アーカイブ :2017年07月 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

瀬戸ノベルティ文化保存研究会 We are the Seto Novelty Culture Preservation Society, a citizens’organization in Seto City, Aichi Prefecture 、Japan◆瀬戸ノベルティに“最高の評価”!レース人形の最高峰・TK名古屋人形製陶所製「アン王女」が皇室に献上!★瀬戸から「ノベルティ」と「昭和の青春切符~集団就職の記録~」を『日本遺産』に!◆時を超えて香り立つ魅力・ノベルティこそ“瀬戸の華”!セト・ノベルティこそ「せともの」!【瀬戸ノベルティ倶楽部:The Seto Novelty Club〈office〉、Americans who love SETO NOVELTIES, your mail to us is deeply welcome. address :setonovelty_club@yahoo.jp】 写真などこのブログでの画像の無断使用は固くお断りします!

2017年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年08月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

愛知製陶所のその後…

7月31日
☆当会が瀬戸ノベルティの保存・研究・顕彰活動に乗り出すきかっけとなったのが鎌倉時代創業の愛知製陶所との出会いでした。その愛知製陶所の工場が解体されました。同社は「愛知ポーセリンミュージアム」を併設、予約製により収蔵している名品を展示公開しておられます。また、同館の隣にファクトリーショップを新設して営業を続けておられます。

IMGP2332ds.jpg
IMGP2330ds.jpg
IMGP2208ds_20170731102735e5d.jpg

*7月29日、現場監督さんの了解を得て撮影させて頂きました。当会が愛知製陶所と出会ったのは1984年、33年ほど前のことでした。すべての建物が姿を消した風景はひとしお感慨深いものがありました。

IMGP2226ds.jpg
*↑愛知製陶所は瀬戸には珍しく製土から焼成完成梱包までの一貫生産を行う希少な会社でした。地面を深く掘り下げ、製土を行うトロンミルと呼ばれる大型機械はまだそのまま残されていました。
IMGP1846sa.jpg
(↑かつてのトロンミルの様子:当会撮影)

aaads_20170731134048be2.jpg
IMGP2184ds.jpg
IMGP2185ds.jpg
*イースター関連の製品の破片が捨てられていました。↑
DSC00491ds.jpg
*同社の昭和40年の様子を写したフィルムが残されています。これはその一コマで、イースター関連の製品を作っているシーンが写されていました。
DSC00504sd.jpg

IMGP1394sdd.jpg
*↑かつて瀬戸市に宮崎製陶という洋食器メーカーがありました。宮崎製陶は最大級の洋食器メーカーで、道をはさんで両側に大きな工場がありました。その工場跡に大きなマンションjと建売住宅が建てられました。道の先、奥の突き当りに愛知製陶所の工場が見えていました。↓
IMGP1397fd.jpg
IMGP1398ds.jpg
*↑その突き当りに同社の戦前からの製品を保存する“サンプル・ショールーム”がありました。
IMGP8982ds.jpg
IMGP0935ds.jpg
IMGP0937ds.jpg
*この“サンプル・ショールーム”はある女性アーティストの汗と努力によって見事な空間芸術スペースとして整備されていました。
IMGP0941fd_20170731134929a02.jpg
IMGP0940fd.jpg
IMGP0632ds.jpg
IMGP0732fd.jpg
IMGP1523ds.jpg
IMGP0938ds.jpg

IMG_7098ds.jpg
*当会の事務局長が愛知製陶所と出会ったのは「オキュパイド・ジャパン」のドキュメント制作の折のことでした。その後、暫くして同社を再訪。同社社長らとはかり、同社をまるごと楽しむ集いと賑わいの場として当会の事務局長が代表世話人となって『芸術家横丁』を立ち上げました。↓
IMG_7102fd.jpg
011007SETOAICHISEITO18re.jpg
*そのきっかけとなったのは、2001年10月7日に同社の窯場で当会の事務局長がディレクター、そしてプロデューサーとして開催した「秋日和・窯工房コンサート」でした。瀬戸市が“まるっとミュージアム構想”のもと、“町中が美術館”とか“フィールドミュージアム”を標榜していたからです。(↑挨拶する愛知製陶所・加藤高康社長)
011007SETOAICHISEITO05ds.jpg
(↑地元瀬戸市のコーラスグループ)
011007SETOAICHISEITO27s.jpg
(↑当会事務局長が30年近く町づくりを学び続けている岐阜県美濃市の国選択無形民俗文化財・美濃仁輪加の上演)
011007SETOAICHISEITO39sa.jpg
(↑岐阜県郡上市で活躍するフォークグループ“ピ・ペ・ファート”:当会委嘱の2曲を制作してくれた人たち)
*この『芸術家横丁』活動は15年間もも続きました。その息の長い手作りの町起こし活動の中からノベルティの保存研究が喫緊の課題であることを痛感し、「瀬戸ノベルティ文化保存研究会」を立ち上げて今に至っているのです。
IMGP0584fd.jpg

IMGP2257ds_20170731105147af8.jpg
IMGP2327ds_20170731105239bb5.jpg
*瀬戸市行政は今なお“町中が美術館”という標語を掲げています。こうした貴重なフィールドの保存には一顧だにせずハコモノ行政の域から抜け出ようとしない市行政の陰で、こうした瀬戸市中のものづくり拠点が次々に息絶えてきました。特に市行政は愛知製陶所をトップメーカーとするオーナメントというジャンルにはほとんど関心を示していません。当会は同社の工場解体前、愛知製陶所で作られてきた約200点の製品を入手しました。来年度、『愛知製陶所オーナメント展』を開催する予定にしているのです。

IMGP2381fd.jpg
Parkds.jpg
*↑解体される工場の跡地に隣り合う敷地は同社の駐車場になっています。このあたりには、今から70年ほど前のオキュパイドジャパン時代が終わって日本が一応の独立を遂げた後、そのオキュパイドジャパン時代の在庫が埋められていました。当会は、縁あってその土の掘り起しに立ち会い、埋められていた製品を掘り起こしました。↓
DSC00255ds.jpg
DSC00257ds.jpg
DSC00260ds.jpg
DSC00261ds.jpg
DSC00262ds.jpg
(一度土に埋められ、再び掘り起こされた同社のオキュパイドジャパン時代のティーポット:当会が同社から譲り受けたもの)

*愛知製陶所は幕末の1818年から磁器製品の製造を始めた会社で、瀬戸では最高峰のやきもの製オーナメントのメーカーでした。
IMGP0566fd_20170731202427c7f.jpg
IMGP0582ds_20170731202515a04.jpg
*この“サンプル・ショールーム”は同社の記念碑的な製品の数々を収蔵しており、「瀬戸の宝」ともいうべきフィールドミュージアムの典型的なサイトと言うに値する建物でした。
IMGP3430fd.jpg
IMGP3426ds.jpg
(愛知製陶所の“サンプル・ショールーム”を訪れた伊藤瀬戸市長 :2017年3月16日当会撮影)
IMGP3442ds.jpg
*当会は、瀬戸市長に「瀬戸市が“町中がミュージアム”などと標榜するのであれば、こうしたスペースこそ衆知を集めて残すべきではないか」と提言しました。しかし、当会のそうした願いもむなしく陶都から姿を消したのです。
IMGP0579ds.jpg
(↑かつてのサンプル・ショールーム)
IMGP2312ds.jpg
(↑愛知製陶所“サンプル・ショールーム”が建てられていた場所)























| 記事 | 10:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

瀬戸ノベルティの名品に“オリジナルモデル”

 7月29日
☆瀬戸ノベルティが世界の80余ヶ国へ輸出された瀬戸市の一大産物であり、日本の輸出向けやきものの中でも特筆すべきやきものであったにもかかわらず、瀬戸市の文化行政からもまた、肝心な瀬戸の窯業界からも低い評価しか与えられなくなった理由の一つとしてデザインの「オリジナリティ(創造性)の問題」が指摘されます。例えば、丸山陶器の名品と言われる『マスクを持つ男女』(1951年製)の場合。


丸山症―ルームds
(↑『マスクを持つ男女』(:丸山陶器ショールーム:当会撮影)
IMGP1884m.jpg
(↑当会の活動拠点「瀬戸ノベルティ俱楽部」での展示品↓)
IMGP1900ds.jpg

*実は、この名品にはモデルがあるというのです。次の画像がそれです。↓
40360040[1]ds
*この製品には、“A LARGE PAIR OF PARIS PORCELAIN POLYCHROME FIGURES, LATE 19TH CENTURY”という説明書きがあり、「19世紀後半頃の衣装を身につけ、印象的で思わせぶりな姿態が造形されている」という宣伝文句が貼付されています。
40360040[1]ds40360040[1]ds
*この製品の作者は“V&B”というパリで活動していたコンビの製作者で、1868年にJean-Marie Gilleという陶磁器メーカーを受け継いだ人たちでした。しかし、彼らの製品はあまりに“lifelike”(迫真のリアリティに満ちた素晴らしい出来映え)であったことから、1870年代半ばにはフェイク〈偽物〉の製品も作られていました。

40360040[1]fd

*この製品の販売文句の中に「…他の多くのアンティークな名品に見られるように、この製品についても、時代が下るにつれて1920年代から1980年代にかけて日本の丸山陶器↓やAndrea by Sadekが手がけた製品のように類似品が現れるようになったとも紹介されています。
are.jpg
cdsc.jpg
(↑丸山陶器の名品『マスクを持つ男女』:当会所有)

pair-of-painted-biscuit-pordses-marked-vion-et-baury-paris-19th-century-540214-en-max[1]
(↑V&Bという二人の製作者の製品:pair-of-painted-biscuit-porcelain-statues-19th-century↓)
*この二人のコンビが製作した作品には次のような素晴らしい製品がいろいろあります。↓
39365007_1_l[1]ew
$_57[1]ew
$_57[1r
s-l1600[1]ds
f3a46cb6386c9286815d89ed1e1c1d63[1]dsa
s-l225[1]re

*瀬戸ノベルティ研究の第一人者、名古屋学院大学・十名直喜(とななおき)教授の書に『現代産業に生きる技~“型”と想像のダイナミズム~』という労作があります。
IMGP9120re.jpg
*十名さんはその第2章第3項「瀬戸ノベルティ・丸山陶器の歴史的・国際的到達点」の項で、瀬戸ノベルティの嚆矢で数々の最高級品を作り続けた老舗ノベルティメーカー「丸山陶器」の故加藤豊社長の言葉を採録しています。「瀬戸のノベルティ、中でも、丸山陶器の人形の品質と技術を国際的・歴史的にどう評価すべきかについて、加藤豊氏と熱い議論を交わした。『マイセン人形と瀬戸の人形では、製品の質もマーケットも全く異なる』と加藤豊氏は力説する。…『うち(丸山陶器)の製品がマイセン人形の代替品というのは畏れ多いです。マイセン人形は別格であり、正確にはいわゆるドレスデン人形などの代替品として輸出されました。…うち(丸山陶器)も、よくここまでやったと思う。瀬戸の他社に比べて、一頭抜きんでた水準まで到達したが、マイセンと比較できるところまではとても行きませんでした』、と述懐する。

DSCF0068ds.jpg
(↑丸山陶器社長・故加藤豊さん:当会撮影↓)
DSCF0329fd.jpg
(↑右が加藤豊さん・この数日後に急逝されました:当会撮影)

…さらに、ブランド戦略については、『当社としては、ブランド化の意図はありませんでした。かりにそれを志向したとしても、何世代にもわたる時空が必要とされることであったと思います』と述べる。米国をはじめとする市場では、売場、価格帯、購買層などがまったく違う。宝飾品としてのマイセン人形は、4インチ(10センチ)の小物でも数万円し、大型人形となると数百万円にも上る。丸山陶器の人形は宝石店には置かれず、一部の骨董店にはあったものの、ヨーロッパ製として置かれていたのではないかと推測される。ギフトショップやデパートのギフト売場が主で、価格はマイセン人形の1割にも満たなかった」(同書 p82・78)
十名教授は、瀬戸ノベルティが切り拓いてきた独自な側面に注目する中部エスピー社長の星野登氏や「模倣から脱し、セト・ノベルティとして自立し始めた」と捉える服部文孝氏の言葉を引用した後、「大極的にみれば、ようやく独自な瀬戸ブランドづくりの段階に入った瀬戸ノベルティであった。しかし、瀬戸ブランドづくりには乗り越えなければならない課題も少なくなく、地域を挙げて取り組むには至らないまま、80年代後半以降の急激な円高の波に飲み込まれていくのである」と結んでいます。(同書 p83)

CIMG8510d.jpg
(↑丸山陶器の名品「マスクを持つ男女」の石膏型)
IMGP1907tr.jpg
re.jpg
*当会は瀬戸ノベルティの至宝を生み出し続けてきた丸山陶器の文化的顕彰を行う唯一の市民活動団体です。今秋も行います。

| 記事 | 13:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

竹下節子さんの論考 ”天使像の変容“

7月27日
☆日本女子大学人間社会学部教授・増渕宗一先生の論考に引き続き、「天使のノベルティ」について考えます。


*岡田 温司さんという方の著書に『天使とは何か』という本があるそうで、その内容を紹介する一文に次のように書かれています。「…エンジェルとキューピッドは何が違うのか。キリストがかつて天使とみなされていたのはなぜか。堕天使はいかにして悪魔となったか。『天使』と聞いてイメージが浮かばない日本人はいないだろう。しかし、天使をめぐる数々の謎に直面したとき、私たちは想像以上に複雑な陰影を彼らがもっていることに気づくはずだ。天使とは一体、何者なのか―」。瀬戸のノベルティには実に夥しい種類と数の「天使のノベルティ」があります。そうした天使のノベルティを前にすると、私たちは「天使とは一体何なのだろうか?」というまさにそうした疑問に直面します。「天使にはなぜ羽(翼)があるのか?」「天使の羽(翼)は一体何を意味するものなのか?」、そう考えてしまいます。

gggds

☆竹下節子さんという方が『天使が楽器を持つ時―天使は歌っているか』という論考を書かれています。今回は竹下節子さんにお許しを頂いて、その論考を引用させて頂きます。 

い (2)ds
(↑愛新陶器製「ゴーベルの天使」↓)
い (1)ds

*インターネット情報によれば、竹下節子さんは「パリ在住の文化史家、評論家。1974年東京大学教養学部教養学科フランス分科(文科?文学?)卒業、76年同大学院比較文学比較文化専攻修士課程修了。パリ大学博士課程やフランスの高等研究実習院 などでも学ぶ。カトリックやエゾテリスム の歴史を専攻」。竹下さんは広範な視野で比較文化論を旺盛に展開されており、「キリスト教の真実―西洋近代をもたらした宗教思想」 (ちくま新書)、「知の教科書 キリスト教 」(講談社選書メチエ)、「聖母マリア」 (講談社選書メチエ)など沢山の書を出されておられます。当会も遅ればせながら「天使」についての論考で氏の存在とその仕事を初めて知ることとなり、当会も何冊か読ませて頂き、ノベルティの世界とその背景を理解する糧を得たいと思っています。

b (2)sa
(↑天使の瀬戸ノベルティ:加藤工芸が瀬戸のメーカーに発注した製品↓)
b (1)ds
cds_20170727122550971.jpg

*竹下さんはまず「天使の役割」と「天使を取り巻く音楽」について述べておられます。
ラファエロ『システィーナの聖母』部分 1513年頃ds
「天使の役割の第一義は、神と人間の仲介であり、神のことばを人に伝える伝令だ。初期の宗教画に出てくる天使はその『お告げ』の天使や、十字架のキリストの聖痕から流れる血を杯に受ける天使たちが多かった。人々を見守る守護天使もいる。その他にさまざまな典礼を補佐するのも大切な仕事だ。787年の第2ニカイア公会議で、絵画や彫刻で天使を表現することが許可された。その時に参考にされたのは、翼を備えたギリシャの勝利の女神ニケの姿だった。
ニケの女神(サモトラケのニケ)sd
(↑「ニケの女神(サモトラケのニケ)」ルーヴル美術館蔵)
…ニケはリラの音色ですべての者を従わせたと言われる。天使のモデルはすでに楽器を奏していたのだ」。「天使たちが本格的に楽器を弾き始めたのは聖母崇敬が高まってからである。聖母の被昇天や天の母后としての聖母の戴冠という図柄が盛んに描かれるようになってから、聖母をとりまく天使たちがさまざまな楽器を奏するようになったのだ」。

hds
(↑“オキュパイド・ジャパン”の天使のノベルティ:田中荘子コレクション↓)
js

*天使はなぜ音楽と深く結びついているのか?そのことに関し、竹下さんは私たちに有意義な解説を提供してくれています。「地球から見て互いの位置を変えて動く七つの天体である太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星はそれぞれに固有の天使に運ばれていると考えられていた。この7つが、1週間の七曜の基本となって、天地創造の日数や安息日を決め、虹の七色や音階の七音となり、それぞれが固有の色と音を担っていると想像された。天体のように規則性を持って動くものは音を発していると考えられた。音のつながりが中心である単声のメロディが誘惑的なものだと見なされてきたのとは反対に、多声の調和を味わうハーモニーは『神の業』だと考えられたのだ。復活したイエスは、傷跡を見て手に触れないと復活を信じられないと疑った使徒トマスに『見ないのに信じる人は幸いである』と言った(ヨハネ20章29)。音楽や数学は調和的で美しいにもかかわらず、見ることも触れることもできない。音楽は『見ないで信じる』ことの拠(よ)り所になり、目に見える装飾を排した簡素なプロテスタント教会においても大きな役割を果たすことになる」。

w (2)ew
w (1)ew

*さらに竹下さんは音楽を奏でる天使たちについて具体的な説明を行っています。
「典礼に音楽が伴うようになったのと軌を一にして、天使たちの奏楽表現も花開くことになった。天使たちは巨大なパイプオルガンは弾かないけれど、リラやリュートなど小型の楽器や、手持ちの擦弦楽器やフルートなどのメロディ楽器を自在に操る。14世紀から15世紀にかけてはそれがあまりにもポピュラーになったので、人々の意識の中で天国と音楽がほぼ同義になったほどだった。そこでの天使たちの基本の姿は、背中から翼が生え、金髪の巻き毛のほっそりとした若い男で衣装をつけているものだ」。
eye[1]ds
(↑ハンス・メムリンク「奏楽天使]↓)
ハンス・メムリンクmemlinc[奏楽天使]ds
IMGP2149ds.jpg
(↑丸利商会製の天使:左の手と左の翼が欠けていますが…↓)
IMGP2150de.jpg
IMGP2151fd.jpg

*竹下さんの論考は”天使像の変容“に話が及んでいきます。「ところが、大編成の奏楽の天使たちに16世紀のトリエント公会議がブレーキをかけた。プロテスタントが天使たちに飾られた聖母や聖人たちの崇敬を批判し、カトリックも改革を余儀なくされたのだ。そのせいで、バロック時代はルネサンスによみがえったギリシャ神話のエロスから派生した裸の子供(putti)が伝統的な天使の表現に置き換えられた。小さな子供型の天使たちは、頭と翼だけという極端に退化した姿で聖母や聖人像の装飾としてびっしり配されることになった」。
766164801-マリア戴冠-バチカン絵画館-天使-聖画[1]s
(↑「マリア戴冠」バチカン絵画館↓)
840497248-マリア戴冠-バチカン絵画館-天使-天使[1]ds

churab加秀1ds
(↑加秀製陶所の天使↓)
加秀2IMGP5923ds
churab2 (2)ew
churab2 (1)ds

*竹下さんは、その後も天使の変容が続いた、と書いておられます。
「さらに、1726年のフェルモの公会議では天使を聖遺物入れなどの装飾や、聖人像と共に表現することが禁止された。天使を描けるのは聖母か神のそばだけに限られることになったので、奏楽の天使はまたもや最後の審判の喇叭吹きの持ち場に戻った。システィーナ礼拝堂のミケランジェロの最後の審判の天使たちからは翼すら消えてしまった。天使たちが復活したのは19世紀のネオ・ロマンやネオ・ゴシックのスタイルが広まった時だ。ロマン派の天使たちは、より女性化し、より優美になり、透明感を増し、妖精のようになってしまった。天使は『スピリチュアル』な生き物の代表となり、妖精や精霊とオーバーラップして、キリスト教の図像という境界も超えて、20世紀には一種の神話的キャラクターとなってニューエイジにまで使いまわされた。ミケランジェロの天使にあった肉体性はかき消えて、エーテル体になったのだ。けれども、奏楽の天使の伝統は健在だ」。

ああああds

ああcx
いいfd
ううds

*竹下節子さんは天使についての論考を次のようにまとめておられます。「天使たちのおかげで、キリスト教の空間にあったあらゆる種類の楽器が今では世界中で共有され、多くのメロディ楽器による合奏が繰り広げられている。それは時として神を賛美し神に捧げられたものでもあり、また天上の美しさを先取りして人々に垣間(かいま)見せてくれるものでもある。そして、何よりも、その中で、過去の人々や今生きている人々がともに壮大で同時に親密なまじわりに参入することを可能にしてくれる。音楽をともに聴く時間と空間には、いつでも“奏楽の天使たち”が満ちている」。(たけした・せつこ/比較文化、宗教思想史)

ガウデンツィオ・フェッラーリ作 「奏楽の天使」sa
(↑ガウデンツィオ・フェッラーリ作 「奏楽の天使」)

○1ew
(↑丸山陶器製「天使の壁掛け」↓)
○3ew
○2ds
○4ew
○1ewfd

*岡田 温司さんが言われる“天使をめぐる複雑な陰影”。私たちの前にそうした“複雑な陰影”を抱えて次々に現れる瀬戸ノベルティの多様で多彩な天使たち。私たちは今、ようやくそうした陰影の意味を少しずつ紐解いていく手がかりに恵まれています。そうした読み解きの作業の中から瀬戸のノベルティが世界の人々に計り知れないほど大きな心の糧を送り届けていたことを改めて実感するのです。「神は細部に宿る」という言葉があります。まさに、そうしたノベルティ産業と文化の細部を見つめることを軽視し、見つめることを怠ってきたことの中で“陶都の誇り”というものが見失われてきた、という他はありません。

IMGP7254fd.jpg
*↑これは、ある会社の倉庫に埋もれていたノベルティで、昭和30年代に作られたと思われる風変わりな天使です。↓
IMGP7257ds.jpg
ccccds
*この写真のような天使は、一体、天使のどんな陰影を物語るものなのでしょう?当会は、把握し難い陰影の奥深さを理解するまでにはまだまだ至っていないままでいます。

1111ew
*↑これは、当会が最大級のノベルティメーカーだった丸利商会から収拾した資料の一つで、1996年の同社の取引ドキュメントをファイルしたノートに貼られている画像です。発注者からの詳細な製作指示メモが書き込まれています。↓
222d
33ds

<竹下節子様へ  :お手数ですが右記へメールを頂ければ幸いです ≪当会・中村≫ setonovelty_club@yahoo.co.jp>
<増渕宗一先生へ:お手数ですが、右記へメールを頂ければ幸いです≪当会・中村≫ setonovelty_club@yahoo.co.jp >


















| 記事 | 11:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「天使のノベルティ」論考

 7月26日
☆ノベルティには非常に多くの「天使のノベルティ」があります。今日は、この「天使のノベルティ」について、主に日本女子大学人間社会学部教授・増渕宗一先生の論考を引用させて頂きながら、『天使の瀬戸ノベルティ』について考察します。

画像74-3の次-1ds
*↑これは、倒産した山国製陶から当会が入手した天使のノベルティ(ゴーベル)です。↓
画像74-3の次-3ds
画像74-3の次-4ds
画像74-3の次-2ds
*天使とは何か?天使にはなぜ羽があるのか?天使の羽とは何なのか?これが当会が長年考え続けている課題の一つです。

DSC00097ds.jpg

IMGP2907sa.jpg
*↑長い間、倉庫に埋もれてきた天使のノベルティ(マンスリー)。↓
IMGP2908ds.jpg

*「『エンジェル』という言葉は、ギリシア語の『アンゲロス』に由来し、ヘブライ語の『マルアク』(使者の意)の訳であるという。アメリカといえば、映画王国であり、ハリウッドを中心に映画産業が盛んである。実はアメリカ映画にはしばしば天使が登場する。第二次世界大戦後、ハリウッド映画は戦争で傷ついた人々を癒す強力な娯楽メディアとなり、その救済の役割に天使が一役買っていたとみることができる」。増渕宗一さんはその論考「せと・ノベルティ 調査と研究」(八・天使,および奏楽天使、楽隊天使のノベルティ」の冒頭をそう書き起こしています。(この論考は「表象メディアとモードの相関性に関する芸術社会学的研究~劇衣装、絵本、人形を中心に~」(平成15年度ー平成18年度科学研究費補助金・基盤研究(C)研究成果報告書に掲載されています)
映画:地上に降りて52f78efcab2bb7788e0a77f127as-vintage-film-vintage-movie-posters[1]
(↑『地上に降りて』コロンビア映画・1947年)
*増渕さんは、天使が登場する映画について、「例えば、戦前の1941年に制作された『幽霊ニューヨークを歩く』(コロンビア映画)は、地上に降りた天使をテーマにしたもので、好評のため、6年後の戦後1947年、続編として『地上に降りて』(コロンビア映画)が制作された。さらに1978年、リメイク版として『天国から来たチャンピオン』(パラマウント映画)↓が制作されるほど、『天使もの映画』はアメリカで長い歴史をもち、浸透していると言える」と紹介し、
wweq
「さらにこれは1990年代、セト・ノベルティが輸出されなくなってからのことであるが、オードリー・ヘップバーンが守護天使役で登場する最後の主演映画『オールウェイズ』(1987年、ユニバーサル映画、スピルバーグ監督)や、ケーリー・グラントが主役で天使に扮する『気まぐれ天使』(『「天使の贈りもの」』1996年)などがある」と続けています。…このようにみてくると、米国文化に於いて天使の占める一夜役割は深いものがあり、天使ノベルティが愛好される下地は十分にあるといえる」と書かれています。
m_DSC00563[1]ew
(↑守護天使役でオードリー・ヘップバーンが登場した最後の映画『オールウェイズ』)
1ds
2ew
(↑神野製陶が丸山陶器に納めていた奏楽天使:2016年秋、神野製陶の工場解体時に当会が撮影↓)
神野2fd
神野ds

*増渕さんの天使のノベルティについての論考は「奏楽天使」へと進んでいきます。「奏楽天使はルネッサンス期に好まれ、絵画でも多く描かれた。メロッツオ・ダ・フォルリの『奏楽天使』(1480年頃)やロッソ・フィオレンティーノの『奏楽天使』(1520年)やルーベンスの『奏楽天使』(1628年頃)があるし、ボッチチェリの絵画にもしばしば合唱天使や奏楽天使が登場する」。
メロッツォ・ダ・フォルリ「奏楽の天使」fd
(↑メロッツォ・ダ・フォルリの『奏楽天使』)
*「弦楽器を引く美しい天使が印象的である」とメロッツォ・ダ・フォルリの『奏楽天使』を紹介する増渕さん。増渕さんはフランドルの画家ハンス・メムリンクの奏楽天使(1480年頃)も紹介しています。↓
ハンス・メムリンク奏楽の天使①d
vvvfd
(↑瀬戸ノベルティの奏楽天使など)
*「…このような奏楽天使像の歴史の流れの中で、おもちゃや人形の領域に於いても、奏楽天使は多種多彩である。…陶磁器のハンメル・ドールに於いても、奏楽天使は多種多様で、ゲーベル社に於いても独立した項目が設けられているほどで、依然、奏楽天使には人気があるように思える」。
ANGEL BAND1re
mFc4F46R-neJwc-5Rt8gGPQ[1]sd

画像75天使ds
IMGP0573ds_20170727084311959.jpg
IMGP0580ds_20170727084347c59.jpg






| 記事 | 19:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

当ブログ5万ビューを達成!!

2017年7月26日
☆当会のこのブログが本日、ついに5万ビューに達しました。拙く、また多少思い入れの強い感のある当ブログを辛抱強くご覧頂き、ビュアーの皆様には深く感謝を申し上げます。また、更新が滞ることも少なからずあり、大変心苦しく思っております。「ノベルティ」については、産業面、技術面、文化面、製造現場での事情、また、世界の80余か国に及ぶ広大な版図の事情等に精通した人は皆無であろうかと思われます。そのような中で、当会の「ノベルティ研究」はまだ緒に就いたという他なく、当会の研究は十分ではありません。しかしながら、途中経過というような形であっても当会の研究の諸成果を書物やビデオに一つずつまとめていくという作業へ活動の歩を進めなくてはならないと痛感しています。これからも御支援をよろしくお願い致します。


*なお、当会へのご意見やご質問、ご提案は下記へお願い致します。
(メール) setonovelty_club@yahoo.co.jp 

| 記事 | 11:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

陶磁器以外の「オキュパイド・ジャパン」~田中荘子コレクションから~

7月25日
☆引き続き、アメリカ「オキュパイド・ジャパン・コレクーズクラブ」代表の田中荘子さんのコレクションからご紹介します。今日は陶磁器以外の製品をご紹介します。

*日本は敗戦後GHQの占領下に置かれました。GHQ は日本に経済的自立を促すため、1947年から「(メイド・イン・)オキュパイド・ジャパン(occupied japan:OJ)」というマーク・刻印を製品に付けることを条件に輸出を許可しました。その制限は輸出品のすべてに及びます。戦後日本はこの制限付きにより貿易再開を許され、今年2017年はその貿易再開からちょうど70年になります。

IMGP9104ds_20170725184638ae6.jpg
(↑オキュパイドジャパンのゴム印を押していた人に取材する田中さん・左)

*制限付き貿易は日本がサンフランシスコ講和条約により一応の独立を回復する1952年まで5年間続きましたが、日本人はそうした「オキュパイド・ジャパン」のことをこれまでほとんど知りませんでした。一方、アメリカにはその時代の“OJマークの付いた製品”にひときわ強い関心と愛着を抱く人々が多数おり、そうした愛好家が「オキュパイド・ジャパン・コレクターズクラブ」という団体を結成しています。田中荘子さんはその代表です。今回は田中さんのコレクションから陶磁器以外の製品をご紹介します。
IMGP2071sd.jpg
(↑東京・六本木での展示会↓)
IMGP1952fd.jpg
IMGP2072ds.jpg
IMGP2064ds.jpg
(↑香水瓶や糸:製品にはみな“オキュパイド・ジャパン”の印がつけられています)
IMGP1951ds_2017072519000583e.jpg
(↑電気ドリルの替え刃:“オキュパイド・ジャパン”の印が付けられています↓)
IMGP1951fd.jpg
IMGP1954ds_20170725190437453.jpg
(↑ゼンマイ仕掛けのおもちゃも…)
IMGP1955ds.jpg
(↑ライターにもオルゴールにも双眼鏡にもカメラにもハーモニカにも、みな“オキュパイド・ジャパン”の印が付けられました↓)
IMGP1956ddd.jpg
IMGP1959de.jpg
(↑セルロイドのおもちゃ)
IMGP1950ds.jpg
IMGP1950ds.jpg
IMGP1957ds.jpg
(↑ハンケチも↓)
IMGP1958fd.jpg









| 記事 | 18:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「風と共に去りぬ」 のノベルティが物語る瀬戸ノベルティの壮大な版図

 7月24日
☆引き続き、アメリカ「オキュパイド・ジャパン・コレクーズクラブ」代表の田中荘子さんのコレクションからご紹介します。

IMGP6823ds_20170724171306fbc.jpg
*↑上は2014年6月から8月まで愛知県陶磁美術館で当会が同館と共同開催した『魅惑の陶製人形・知られざる日本のノベルティ』展に展示された田中荘子さんのコレクションです。これはミッチェル著の『風と共に去りぬ』のヒロインのScarlet O’Hara (スカーレット・オハラ)と Rhett Butler(レット・バトラー)のノベルティなのだそうです。↓ 
IMGP6826fd.jpg
*↑この製品はこのような紙の箱に入れられ、木毛(もくめん)と呼ばれる緩衝材に包まれて輸出されました。↓
IMGP6827fd.jpg
*この製品についての情報があります。↓
IMGP9908fd_201707241719546c6.jpg
*アメリカ「オキュパイド・ジャパン・コレクーズクラブ」の初代代表Florance Archambaultさんの編集したオキュパイド・ジャパンの製品を掲載した本です。この本にこの製品が掲載されています。↓
qqqds.jpg
*この英文の解説には次のように記されています。「この男女のペアは占領期にニューヨークで夫と輸入商を営んでいたある女性から買い求めたものです。彼女がそのビジネスをやめる時、オキュパイド・ジャパンのいい人形をいくつか手元に置いていたものを手離すことになったそうです。彼女はこの製品を“Scarlet O’Hara (スカーレット・オハラ)”と“Rhett Butler(レット・バトラー)”と呼んでいます。私にはあの南北戦争当時、このような装いの男女が実際に存在していたかについての確証はありません」。
IMGP1998fd.jpg
IMGP1078fd.jpg

IMGP0932fd.jpg
*↑これも『風と共に去りぬ』のノベルティで、ノベルティメーカーA社の製品です。
IMGP0936ds_2017072418281744a.jpg
IMGP0943ds_20170724182842461.jpg
nnn (2)fd
ffffffas.jpg
*この裏印によれば、この製品はAVONの扱った製品で、1984年に作られたものでした。
nnn (1)fd
*実はこの製品には関連する物語があります。ミッチェル著の『風と共に去りぬ』5巻を読みました。そこに“ナッソー”という地名が出てくるのです。“ナッソー(Nassau)”はカリブ海の島・バハマの首都です。実は、その“ナッソー”へも瀬戸のノベルティが輸出されていたのです。
1ds_20170724190537214.jpg
画像3ds
2fd_201707241906248b9.jpg
2-1fd.jpg
*この製品は酒器(デキャンター)です。
4fd.jpg
3re.jpg
5ds_20170724191043c1c.jpg
*ミッチェルの『風と共に去りぬ』に次のような記述があります。二人が結婚する前、言ってみれば“恋のさや当て”といった状態にある頃のスカーレット・オハラとレット・バトラーとの会話です。「『…封鎖破りは、ぼくにとっては商売なんです。それで金もうけをしているんです。金をもうけられなくなったら、いつでも足を洗います。これを、あなたはどう考えますか』『お金を目あての悪漢ですわ。-北部のヤンキーとすこしも変りがありません』…。『無邪気なもんですね、あなたというひとは。砲撃なんかするもんですか。北部連邦にも悪賢い愛国者が大勢います。彼らは平気で南部同盟に商品を売って金もうけをやっているんです。ニューヨークに乗りこんでヤンキーの商社から、こっそり物資を買いこんで逃げ出す。これが少々危険な場合にはナッソーへ行きます。ナッソーへ行けば、いまいったような北部の愛国者どもが、火薬や砲弾やフープ・スカートなどを提供してくれる、イギリスへ行くよりは楽ですからね…』」。インターネット情報によりこの製品とよく似た製品が輸出されていたことがわかりました。↓
RESERVED 1 Porcelain Decanter Nassau Royale 1ds
Nassau Royale Bahamas Licor Porcelana Frutas Sombrdsral Lady Decantador coronetti 1
Nassau Royale Bahamas Lisdana Frutas Sombrero Figural Lady Decantador coronetti 1
Vintage Porcelain Nodder Pinup Ashtray 1tr
*この画像について当会にはわかることがあります。背に“Nassau”の文字が書かれた製品の手前に少しエロティックな製品がありますが、それは瀬戸のノベルティメーカーT社製であり、MTという商社が扱った製品なのです。ともあれ、瀬戸のノベルティは日本の、いわゆる“地球の裏側”の国々へも輸出されていたというまぎれもない事実が明らかになってくるのです。瀬戸のノベルティが予想をはるかに越え世界の津々浦々へ運ばれていったという事実は実に驚くばかりです。瀬戸市の文化行政も市の産業課も、また窯業界さえもこのような壮大なスケールで「瀬戸のせともの・ノベルティ」が壮大な版図を広げていたことをあまりに知らないまま推移してきたのでしょう。そんなことでは「陶都の誇りの再生」はほど遠いと言わざるをえないのです。





| 記事 | 18:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

田中荘子さんの“ニュースレター”から

 7月23日
☆敗戦後、日本の貿易が再開したのはサンフランシスコ講和条約が締結された1947年、ちょうど70年前のことです。「“オキュパイド・ジャパン”という制限付き」での貿易再開でした。

IMGP9338ew.jpg
(↑1951年9月8日サンフランシスコ平和条約に署名する吉田茂全権<1968年刊・外務省編『移り変わる日本~近代化百年の歩み~』>より)
IMGP0514fd.jpg
(石原陶器貿易社のOJ製品を見る田中荘子さん~当「瀬戸ノベルティ倶楽部」で~)

1ew_20170723163401250.jpg
*引き続き、「オキュパイド・ジャパン・コレクーズクラブ」代表の田中荘子さん編集による“ニュースレター”をご紹介します。この“ニュースレター”には毎回、同会員のコレクションが紹介されています。それは会員間での交換のためであり、また、会員が所有する製品に関する情報やオキュパイド・ジャパン(OJ)の全体研究に資する情報交流のためでもあります。
2cv.jpg

3n.jpg
*↑Beverly Atkinsさんのコレクションで、鶴が表現されたwall-pocket(壁かけ)。「水辺のリリーの中に立つ鶴。高さ6インチ、幅3インチ半。鶴は千年もの間を生きると考えられていることから特別に長寿と幸運のシンボルとされる」と解説されています。
3f_20170723165128968.jpg
*この裏印は三重県四日市市の宮尾製陶(MIYAWO)の製品です。宮尾の宮がお宮を意味することから社章として鳥居のマークが付けられているのです。特にこの宮尾製陶(MIYAWO)の製品は今、アメリカで格別高い価格で売買されています。
4ds_20170723165057a07.jpg
*↑これは田中荘子さん自身のコレクションで、“YAMAKA”の製品であると書かれています。“YAMAKA”は「山加製陶所」。岐阜県瑞浪市陶(すえ)地区のメーカー。昭和25年設立とのことですので、OJ期末の製品であることがわかります。↓
vvver.jpg
5fd_20170723165951583.jpg
*↑Sherine Ibrahimさんのコレクション。16インチという大きな製品で、赤い字で“MIOJ”と焼き付けられているそうです。
6ds_20170723170157549.jpg
*↑“Swim Queen”と名づけられた箱入りのおもちゃ。セルロイドの製品なのでしょうか。箱に“TN”というマークが付けられているそうです。
8ds.jpg
*↑これらも田中さんのコレクション。左は水に飛び込もうとしている女性で“ST”というマーク付き。↓
8-2fd.jpg
*↑“ST”は「瀬栄(せえい)陶器」という大きなノベルティメーカーのマークで、瀬戸市、名古屋市、四日市市に工場を持っていました。右は蟹といる少年。
7bbbbbsa.jpg
*↑Kathy Gardnerさんのコレクション。ビスク(無施釉)の少年フィギュリンで、竿と魚が付いている完品です。UCGCO(United Chaina and Glass Company)というバイヤーの扱った製品で、丸山陶器の製品です。
IMGP0432sa.jpg
*↑この製品を田中荘子さんも集めています。上の写真は田中さんのコレクションの中から子どもや天使ばかりを集めて当会が独自に撮影した写真ですが、右端にこれと同じ製品があります。↓
IMGP0483ew.jpg
IMGP0499ew.jpg










| 記事 | 17:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

和紙を用いたレース人形:OJクラブからの「ニュースレター」をご紹介

7月22日
☆今年12月から来年1月まで瀬戸市美術館に於いて『田中荘子オキュパイド・ジャパン・コレクション展』(仮称)が予定されています。田中荘子(しょうこ)さんはアメリカ在住のオキュパイド・ジャパン・コレクターで、約1万点のOJ製品を収集しておられます。現在「オキュパイド・ジャパン・コレクーズクラブ(アメリカ)」代表で当会会員でもあります。田中さんは100名近い会員(主にアメリカ在住)間の親睦と情報交換のため“ニュースレター”を季刊で発行されています。その最新号を紹介させて頂きます。↓

IMGP1953sa.jpg
IMGP1954ds.jpg
IMGP1955sa.jpg

*このニュースレターでは同会会員でもある当会の活動成果も紹介してくれます。今回は特集の一つとして“WASHI(和紙)を用いたレース人形”が紹介されています。↓
IMGP1961sa.jpg
qqsa.jpg
*↑田中さんは次のように書かれています。
「陶磁製レース人形の製作に於いては、通常、実際の布のレース生地を泥状の粘土(泥漿)によく浸し、それを人形のボディに取り付けます。それを窯で焼くと、布の部分は燃え尽きてなくなってしまいますが、取り付けたレース様の部分や波打つスカートの部分はその状態のまま残って焼き上がります。いわゆるドレスデンタイプのレース人形はその好例です。しかし、みなさんの中には、そのようなタイプとは異なるレース人形がオキュパイド・ジャパン人形の中にあることにお気づきの方がおられるかと思います。
今回は、そうしたものの一つとして、“WASHI(和紙)を用いたレース人形”に焦点を当てたいと思います。私は、この方式のレース人形について日本の会員である瀬戸ノベルティ文化保存研究会から教わりました。(中村拙訳)
IMGP1976sa.jpg
*↑この記事で紹介されている“WASHI(和紙)を用いたレース人形”2点は田中さん自身のコレクションです。↓
1e_20170722124616709.jpg
*↑田中さんは「和紙を短冊状などのslipに切ったものを泥漿に浸し、それを人形のボディに取り付けて焼成します。ここにご紹介したようなバレリーナ人形はまるで薄いガラスのような質感を持つ製品に仕上がります」と書かれています。
2ds_201707221247359db.jpg
*↑そして、田中さんはこのOJ製品の裏印の写真も掲載しています。
3da.jpg
*↑田中さんはこの裏印について「○の中に+の入ったマークはこの製品のメーカーであるAIRYUSHAのマークです。私が瀬戸のノベルティ研究会の中村さんにこのマークを送信したところ、中村さんが、このマークが確かにAIRYUSHのマークであることを確認してくれました」と書いています。実際に、私(中村)はそのメーカーの社主に会ってその事実を確認したのです。田中さんはこの項を次のように締めくくっています。「欧米向けの輸出品に自国の素材を使い込んでいるということを知ることは楽しいことです」。

IMGP1280ds.jpg
*↑上の製品はOJ製品です。その裏印が次の写真です。↓
IMGP1286ds_201707221306350b2.jpg
IMGP1284ew.jpg
*この製品を実際にAIRYUSHAの社主に見てもらったところ、社主はうなづいて「次のマークがわが社のマークです」と言ってそのマークを紙に書いてくれました。↓
IMGP1288ds.jpg

☆もう一つ、大変素敵な話題がこのニュースレターに紹介されています。それは“OJ sewing machine in Argentine”と題する記事で、アルゼンチンに送られたオキュパイド・ジャパン(OJ)の足踏み式ミシンのことです。↓
IMGP1960re.jpg
IMGP1984ds.jpg
*このOJマークの足踏み式ミシン(treadle sewing machine)の製品はアルゼンチンに住むR・Iさんの収集品であるとのことです。↓
IMGP1956ds.jpg
*この記事には次のようなことが紹介されています。↓
nnds_201707221409166ea.jpg
*「R・I氏によれば、この足踏み式ミシンは1947年の占領下の日本製で、1948年1952年まで、Eva Peron 財団によって購入されたもの。Maria Eva Duarte de Peronはアルゼンチン大統領Juan Peronの妻であった。Peron大統領の政治信条は、自国の経済基盤や生産性の向上、貿易諸団体への広範な支援による国の豊かさの向上と改善であった。彼の妻Eva Peronは同国の労働健康省大臣として女性たち、貧しい人たちや社会的弱者の救済と福祉向上のためのEva Peron 財団を創設した」。
IMGP1982ds.jpg
(↑Eva Peron:同ニュースレターから)
*「…Eva Peron 財団は自宅で服を縫ったりして収入を増やすことができるようにと、1948年から1952年までの5年間に5万台の足踏み式ミシンを貧しい家庭の女性たちに贈った」。
IMGP1957sa.jpg
*「…R・I氏は『私がインターネットによりこのOJマークの足踏み式ミシンを我が国で確認できたのはわずか2台ですが、それはとてもよい状態で残されているものなのです』と述べています」。(中村概訳)
y (2)sa
y (1)ds
*田中さんはこのOJマークの足踏み式ミシンを実際に見てはおられないようです。ニュースレターの編集作業にあたり、田中さんはこの製品の持ち主であるR・I氏からメールでその画像を送ってもらい、その画像を掲載してこの記事を書かれているとのことです。「写真によって確認できるこのOJマークの足踏み式ミシンは“HENESCCO”というマークです。占領下の日本で作られた製品がこのようにアルゼンチン向けに作られていたということはとても興味深く、心が躍るようです」と田中さんは述べています。当会も紙で印刷された写真でしか判読できませんが。もしこのミシンが当地方のメーカーによって作られた製品であるとしたら、70余年の時を超えて、“オキュパイド・ジャパン(OJ)”が日本の復興のみならず、ルゼンチンの福利厚生に寄与したということになり、その後の日本に被せられた『エコノミック・アニマル』という汚名をそそぐエピソード、と言うことができるかもしれません。

*この記事の末尾で田中さんは次のような添付記事を掲載しています。このアルゼンチンの記事に関するレファレンスとのことです。

Note :
Rafael De Tella and Ingrid Vogel (2003)、The Argentine Paradox :Economic Growth and the Populist Tradition ,Havard Business School.
(ハーヴァードビジネススクールの関係者からこのことについての研究、あるいは言及がなされているのかもしれません)


| 記事 | 12:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

東北の被災地で手のひらに戴いた瀬戸ノベルティの貯金箱

7月21日
☆今も大切にしている宝物のような瀬戸ノベルティがあります。

IMGP1938ds.jpg
*↑当会の事務局長は2011年5月、未曽有の東北大震災に見舞われた被災地の一つ、宮城県気仙沼市を訪ねました。港の近くの民家で出会ったのがこのノベルティでした。↓
IMGP5830ew.jpg
DSC00643fd.jpg
(↑2011年5月6日の気仙沼市・港近く↓)
ee.jpg
*あの石巻市大川小学校の敷地内に建てられていた宮澤賢治の詩『世界全体が幸せにならなければ世界全体の幸福もありえない』の詩と会いに行った折のことでした。
DSC00645jh.jpg
DSC00652ds.jpg 
IMGP1940sa.jpg
IMGP1939sa.jpg
*それは貯金箱で、港近くの全壊した民家に残されていました。当会事務局長は合掌してこのノベルティを手に戴きました。振ると中でカタカタと音がし、小銭が少し入っているようでした。
IMGP1941sa.jpg
*その家は全壊していました。この貯金箱の持ち主はどんな人だったのでしょうか?少女だったのでしょうか?そして、その人の身にどんな出来事が降り注いだのでしょうか?
DSC00651re.jpg
*↑大津波が襲った時刻で時計が止まっていました。
DSC00642ew.jpg
*↑この人が書いたのでしょうか、「夢」という墨書きの文字も残っていました。
DSC00655ew.jpg
*↑その時のビデオ映像の一コマからこの持ち主の苗字がわかります。「○○五年 菅野○○」と読めます。このブログを御覧の方でこの人についてお心当たりのある方は下記へお知らせ頂ければ幸いです。
<「瀬戸ノベルティ倶楽部」(メール setonovelty_club@yahoo.co.jp  ☎ 090-6339-0791)>

ccccccew
IMGP5832fd.jpg
IMGP1943ds.jpg
IMGP1937dddd.jpg

*1985年の「プラザ合意」から急騰した円高。その円高によって瀬戸のノベルティ産業は急激な衰退の道をたどりました。円高以後、業界は内需に活路を見出そうとしてきました。当会の宝物となったこのノベルティもそうした内需のひとつだったのでしょう。

7月21日
☆今日、当会に不思議なノベルティが持ち込まれました。次のSkeleton(骸骨)の製品で、Aさんという40代の男性が「インターネットで買ったもので、この製品について情報を知りたい…」ということで当方をお訪ね下さったのです。↓

IMGP1922ds_20170721131229962.jpg
IMGP1923ew.jpg

*当会は、この製品が瀬戸で作られたものであることを知っていました。この製品をめぐって、実は不思議な話があるのです。次の写真は、アメリカ在住の当会会員で、「オキュパイド・ジャパン・コレクターズクラブ」代表の田中荘子さんが2015年に当所をお訪ね下った時に当会へ寄贈して下さった本の写真です。
cccds
現代表である田中さんの前の同会代表Florence Archanbaultさんが編集された本で、占領下の日本で作られ、世界へ、特にアメリカへ輸出された製品(オキュパイド・ジャパン、OJ)を写真と製品に関する情報や考察を添えて紹介した本です。今、日本ではこのオキュパイド・ジャパン時代の製品を集める人たちが増えていますが、この書は、オキュパイド・ジャパンへの関心がアメリカではいちはやく高まりを見せ、それに呼応する形でそのコレクタ-たちの会が結成され、その同好の人たちのために Archanbaultさんがまとめられた先駆的なコレクション本なのです。
bbbdfd
(↑編者のFlorence Archanbault さん)
IMGP1928ds.jpg
*↑この本の中に、Aさんが入手されたものとよく似た製品が紹介されているのです。この本で紹介された製品は、もともと「酒器」(ウィスキーなどの酒類を入れた容器・デキャンター)として作られたものです。↓
IMGP1929fd.jpg
IMGP1930re.jpg
IMGP1947ew.jpg
IMGP1932s.jpg
↑この製品の説明書きには、「骸骨酒器セット。完品は6個のショットグラス付き。ボトルは7インチ弱高、ショットグラス2インチ弱高。“Poison”という文字が前面に焼き付けられている」と書かれています。とすれば、この写真の右下はこの製品を構成するショットグラスの一つのようです。
IMGP1952ds_2017072115275986d.jpg

*この本には次のような添え書きがあります。↓
xxre
「このSkeleton bottleは少しグロテスクであるが、それにもかかわらず面白い製品である。この製品の表面には“Poison(毒)”と書かれていることから、日本人は“アルコールは健康に悪いもの”と受けとめていたのであろうか?私はこれと同じような製品を写真で他にも見たことがある。それは、“Poison”という文字には十字架と同じように同じような金彩の縁取りが施されている製品であったが、(それと比較してみれば)この製品は手抜きをしたものなのであろうか…」。今日、Aさんが当方へ持ち込まれた製品は、この本の製品と形はほとんど同じでも、本のような「酒器」(ウィスキーなどのデキャンター)ではなく、
IMGP1923ew.jpg
IMGP1924re.jpg
*“incense-burner(香料入れ)”として作られたもののようなのです。眼窩や鼻腔から香が漂い出るのでしょうか。聞けば、この製品のオーダーを出した人は、個性的で、美意識が高く、洗練されたセンスの持ち主であるデザインアーティストなのだそうです。このアーティストはこのオキュパイド・ジャパン製品とどこかで出会って製品化を思いついたのでしょうか…。
画像74-1re
*今、瀬戸のノベルティの中で輸出されているものはほとんどないそうです。しかし、聞けば、このような製品の中にはアジアなどへ輸出されているものもあるのだそうです。当会はこのようなテイストの製品について知識や情報をほとんど持ち合わせていませんが、もしこういった製品が輸出されているというのであれば、「瀬戸ノベルティの可能性」を考える一つの貴重なヒントに逢着できるのかもしれません。つまり、ノベルティ最盛期のあの頃のような、「大量生産・大量消費」というのではなく、比較的少数であっても、ある特定の購買者をターゲットにした製品であった、そうした特定の愛好者には必ず買ってもらえるというような製品であって、しかも、充分なクォリティの高い製品作りを開拓すれば、ノベルティ生産にも活路がありうる…、ということのようなのです。
IMGP1927fd_20170721153922eeb.jpg

| 記事 | 13:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

瀬戸市美術館で今年12月~来年1月、“田中荘子・オキュパイド・ジャパン展”開催

7月20日
☆敗戦後、日本の貿易が再開したのは1947年、サンフランシスコ講和条約締結後です。それと同時に、「“オキュパイド・ジャパン”制度による制限付き貿易」が始まりました。今年はそれから70年になります。

IMGP7056ds.jpg
(↑「鉱工品貿易公団」で、名古屋貿易社長・布目健次氏著『ひとすじの道』より))
いds
あd

*「日本はすでに武装解除され、もはや“神風ニッポン”ではない」ことを証し、「どうぞ、平和国家ニッポンから製品を買って下さい」という環境を整えるため、GHQが“オキュパイド・ジャパン”制度を設けたのです。
w_20170720071054d0c.jpg
(↑丸利商会製の塩コショウ入れ・オキュパイド・ジャパン製品)
Vintage Roses dsy Occupied Japan salt and pepper shaker set w Holder  い
IMGP7561ds.jpg
(↑丸利商会製のオキュパイド・ジャパン製品:田中荘子さん所有)
IMGP7557xz.jpg

*「貿易再開70年」を記念して、瀬戸市は今年12月~来年1月、瀬戸市美術館で“オキュパイド・ジャパン展”を開催します。当「瀬戸ノベルティ文化保存研究会」会員で、アメリカ在住「オキュパイド・ジャパン・コレクターズクラブ」代表の田中荘子(しょうこ)さんのコレクションが展示される企画展で、当会はその企画展に協力させて頂くことにしています。

DSC00270ds.jpg
(↑左・田中荘子さん:昨年「くじら館」で:当会が制作中の『愛とほほえみの造形』の画面映像から)
DSC00271sa.jpg
CIMG7037ds.jpg
(↑田中荘子さんのコレクション↓)
CIMG7043ds.jpg

IMGP5283ds.jpg
(↑丸山陶器のオキュパイド・ジャパン製品:田中荘子コレクションから)
IMGP5297fd.jpg
IMGP5298fd.jpg

*田中荘子さんは陶磁器製品を中心に約1万点ものオキュパイド・ジャパン製品を収集されています。その中に、このオキュパイド・ジャパン制度が始まった昭和22年に印刷され、翌昭和23年1月に発刊された『JAPAN TODAY』という本があります。↓
IMGP6809ds.jpg
*この本の中に、オキュパイド・ジャパン時代の名古屋の風景も収められています。↓
IMGP7491ds_20170720073453dbf.jpg
*↑当時の名古屋駅。この写真には「名古屋には最新の駅があり、東海道、中央、関西の各線が発着、名古屋は日本の東と西の分岐点なのです」と解説されています)
IMGP6827ds.jpg
*↑また、名古屋の中心市街を写したこの写真には「名古屋には多様な産業があり、中でも繊維産業と陶磁器産業が知られています」と記されています。

IMGP6810ds.jpg
*オキュパイド・ジャパン時代の日本を紹介したこの『JAPAN TODAY』の序文には次のように書かれています。↓
sssfd
*「この本は、かつて日本を訪ねたことがある人たちの思い出のために、また、これから日本を訪ねようとしている人たちのための本です。…日本には『百聞は一見にしかず』という言葉があります。それは、『見ることは信じることである』という欧米の言葉に通じるものがあります。見ること、知ることは国際関係に於いても異文化交流に於いても理解の基本であるというメッセージがこの本の刊行の底に込められています。

IMGP7245d.jpg
(↑この本の末尾にも、この本も“占領下の日本製”、と記されています↓)
bbds

*田中荘子さんは「“占領”という言葉からもっぱら被害者意識を前面に押し出すような歴史観を持ちだすのでというのではなく、まず自分の目でよく見ることにより、先入観を抜きにして“敗戦”や“占領”という事実をよく知り、希望と平和の時代へ乗り出そうとする過渡期の日本の姿や息吹きというものを感じて欲しいんです」とそのコレクションに寄せる思いを述べておられます。 

vvds
(↑丸山陶器の製品を見る田中荘子さん:瀬戸市ノベルティこども創造館で)

生活工房天野さん提供ds
(↑東京・世田谷「文化の家」でのオキュパイド・ジャパン展会場を訪れた伊藤瀬戸市長と)







| 記事 | 07:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

7月19日(水)は臨時休館とさせて頂きます。

7月18日
☆明日19日、当会の事務局長が瀬戸ノベルティについて『愛とほほえみの造形~知られざるせともの・ノベルティ物語~』と題して研究成果を発表させて頂くこととなりました。そこで、誠に勝手ながら「瀬戸ノベルティ倶楽部」を臨時休館とさせて頂きます。どうぞあしからず御了承ください。 

画像62AR-3d
*この発表会には、ノベルティ業界最大手だった元メーカーのアメリカ営業所代表を勤められた方も話に加わってくれます。
CIMG7153v.jpg

☆ところで今、“世界を騒がせているあの人”のノベルティが作られています。
画像74-5s


| 記事 | 19:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

当会のブログをまもなく再開します。

7月18日
☆当ブログはネット回線に不具合が発生し、暫く更新が滞っておりましたが、ようやく復旧しました。また更新を再開します。

| 記事 | 12:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ネット事情の不具合により更新が遅滞。お詫びします。

7月16日
☆当ブログはネットの回線事情に不具合があり、暫く更新が滞っております。あしからずご了承ください。


| 記事 | 10:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

『愛とほほえみの造形~知られざるせともの・ノベルティ物語~』制作中

7月1日
☆当ブログは暫く更新が滞っております。ある映像祭への出品作業中のためです。参加予定作品は当会の20年余に亘る研究調査活動の成果を結晶させたビデオドキュメント『愛とほほえみの造形~知られざるせともの・ノベルティ物語~』で、今、編集が大詰めです。
IMGP3996s.jpg
027d.jpg
IMGP5571fd.jpg
*このエントリー作品は当会がこれまで20年近くに亘って撮影してきた約200時間の映像素材をもとに1時間の長時間ビデオドキュメンタリーとして描く作品で、音楽は作曲家で当会会員只野展也(ただの・のぶや)さんの作曲音楽を使わせて頂きます。なお、撮影・構成・編集・語りを当会事務局長の中村が担当しています。

IMGP1864ew.jpg
IMGP1689ew.jpg
IMGP6767re.jpg
*このビデオドキュメントではフォークグループ「ピペファート」が当会委嘱曲として作ってくれた『瀬戸へ行かんでどこへ行く』『瀬戸ノベルティのうた』の挿入歌2曲もご紹介します。また、編集等の器材協力を中部大学メディア教育センターに仰いでいます。当ブログをご覧下っている皆様にはご不便とご心配をおかけしておりますが、あと一週間ほどお待ちください。どうかあしからずご了承下さい。
IMGP7193ds.jpg


☆6月中愛知県高浜市「第二南部ふれあいセンタ―」で開催されていた『鈴木敏夫瀬戸ノベルティを描く絵画展』は昨6月30日をもって終了し、展示製品を撤収しました。

| 記事 | 07:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |