertising_Exhibition_at_the_White_City,_1920[1]

IMGP2981sa.jpg
IMGP2982sa.jpg
IMGP2983sa.jpg
IMGP2984ds_20170811113959a26.jpg
IMGP2985ds_20170811115343076.jpg

IMGP2969ew.jpg
*↑珍しい“ミシュランマン”のノベルティをご紹介します。↓
IMGP2970ds.jpg
*それは“ミシュランマン”の灯りのノベルティです。
IMGP2986sa.jpg
IMGP2987sa.jpg
IMGP2989sa.jpg
IMGP2990sa.jpg
ああsa

IMGP2973ds.jpg
IMGP2978ds.jpg
IMGP2979ds_20170811124537b4e.jpg






| 記事 | 11:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

田中荘子オキュパイド・ジャパン”コレクション展

8月10日
☆現在、当瀬戸ノベルティ俱楽部では『戦後貿易再開70周年:田中荘子“オキュパイド・ジャパン”コレクション展』を開催中です。その中から引き続きご紹介します。

IMGP2794ds.jpg
(↑当会の活動拠点「瀬戸ノベルティ俱楽部」:瀬戸市末広町アーケード内)
IMGP2795ew.jpg

IMGP2797ew.jpg
(↑最大級のノベルティメーカーだった旧「丸利商会」のショールームに置かれていた展示棚を頂いて、展示しています)
IMGP2798ds.jpg
IMGP2811fd.jpg
*↑私たち日本人には珍しい取っ手のついた皿。
IMGP2800ds.jpg
*これは、lemon dish,lemon plate,あるいはlemon serverと呼ばれる製品で、紅茶などを飲む時のレモン入れだそうです。↓
IMGP2804ds.jpg
IMGP2802fd.jpg
*↑“Rossetti”という裏印:どこのメーカーかまだわかりません。
IMGP2815d.jpg
IMGP2818ds.jpg
*↑これも“Rossetti”という裏印の製品です。

IMGP2842sac.jpg
IMGP2844ew.jpg
*↑カップ&ソーサーもご紹介します。↓
IMGP2847sa.jpg
IMGP2851sa_20170810193609173.jpg
*↑熟練の技を持つ職人が一筆一筆金彩加飾した素晴らしい製品です。おそらく、戦前に作られていたものに輸出が解禁になって“OJ”印を施して輸出したものだったのでしょう。
IMGP2849ds.jpg
IMGP2857sa.jpg
IMGP2858sa.jpg
↑“Waco(ワコー)”と読めますが、どんなメーカーだったのかよくわかりません。

IMGP2935sa.jpg
s_2017081019464982c.jpg
IMGP2939f.jpg
IMGP2940sa.jpg
IMGP2948esw.jpg
*↑“Meito”とあります。ノリタケから派生した会社で、初め「名古屋製陶所」という名前で、「名陶」とも呼ばれていました。戦中に買収され、社名が「鳴海製陶所」と変わりました。

IMGP2913ds.jpg
*↑名古屋絵付けを代表する“デコ盛り”技法で加飾された製品。↓
IMGP2915s.jpg
IMGP2932ds_20170811080150ffa.jpg
IMGP2929ds.jpg
IMGP2928ew.jpg
*『松風(しょうふう)』の製品です。名古屋市北区上飯田に本社事務所があり、名古屋市東区矢田に工場がありました。系列の本社(京都市)は戦時下、代用貨幣としてやきものの硬貨「陶貨」を作っていました。
IMGP2922ds.jpg

IMGP2884ds.jpg
IMGP2889ds.jpg
IMGP2890d.jpg
IMGP2895sa.jpg
*↑裏印は『多治見』“yamaka”と読めます。
5 Vintage Handpsamaka Dragon Plates 7.5 Diameter Made Occupied Japan EXC  3
*↑アメリカには今もオキュパイド時代の“yamaka”の製品が沢山残されています。↓
5 Vintage Handpainted YamaksPlates 7.5 Diameter Made Occupied Japan EXC 1
5 Vintage Handpainted Yamaka Dragon Plsameter Made Occupied Japan EXC  2
YAMAKA MAN AND WOMAN sAIN FIGURINE IN A DANCING POSITION OCCUPIED JAPAN 1
*↑“yamaka”の製品にはフィギュリン(人形)もあったようです。↓
YAMAKA MAN AND WOMAN Ps FIGURINE IN A DANCING POSITION OCCUPIED JAPAN 2






| 記事 | 15:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

オキュパイド・ジャパン製品のご紹介

8月7日
☆「一体どれほどの量のノベルティがアメリカに残っているのだろうか?何十万、何百万という夥しい量であろうか…?」。毎日、インターネットでアメリカのオークションサイトを覗いてみて痛感する当会の想いです。

aaanes.jpg
*↑これはあるアメリカの“オキュパイド・ジャパン”製品コレクターのコレクションを紹介した写真です。
VINTAGE PaUPIED JAPAN Victorian Couple Shades
*↑このようなランプの製品も“オキュパイド・ジャパン”時代に輸出されていました。↓
Porcelain Lamps,10 Occupied Japan w Claa
*輸出当時の雰囲気をそのまま残しているコレクションも紹介されています。↓
1f_20170807223937b50.jpg
In Box 8 Made In Occupied Japan Bisque2sssss
*8体の少年少女のノベルティが箱に入れられたセットです。
3ds_201708072245016c6.jpg
4ds
ラストds
*最盛期、瀬戸にはノベルティメーカーが300社以上あったそうです。その盛況への階段を登りつめていく端緒となったのが“オキュパイド・ジャパン”印を義務づけられた占領時代のノベルティ生産でした。

☆引き続き、当ノベルティ俱楽部で展示中の田中荘子コレクションから“オキュパイド・ジャパン”製品をご紹介します。
IMGP2604f.jpg
IMGP2609re.jpg
IMGP2610re.jpg
*この裏印が示すメーカー名はまだわかりません。
IMGP2608fd_20170807095021806.jpg
*↑この製品に“souvenir of CLIFTY FALLS STATE PARK”とあります。“CLIFTY FALLS STATE PARK”(クリフティ・フォールズ州立公園)は、アメリカ・インディアナ州の州立公園。その名のとおり、数多くある滝が売り物の公園です。天気や季節によって雰囲気が変わり、吠えるような野趣あふれる滝から花嫁のベールのようなひめやかな滝まで多様で、クリフティキャニオンと呼ばれる素晴らしい景観は感動的、年間を通じて快適なハイキングが可能だそうです。このノベルティはこの公園を訪れた観光客向けの土産物のようです。

IMGP2614fd.jpg
IMGP2615fd.jpg
IMGP2616fd.jpg
IMGP2619cx.jpg
IMGP2620fd.jpg

IMGP2624fd.jpg
IMGP2625fd.jpg
IMGP2626f.jpg
IMGP2628ds.jpg
IMGP2632f_20170807110419284.jpg
IMGP2631f.jpg
*リスのノベルティ。“Wisconsin Dells”とあります。“ウイスコンシン・デルズ”はミシシッピー川の支流・ウイスコンシン川に沿って点在するバケーション・サイト。“Dell”が峡谷を意味するように、そこは変化のある峡谷が刻まれた景勝地で、単に美しいだけでなく、地質学的にも自然豊かな場所で、20近くあるウオーターパークや家族で楽しめる多彩なアトラクション施設があり、水陸両用の観覧船や各種のボート、ウオータースキー・ショーなどもあり、全米各地から多くの観光客を集めている所だそうです。きっと豊かな自然に満ちた場所で、リスが沢山棲んでいる所なのでしょう。

IMGP2748v.jpg
IMGP2638v.jpg
IMGP2636f.jpg
*↑つま楊枝入れのようです。↓
IMGP2637d.jpg
*↑この裏印もまだどこの製品であるのかわかりません。
vvvr.jpg
IMGP2754fd.jpg
IMGP2755f.jpg
IMGP2760fd.jpg
IMGP2762ds.jpg

IMGP2763fd.jpg
*↑これは pincushion(ピンクッション・針山)です。↓
IMGP2767f.jpg
IMGP2768ds.jpg
IMGP2769d.jpg
IMGP2771ds.jpg
IMGP2775d.jpg

IMGP2639v.jpg
IMGP2640fd.jpg
IMGP2641fd.jpg
*↑これは“UCAGCO”というバイヤーの裏印で“United China and Glass Company”の略称です。アメリカのニューオーリンズとニューヨークに拠点を置いていました。同社は初め、ディナーウェアやガラス製品を扱う卸業者としてスタートしました。Abe Mayer という人が1850年代に創業した会社で、当初“Abe Mayer & Co”を社名としていました。“ UCAGCO”を会社のトレードマークとして海外に事業を拡げたのは1930年代のことだそうです。
IMGP2642fd.jpg
IMGP2643fd_20170807143811942.jpg









| 記事 | 09:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

オキュパイド・ジャパン~未来にむけて語り継ごう、歴史の記憶~

 8月5日
☆ただ今、当「瀬戸ノベルティ俱楽部」では、『語り継ごう、歴史の記憶』と題し、田中荘子さんが里帰りさせてくださったオキュパイド・ジャパン製品の展示を行っています。今日はその特集です。

IMGP2528sa.jpg

img017ew.jpg
(↑OJ時代の尾張瀬戸駅を中心とする瀬戸市外の航空写真:米軍撮影/当会が国土地理院から入手した写真)

CIMG1455ew.jpg
*↑この写真は、田中荘子さんが当会に提供して下さったアメリカのあるオキュパイド・ジャパン製品コレクターのご自宅の様子です。所狭しと取集品が並んでいます。↓
CIMG1470ds.jpg

*昨年春、東京の「世田谷文化生活情報サンタ―・生活工房」で田中荘子さんの収集品を特集展示する『Made in Occupied Japan1947-1952・海を渡って陶磁器展』が行なわれました。
CIMG1335ds.jpg
CIMG1327sa.jpg

*そのチラシ文が的確で素敵なので、その一部に当会が加筆させて頂き、オキュパイド・ジャパン製品の位置づけとその展示の意味の説明として、ここに勝手ながら転載させて頂きます。↓
「第二次世界大戦後、連合国の占領下にあった日本。オキュパイド・ジャパン(OJ)とは、民間貿易が再開された1947年(昭和22年)から1952年(昭和27年)にかけての5年間にGHQが『Made in Occupied Japan(占領下の日本製』の刻印を義務づけた輸出品のことです。OJ印がつけられた製品は、陶磁器や装飾品、衣類、カメラ、ミシン、玩具、日用品など多種多様で、その希少価値から米国とカナダを中心に収集の対象となり、愛されてきました。…終戦後の厳しい状況であったにもかかわらず、日本人はものづくりから生活を、誇りを取り戻しました。日本が占領下にあったという歴史さえ忘れられつつある今、当時の人々のエネルギーと熱意のこもった陶磁器は、私たちに平和のメッセージを伝えてくれます。美しく愛らしい陶磁器の品々から、日本のものづくりと戦後70年を見つめます」。

CIMG1350ds.jpg
(↑丸山陶器の当時の資料:当会収集資料↓)
CIMG1351ds.jpg

*この展示会には瀬戸市の伊藤市長も訪問され↓、①オキュパイド・ジャパンの展示品の多くが瀬戸市で作られたこと、②瀬戸市で実現した戦後最大の繁栄がそのオキュパイド・ジャパン(OJ)時代を経てもたらされたこと、③瀬戸市の戦後貿易の起点がオキュパイド・ジャパン時代が始まった1947年であり、今年2017年がそれからちょうど70年前にあたることなどから、今年12月から来年1月にかけて瀬戸市美術館での公式開催が決まったのです。瀬戸市での本格的なオキュパイド・ジャパンの特集展示は初めてのことです。
生活工房天野さん提供 (3)sa
(↑写真提供:世田谷・生活工房)

CIMG1352ds.jpg
*↑この展示会では、当時、生活のため、家族の暮らしの助けにオキュパイド・ジャパンのゴム印を押した経験を持つ瀬戸市民の話(当会の発掘証言)もパネルで紹介されました。
CIMG1353ds.jpg
*↑また、その後に到来した瀬戸陶業史上最大の繁栄をもたらすことになった「ノベルティ生産への集団就職」という歴史的出来事も当会の情報と写真提供によりパネル展示されました。

☆現在、当「瀬戸ノベルティ俱楽部」に展示している製品をご紹介していきます。
IMGP2531re.jpg
IMGP2533ds.jpg

*まず、3人のキュートな少女のフィギュリン(ノベルティ人形)です。
IMGP2454sa_20170805154929fa9.jpg

IMGP2456f.jpg
IMGP2457ew.jpg
IMGP2464re.jpg

IMGP2469re.jpg
IMGP2470e.jpg
IMGP2474s.jpg

IMGP2478re.jpg
IMGP2482ds_20170805160427b49.jpg
IMGP2492ew.jpg

*次に擬人化された素敵な製品と“NAPCO”という裏印(ブランド名)が入っているノベルティをご紹介します。↓
IMGP2495fd.jpg

IMGP2497ds_2017080517481186c.jpg
IMGP2505ds.jpg
IMGP2508d.jpg
IMGP2510sa.jpg

IMGP2513ds.jpg
IMGP2522ew.jpg
IMGP2523ds.jpg
*↑この製品の裏印に“NAPCO”という裏印(ブランド名)が入っています。こうした陶磁器の製造メーカーや系譜に詳しいアメリカのある識者は“NAPCO”について次のように紹介しています。
…Napco stands for National Potteries Corp., which was founded in Bedford, Ohio, in 1938. It originally made florist ware and also imported decorative objects from Japan. Manufacturing was later discontinued and the company just imported goods. Napco figurines are similar to some of Hummel's figurines. … producer of ceramic animal figures, birthday sets, decorative items, kitchenware, figurines, planters, and head vases of the 1950s and 1960s, their sister company“Inarco” is from the Napco lines
ー「“NAPCO(ナプコ)”というのはNational Potteries Corpの略称。1938年オハイオ州ベッドフォードという町で創立。最初は主に花屋(フローリスト)向けの花器などを製造し、また装飾品などを日本から輸入していた。その後、自社製造はやめ輸入専門に特化。この会社の製品はどことなしにハンメル(フンメル)に似ている。主な取扱い製品として、陶磁器の動物、誕生祝い品、装飾品、台所用品、陶磁器人形、植木鉢、1950年から60年代にかけてはヘッドヴェースなど。また、“Inarco(イナルコ)”は同社の姉妹会社」。
*アメリカで日本製の“NAPCO(ナプコ)”と出会ったある人は次のような思い出を述べています。「数年前、私は義母から一つのNAPCOの製品をもらいました。それは新聞を読んでいる少年のノベルティで、5インチ半ほどの大きさのもの、ハンメルに似た製品でしたが“Hummel ”のマークはありませんでした。不思議に思いましたが、一体、どんな会社が作ったのでしょうか…」。その問いに対しその識者は7「おそらく“NAPCO(ナプコ)”の製品でしょう」と回答しています。

IMGP2524d.jpg
IMGP2520fq.jpg
*また、ある女性は次のように感想を述べています。
「“When I was a girl of ten 55 years ago, the phrase "Made in Japan" was usually uttered in derision. Anthing ugly, cheaply made and garishly (不快なほど、けばけばしいような)painted was said to have been "Made in Japan." There was some truth in that. However, by the early 1950's, Japanese artisans were once more creating delicate beauty, just as their ancestors had done”.
もう55年も昔、私が10歳の少女だった頃、『日本製』という言葉に出会うと、いつも私の心の中に嘲りのような思いが湧き起るのを禁じえませんでした。なにか醜くくて、安っぽい作り、けばけばしいというか、不快な絵付けが施されているというのが『日本製』のイメージにつきまとっていました。確かにそれはどこか真実であったことでしょう。しかし、それも1950年代初め頃ともなると、日本の職人たちは彼らの先人たちがそうであったように、再び繊細な美しさというものを作り出すようになっていました。少し前から私は、アメリカ向けに日本で作られた修道女や修道士たちのノベルティを集めてきました。それらのほとんどは1950年代に“ナプコ”製品 を含めた日本の沢山のメーカーによって作られたものでした。それらはどれも魅力的で、美しく形作られたものばかりでした。製品のどの部分を見ても、特に顔の部分が、繊細に、また端正に色づけが行なわれていました。(これは余談になりますが、この時代には何千と言う製品が作られていましたが、他社の製品の模倣やよく似た製品が作られていました。Napco/Napcoware, Nikoniko, Chaseなどを始めとしてさまざまな会社が入り乱れて模倣合戦を繰り広げていた、そんな一面もあったのですが…」。

IMGP2425fd.jpg
IMGP2426f.jpg
IMGP2435s.jpg
IMGP2439dbv.jpg
*↑この製品に焼き付けられた裏印。↓
IMGP2440fd.jpg
*これは“Goldcastle”の裏印です。この裏印はオキュパイド・ジャパンの研究を続けておられる吉原ゆう子さんから提供された情報によれば、オキュパイド・ジャパン時代の昭和25年に丸山陶器が申請した裏印であることがわかりました。↓
丸山陶器OJ裏印→名古屋陶磁器会館→田中さんds
IMGP1101ew.jpg
*また、別の資料では1950年代から60年代にかけての裏印とあり、さらに戦前に営業し戦後の1954年(昭和29年)に廃業した「田代商店」のマークであった、との情報もあります。

☆瀬戸市美術館で開催されるこの「田中荘子コレクション展」では、これらの製品を収集してこられた田中荘子さんのトークショーも計画されているようです。また、会場の一階では当会制作による『陶都の記憶・オキュパイド・ジャパン(仮題)』のDVDも上映されることになっており、今、その編集作業を進めています。このDVDでは田中荘子さんの“オキュパイド・ジャパンに寄せる思い”もご紹介することにしています。



| 記事 | 13:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「田中荘子コレクション:オキュパイド・ジャパン展」

8月4日
☆今年2017年は敗戦後の日本が貿易再開を実現してからちょうど70周年になります。それを記念して、今年12月2日(土)から来年1月28日(日)まで、瀬戸市美術館で『戦後復興を支えたやきもの~Made in Occupied Japan・田中荘子コレクション~』展が開催され、当会も展示協力させて頂きます。

IMGP4927ds.jpg
(↑サンフランシスコ講和条約)
鉱工品貿易公団時代ds
(↑鉱工品貿易公団見本室で:名古屋貿易商会/布目健次「ひとすじの道」より)

★ただ今、当「瀬戸ノベルティ俱楽部」では、夏の当会恒例企画として『語り継ごう、歴史の記憶』と題し、田中荘子さんが里帰りさせてくださったオキュパイド・ジャパン製品の展示を行っています。
1 (1)ew
(↑瀬戸ノベルティ俱楽部:瀬戸市末広町商店街)
1 (2)d
(↑田中荘子さんが里帰りさせてくださったオキュパイド・ジャパン製品の数々↓)
1 (3)ds
1 (4)ew
(↑アメリカ人が憧れてきた西洋の貴族人形<瀬戸で言う“古代人形”>)
1 (5)ew
(↑天使や妖精、また子どもたちの人形も↓)
1 (6)ew
1 (7)ew
(↑動物たちのノベルティ)
1 (8)re
(↑トビーマグ)
1 (9)ew
(↑カップ&ソーサーや塩・コショウー入れなど)
d_20170804174033b97.jpg
(↑陶磁器以外の素材で作られた製品もあります)
1 (11)ds

*この企画については順次、詳しく紹介していきます。

| 記事 | 17:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |