アーカイブ :2015年07月 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

瀬戸ノベルティ文化保存研究会 We are the Seto Novelty Culture Preservation Society, a citizens’organization in Seto City, Aichi Prefecture 、Japan◆瀬戸ノベルティに“最高の評価”!レース人形の最高峰・TK名古屋人形製陶所製「アン王女」が皇室に献上!★瀬戸から「ノベルティ」と「昭和の青春切符~集団就職の記録~」を『日本遺産』に!◆時を超えて香り立つ魅力・ノベルティこそ“瀬戸の華”!セト・ノベルティこそ「せともの」!【瀬戸ノベルティ倶楽部:The Seto Novelty Club〈office〉、Americans who love SETO NOVELTIES, your mail to us is deeply welcome. address :setonovelty_club@yahoo.jp】 写真などこのブログでの画像の無断使用は固くお断りします!

2015年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年08月

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当会が収集しているK社の製品を御紹介しましょう

7月30日(木)
★先ごろノベルティ販売商社K社が自己破産しました。当会が収集しているK社の製品を御紹介しましょう。

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*「キューピー」です。これはK社が著作権の認可を取り、Y製陶に外注していました。Y製陶は原型を瀬戸で製作し、原型を中国に送り、中国で量産したとのことです。
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*もう一つ、ムーミンです。↓
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*フィンランドの作家、トーベ・ヤンソンが生んだ名作童話「ムーミン」のノベルティ。昨年ヤンソン生誕100周年を迎えました。このムーミンもK社がY製陶に外注し、中国で量産されていました。
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*当会は、このムーミンの原画も入手しています。↓
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イタリア・ミラノへも瀬戸のノベルティが沢山輸出されていました

7月28日(火)
★今、イタリア・ミラノで国際博覧会(万博)が開かれていますが、このミラノへも瀬戸のノベルティが沢山輸出されていました。

1978年2月20日伝票有イタリアtradimport  2-e
↑この製品もその一つです。当会が工場の解体前に入手していた製品ですが、このほど、同時に収集していた膨大な輸出資料の中から、この製品がイタリアの商社向けに輸出されていたことが分かったのです。
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*↑Tradimport社というイタリア・ミラノの商社宛ての伝票類(1970年代後半)。商談の手紙やテレックス、価格リスト、輸出内容の明細を記した公式インボイスなどで、これらは、ノベルティ工場の解体時に廃棄される予定であったものを当会が会社の了解を得て収集させて頂いたものです。当会はこのTradimport社宛てのものだけで約500枚の伝票資料を集めていました。↓
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*これらの伝票によれば、瀬戸からミラノへの輸出品の種類は多岐にわたっていました。家族・子ども・老人と孫・恋人たち・貴族や植民下の男女・働く人々の姿・キリスト教関係や天使・動物や鳥や花・花器やプランターや花籠・喫煙具や理美容具・写真立て・各種小物入れ・ピンクッション(針山)・アウトドア製品・家畜やペット・ランプ・クッキージャーや台所用品など…。
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*↑資料の中に残されていた製品サンプルの写真。
↓当会の収集品の中に、まさに資料の中に残されていたこの製品があったのです。
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↑ありし日のこのノベルティ会社。
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*↑この製品を製造していたノベルティ会社の工場解体中の様子。
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*↑この製品を製造していたノベルティ工場跡の今日。銀行のデータセンターになっています
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*↑当会が収集していた約500枚の伝票資料の中に残されていた他の製品サンプルの写真。
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*当時、工場の解体跡↓にはこの会社で作ってきた製品の名残も埋もれていました。↑
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↑解体現場に捨てられていたノーマン・ロックウェルの製品資料。このメーカーは瀬戸ノベルティの名品を作っていた会社でした。
*この会社が取り引きを行っていたミラノの商社は下記のような会社でした。
①Tradimport di Franco Modigliani
 ②CONTI MARCO
③CREAZIONI FANTASIA
④NICOLA MINCUZZI
*また、瀬戸のこのメーカーの社長が商用で泊まったホテルの名前もわかっています。EXCELSIOR GALIA というホテルです。これらの商社やホテルは今もミラノの町にあるでしょうか?
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↑イタリアのミラノへ輸出されていたと思われる瀬戸のノベルティ。今もミラノの町のどこかにこうした瀬戸生まれのノベルティが残されているかもしれません。当会の活動は瀬戸のノベルティがこうした世界の隅々に製品を送り出していたまぎれもない事実を明らかにしています。当会の活動は、業界団体も行政もなし得ない「陶都・瀬戸の戦後史の掘り起し作業」に他ならないのです。

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J.F.ケネディjuniorとキャロラインの子ども時代

2015年7月28日(火)
★瀬戸で作られたケネディ大統領とその息子J.F.ケネディjunior、娘キャロライン(現駐日米大使)のノベルティが半世紀ぶりに里帰りしましたが、ケネディ暗殺事件の映画の中でJ.F.ケネディjuniorとキャロラインの子ども時代の映像と出会いました。

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↑ジム・ギャリソン原作のノンフィクション『JFK』に基づいたケビン・コスナー主演の映画“JFK”(オリバー・ストーン監督)↓。
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(↑ワーナー・ホーム・ビデオ『JFK』・1991年製作DVD画面より↓)
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*この映画は実写映像を織り交ぜて編集されています。その中に、ケネディの葬儀の時の実写映像がありました。ノベルティ製品は、こうした実写映像に記録されたポーズや姿などを研究して造型されたことがうかがわれます。
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★当会の活動拠点「瀬戸ノベルティ倶楽部」、お休みのお知らせです

7月26日(日)
★当会の活動拠点「瀬戸ノベルティ倶楽部」、お休みのお知らせです。

①当館の休館日:毎週月曜日と火曜日
②夏休み : 8月17日(月)~21日(金)
■当会へのお問合せは setonovelty_club@yahoo.co.jp 、または☎ 090-6339-0791(瀬戸ノベルティ倶楽部)へお願いします。。

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半世紀前の昭和39年(1964年)、東京オリンピックの時、瀬戸市ではどんなノベルティが作られていたのでしょうか?

7月25日(土)
★2020年の東京オリンピックの新国立競技場問題、指導者の顔ぶれこそ「白紙」に戻すべきであるのに、理念を見失った“無駄遣い街道”を愚かな迷走が続いています。半世紀前の昭和39年(1964年)、東京オリンピックの時、瀬戸市ではどんなノベルティが作られていたのでしょうか?当会が収集した資料によって具体的に分かりました。

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*↑これらは東京オリンピックの頃に瀬戸で作られていた代表的な製品で、ある倉庫に眠っていたものです。この会社では、このような製品アイテムを『少年法王』と呼んでいました。
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↑当時の資料が見つかりました。昭和38年から昭和41年までのノベルティメーカーの「絵付け日報」です。
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↑ちょうど東京オリンピックの開会式が行われた昭和39年10月10日当日の作業日報がありました。
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↑10月10日のこの日、絵付け作業が行われていた製品が見つかりました。製品番号R5838。この番号の製品そのものが倉庫にサンプルとして残されていたのです。東京オリンピックの開会式が行われたまさにその日に瀬戸で作られていた製品です。↓
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↑これはプランターとして作られていました。
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*この会社が『少年法王』と呼んでいたこの製品は一体どのようなものなのか?キリスト教のカトリックの信者である友人が「これは正式にはチェコのプラハの教会にある“幼子イエスの像”というものです」と教えてくれました。中世に作られたというこの像は数々の奇跡を起こす像として世界中のカトリック信者の信仰を集めてきた像なのだそうです。プラハまで行くことのできない人たちのために、瀬戸で作られたこのノベルティ『少年法王』が世界各地に送り届けられていたのでしょうか?
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↑このノベルティに描かれている“IHS ”とは何でしょうか?It is popular legend that the IHS stands for the Latin phrase Iesus Hominum Salvator, “Jesus the Savior of(all)men” “IHS ”とはラテン語で「人類の救世主・イエス」ということなのだそうです。
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*価格はどうであったのか?それも分かりました。この時期の「素(生)地明細表」(昭和39.6.29)が見つかったのです。↓
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*製品番号R5838の「少年法王プランター」は高さ8インチの製品で、そのサイズのデータが見つかりました。単価28円50銭。型代2円50銭、土代5円、鋳込仕上代9円、運搬費2円50銭円、焼成代7円。
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*この「少年法王」にはプランターと置物の二種類があり、大きさも5インチ4分の3インチ、6インチ、8インチ、10インチなどいろいろありました。また、この製品を取り扱った商社も名古屋貿易、佐々ブラザース、ミューチュアルトレーディング、尾張屋貿易など複数ありました。
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*作られてから50年余。半世紀もの間、倉庫の中で埃に埋もれて眠り、今、当会との出会いの中で目覚める刻を得たのです。
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*この会社では、東京オリンピックの開会式が行われたまさにその日、6人の絵付け職人たちが絵付け作業を行っていました。きっと、オリンピックのラジオ放送を聞きながら作業をしていたことでしょう。この日は、他に、「座布団乗り祈りエンゼルプランター」と「欧州向け少年法王オキモノ」も作られていたと日報に書かれています。また、備考欄に「カシュー」と記されています。「加秀製陶所」という宗教人形を得意とするノベルティ会社が当時ありましたので、その会社へ納める製品であったかもしれません。

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★このブログをお読み下さるみなさんへ

★このブログをお読み下さるみなさんへ。
このブログでは、当会の活動状況や瀬戸ノベルティをめぐるニュースを発信しています。しかし、当会事務局のネット能力が高くないため、通常のブログ形式にはなっておりません。そのため、読みづらい体裁になっていますことをあしからずご了承ください。
当会では、ここで発信した事項を軸に、来年度、『瀬戸ノベルティの本』を発行する予定です。
なお、当会へのお問合せは setonovelty_club@yahoo.co.jp 、または☎ 090-6339-0791(瀬戸ノベルティ倶楽部)へ。
※当会は、瀬戸市にある市民活動団体で、一切を自主自立で運営しています。
また、当会はアメリカにある「オキュパイドジャパン・コレクターズクラブ」(田中荘子会長・カリフォルニア州在住)と交流し、その会員として、アメリカでの情報の精力的な収集を心がけています。

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新たに加わったノベルティを御紹介しましょう

7月24日(金)
★当会の活動拠点「瀬戸ノベルティ俱楽部」の展示品に新たに加わったノベルティを御紹介しましょう。あるノベルティ会社で働いていた人の家に残されていた製品で、その娘さんが当会に見せてくれた製品です。

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*何という会社で作られた製品であるかはわかりません。「ドン・キ・ホーテ」でしょうか?実に見事な原型です。
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*また、次の作品は丸山陶器の製品です。
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*この人が住んでいたのは3軒の棟割り長屋で、長い間無人となっていた部屋に置かれていたためか、製品は汚れていますが、これも見事な製品です。
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↑純度の高い金が絵付けに使われていました。↓
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↑花は丸山陶器で働いていた専門の職人さんが一つひとつ作っていました。
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↑丸山陶器は人体細部の造型にも徹底したリアリティを追求していました。指の股をおろそかにしない「丸山の指」がこの作品にも健在でした。
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*ペアの製品ですが、男性の方がないとのことです。どのような物語を秘めた作品であるかはわかりません。生地、絵付け、焼成のどれをとっても完成度の高い作品です。
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中日新聞(愛知県と岐阜県)に掲載されました

7月22日(水)
★「ケネディ大統領のノベルティ、里帰り!」の記事が22日の中日新聞(愛知県と岐阜県)に掲載されました。↓

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*当会は、瀬戸市で「ケネディ大統領のノベルティ」が作られていたことを示す帳簿を見つけ出していました。そして、インターネットを通してそのノベルティが今もアメリカに残されていることを知り、当会会員でアメリカ在住の田中荘子さん(「オキュパイドジャパンコレクターズクラブ」代表)にこの製品をアメリカで入手して頂きました。
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(↑半世紀前に瀬戸で作られ、このほど里帰りした瀬戸製ノベルティ↓)
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(↑半世紀前に瀬戸で作られたケネディ大統領のノベルティ。これはSPと言われる“塩・胡椒入れ”です↓)
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*その「ケネディ大統領のノベルティ」が先ごろ田中荘子さんの手を経て半世紀ぶりにアメリカから瀬戸の町へ里帰りし、そのことが今日22日の中日新聞朝刊に掲載されました。↓
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*当会は、記者の取材を受けた時、「ケネディ大統領のノベルティ(SP/塩胡椒入れ)」が昭和37年から昭和41年(1966年)までに約20000体が作られていたと応えていました。一昨日、このメーカーの倉庫で輸出を取り次いだ日本の商社別に輸出品目と数量をまとめてファイルした帳簿を見つけました。その帳簿から、「ケネディ大統領のノベルティ」が昭和42年にも作られていたことがわかりました。昭和42年8月12日に304ダース入荷。3048個の注文があったのです。そこで、昭和37年から昭和42年までに約23000体余り(SP/塩胡椒入れ)がこの会社で作られていたことがわかったのです。
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(↑少女時代のキャロラインさん、現駐日大使)

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★今、イタリアのミラノで万博が開かれています

7月19日(日)
★今、イタリアのミラノで万博が開かれています。当会は、そのミラノに瀬戸で作られたノベルティが大量に輸出されていたことを示す資料を入手しました。↓

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*瀬戸のあるノベルティメーカーが業務の縮小に伴って工場を解体しました。当会が入手したのはその折に廃棄された資料で、ミラノのTradimportという商社との間で行った輸出関係書類で、1978年から1982年までノベルティ最盛期を記録した伝票です。
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*ミラノに輸出されたノベルティは、家族、子どもの情景や恋、動物や花、ノーマンロックウェル、キリスト教の聖者や天使、職業、コロニアル時代の風俗、小物入れや花器、スポーツなど様々で、当会が散逸から「救い出した」伝票や資料は数百枚に上ります。
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*ミラノへ輸出されたこれらの製品を作ったメーカーの製造工場はすでにすべて解体されています。↓
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*ミラノへ輸出された製品の記録の中には写真もありました。↓
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*当会は、その工場が取り壊される前に同社の製品を数体譲り受けています。その中にミラノへ輸出された製品と同じ趣の製品がありますので、御紹介しましょう。
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*ミラノへ旅行される方は、この町にも瀬戸から沢山のノベルティがはるばる運ばれてきたことを胸に描いて旅をされたら、ひとしお感慨が湧くのではないでしょうか。

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戦後の瀬戸のノベルティ業界に大きな位置を占めてきた国内の商社K社

7月19日(日)
★先日、戦後の瀬戸のノベルティ業界に大きな位置を占めてきた国内の商社K社が自己破産しました。この会社は瀬戸のノベルティメーカー数社を傘下に入れ、瀬戸で原型を製作、それを中国に送り、中国で量産して輸出してきました。しかし、中国での人件費の高騰や世界的なやきもの離れの中で経営が悪化し、数億円の負債を抱えて自己破産に至ったそうです。

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*当会は、そのK社が販売した製品をいくつか収集しています。その一つを御紹介します。↓
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*この製品はクッキージャーです。1950年にアメリカで生れ、半世紀もの間、国民的人気を誇る漫画キャラクター“ビートル・ベイリー(beetle bailey)”をクッキージャーにした大きな製品です。ビートル・ベイリーは日本では「ぐうたら二等兵」として知られています。当会は、この製品を作るにあたって作られた製作マニュアル資料(アートワーク)も入手しています。↓
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*K社は、このビートル・ベイリーを初め、ポパイ、デズニ―、ベティーちゃん、キューピー、スヌーピー、ムーミンなど、世界的な人気のキャラクターをモチーフとしたノベルティの一大メーカーとして知られてきました。
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*当会は、先のブログで今、万博が開かれているイタリア・ミラノに製品を輸出していた会社を紹介しましたが、この製品はその会社がK社から製造を下請け受注していたものでした。
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★当会はケネディ大統領のノベルティ↓について複数紙の記者の取材を受けています

7月16日(木)
★当会はケネディ大統領のノベルティ↓について複数紙の記者の取材を受けています。近日、新聞2紙に掲載されると思います。

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(↑約50年前に瀬戸で作られ、半世紀ぶりに瀬戸へ里帰りしたケネディ家のノベルティ)
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(↑娘キャロライン<現駐日大使>のノベルティ=瀬戸製↓)
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*ケネディ大統領はキング牧師と交流があり、差別のない選挙権をめざす公民権の拡大に力を注ぎました。ケネディと同じように凶弾に倒れたキング牧師の生涯を描いた映画『グローリー』(“SELMA”)を伏見の映画館で見ました。
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(↑映画『グローリー』のカタログより)
*その後、上前津の古書店に立ち寄ったところ、『ケネディ家の発想』という本を見つけました。↓
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(↑大前正臣著『ケネディ家の発想』:昭和54年徳間書店刊)
その中に父親のケネディに抱かれた娘キャロラインさんの写真がありました。↓
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(↑抱かれているのは娘のキャロライン<現駐日大使>)

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加藤徳睦社長が伊藤市長に「瀬戸からの嬉しいニュース」として報告されました

7月15日(水)
★本日、当会事務局長の中村がTK名古屋人形製陶の加藤徳睦社長とともに伊藤保徳瀬戸市長と面談しました。

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(↑瀬戸市新庁舎・7月16日撮影)
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*“陶都窯業の再生”を視野に、加藤徳睦社長が伊藤市長に自社のポリシーや試みを約1時間にわたって語りました。
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*市長応接室には先ごろ皇族の三笠宮彬子さんに献上された「アン王女」の姉妹品が置かれていました。↓
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(↑左:TK名古屋人形製陶・加藤徳睦社長、右:伊藤保徳瀬戸市長)
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(↑三笠宮彬子さんへ献上されたTK名古屋人形製陶製「アン王女」の姉妹品)
*また、大東三進製の白頭鷲も市長応接室に飾られていました。↓
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※当会でもTK名古屋人形製陶製「アン王女」をご希望の方に斡旋させて頂いております。ドレスの色はお客様のご希望に沿うことができます。
※また明日16日からJR名古屋駅(高島屋)内の「グランドキオスク名古屋」にTK名古屋人形製陶製のノベルティが展示販売されます。キオスク側から「瀬戸の選り抜かれた特産品を展示販売したい」とのオファーがあったとのことで、加藤徳睦社長が伊藤市長に「瀬戸からの嬉しいニュース」として報告されました。


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★当会はエルビス・プレスリーのノベルティを収集しています

7月13日(月)
★当会はエルビス・プレスリーのノベルティを収集しています。

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*これらのプレスリーのノベルティがいつごろ作られていたのか、当会は1980年代頃と聞いていました。そして、最近、先に当会が入手していた資料の分析により詳しい情報が得られました。↓
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*当会が見出した資料↑は、P社の工場が解体される折に、当会が収集した昭和58年(1983年)10月27日付の輸出検査合格書で、輸出(通関)証明書発給用。P社が同社の輸出事業を専門に設立した子会社によって作製された伝票です。製品の品番はk21347、仕向け先は「アメリカ」、材質は磁器。一つずつ箱に入れ、カートンと言われる段ボール函一つに12箱入り、それが3カートンで計36函、計432個の輸出でした。↓
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*価格は1函の単価が3500円、36函×3500円=総価格126000円。126000÷432⇒一個あたりの単価は291円70銭でした。
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*日本陶磁器検査協会瀬戸出張所の浅井検査員が10月28日に同社を訪れて検査を実施、検査の合格を出しました。この時の費用は、輸出検査手数料が378円、出張料が80円の計458円、12788円の検査手数料が徴収されました。
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*製品番号k21347の製品に関する伝票が次々に見つかりました。↑昭和59年2月3日、1箱12個入りで100カートン、計1200個、12個入り1函で3530円、総価格は4236000円、一個あたりの単価は3530÷12⇒294円余でした。この時は日本陶磁器検査協会瀬戸出張所の伊藤検査員が2月4日に同社に出張して検査が行われ、検査は合格、検査費用は12788円でした。製品番号k21347の製品に関する昭和59年6月5日付の伝票。1箱12個入りで20カートン、計240個、12個入り1函で3530円、総価格は847200円、一個あたりの単価は3530÷12⇒294円余。この時は注文が急であったらしく、同社が製品を検査協会に持ち込み、加藤検査員が検査、緊急検査料200円を加え2741円が徴収されました。
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*製品番号k21346のプレスリーの伝票もありました。製品番号k21347の製品の類似品であったろうと思われますし、k21346の製品に先立つ製品であったかもしれません。昭和61年10月22日、1箱12個入りで100カートン、計1200個、12個入り1函で3600円、総価格は4320000円、一個あたりの単価は、3600÷12⇒300円。
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*当会は、プレスリーのフィギュリンの他、プレスリーの絵皿も収集しています。↓
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*また、製品番号E21371のプレスリーの伝票もありました。昭和62年8月10日の伝票で1函(カートン)4箱入りで5カートン、計200箱、1個当たり900円、総価格は72000円。さらに製品番号E21371のプレスリーの伝票、昭和62年7月17日の伝票で、1函(カートン)12箱入りで200カートン、計2400箱、1個当たり300円、総価格は8640000円。製品番号E21371のプレスリーの伝票、昭和62年10月22日の伝票で、総価格は216000円。製品番号E21371のプレスリーの伝票、昭和62年8月11日の伝票で、総価格は8424000円。以上の伝票だけで約8000個のプレスリーの製品がアメリカに輸出されていたことがわかりました。
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*これらのノベルティの原型はどのようにして作られたのか?当会は原型製作にあたって用いられたと思われる資料も入手していしました。
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*人物造型をよりリアルなものにするため、実際に似た衣装を着たモデルにいろいろなポーズをさせた写真もありました。↓
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*当会がP社の工場の解体時に入手したプレスリーのさまざまな写真や雑誌の資料。↓
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*アメリカのバイヤーが製作したプレスリーのスケッチもP社へ送られ、原型製作の参考にされていました。↓
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*素晴らしい製品の製作の陰にこのような地道な研鑽や努力があったのです。
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*この製品はテキサス州のジョージタウン市のROYAL ORLEANSというバイヤーに売られたもので、LAURA MAERSK V-8802 という輸送船で太平洋を渡ったことが分かりました。“MADE IN JAPAN”の文字がまぶしい時代でした。この輸出は、プラザ合意(1985年)によって日本の輸出が大きなダメージを蒙り始めた頃の商談でした。
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*これらの名品を作った工場は、今はもうありません。
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*廃棄された資料。当会は会社の了解を得、できる限りこうした資料を収集しました↓
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*↑賞状も捨てられました。
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↑その後、プレスリーのノベルティを作った工場跡は紆余曲折を経て銀行のデータ事務センターになりました。

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負債は7億円だそうです

7月12日(日)
★瀬戸のノベルティ生産に影響力のある役割を果たしてきたL社が今、その存続が危ぶまれる状態にあるというニュースに接しました。情報によれば、負債は7億円だそうです。

加藤工芸1986年2-0m
↑上の製品は同社が取り扱っていた製品のひとつで、瀬戸市内のメーカーにより1986年に作られたものです。↓
加藤工芸1986年3-q
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(↑昨年愛知県陶磁美術館で開催された「魅惑の陶製人形展」に当会が出展したもの)

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★ケネディ大統領のノベルティが瀬戸で作られ、瀬戸に里帰りした新たな情報を入手しました

7月8日(水)
★ケネディ大統領のノベルティが瀬戸で作られ、その製品がさきごろ瀬戸に里帰りしたというニュースをお伝えしましたが、当会は本8日、それに関する新たな情報を入手しました。

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*↑昭和41年の輸出検査申請書です。9月24日の項。↓
41年9・24-s
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*↑椅子掛ケネディS/P。
ニューヨーク行-v
*行先はニューヨーク。
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*↑先ごろ瀬戸に里帰りした製品です。伝票から“半磁器”という材質の製品であることが確認されました。↑
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*↑この会社は今も製造を続けています。↓
け3-b
*↑伝票によれば、段ボール1函(1カートン)に8ダース、10カートンで計80ダース、計960個。1ダース当たり725円、一個あたり60円40銭の出荷値でした。
あああ-v

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★ケネディ大統領のノベルティ

7月8日(水)
★ケネディ大統領のノベルティが半世紀前に瀬戸の町で作られ、その製品がさきごろ瀬戸にアメリカから里帰りしたというニュースをお伝えしましたが、先日、それについて新聞記者の取材を受けました。近日、新聞に掲載されることと思います。

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*J.F.ケネディが大統領に選ばれたのは昭和36年、1961年のことでした。ケネディ大統領は、冷戦構造の打破に心血を注ぎ、核戦争の切迫した危機の淵に立ったキューバ危機を乗り越え、人種差別問題を乗り越えるための公民権運動に尽力していました。当時、ニューオーリンズ地方検事でケネディ大統領暗殺事件の真相に迫ったジム・ギャリソンはノンフィクション『J.F.K』で、ケネディ暗殺はFBIや CIAがからみ、冷戦体制維持に固執する守旧派による国家的陰謀であったと記しています。この書の中でジム・ギャリソンは「…ケネディ大統領はワシントンDCのアメリカン大学で記念すべきスピーチを行い、直接的かつ雄弁に冷戦を否定し、地球という小さな惑星の上で、アメリカ合衆国とソ連は平和的に共存する必要のあることを強調した」書いています。(同書P272)ケネディ大統領は、その双肩にアメリカ国民のみならず、世界の国々の希望と期待を背負っていました。今、この書を読むと、ケネディ大統領の命を奪った凶弾が如何に多くの世界の理想や夢を打ち砕いてしまったのかが惜しまれてなりません。
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(↑『J.F.K~ケネディ暗殺犯を追え』<ハヤカワ文庫>↓)
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(↑ケネディが大統領に就任したまさにその年の1961年5月に発行された「LIFE」誌=当会がノベルティ会社の倉庫の片隅で見つけたもの↓)
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(↑ニューオーリンズ地方検事ジム・ギャリソンのノンフィクションに拠った映画『J.F.K』、ジム・ギャリソンを演じたのはケビン・コスナー。)
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*瀬戸市では昭和36年から暗殺後の昭和41年頃までA社でケネディ大統領のノベルティ(SP、塩・胡椒容器)↑が盛んに作られていました。当会が入手した資料から、この間だけでA社で18,000個の製品が輸出されていたことが分かりました。それは、A社から掘り起した資料から分かった数字ですが、A社の他、丸山陶器やK社でもケネディや娘のキャロラインさん(現駐日大使)のフィギュリンが作られていましたので、全体でどのくらいの数のケネディ家の製品が瀬戸から輸出されていたのかは全くわかりません。
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(↑丸山陶器で作られたケネディのノベルティ)
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(↑ケネディが大統領に就任した1961年5月に発行された「LIFE」誌に掲載された写真・ケネディの娘キャロラインさんとジョン=当会がノベルティ会社の倉庫の片隅で見つけたもの↓)
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(↑ケネディの娘のキャロラインさん<現駐日大使>の少女時代のノベルティ↓)
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(↑駐日大使就任時のキャロライン・ケネディさん:NHKのテレビ画面から)
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*約50年前に瀬戸で作られ、アメリカに輸出されていたケネディ大統領のノベルティが先日、少女時代のキャロラインさん(現駐日大使)のフィギュリンともに半世紀の時を経て瀬戸に里帰りし、今当俱楽部に展示されています。世界の大きな時代のうねりの中に生きた歴史的人物で、現代史の証人であったケネディ大統領のノベルティが瀬戸市で作られていたという事実。当時の瀬戸の人たちは、そんな人物のノベルティも日々の暮らしの糧を得るために毎日、作っていたのでしょう。ケネディ大統領の死後、東西冷戦体制からの脱却、人種差別撤廃、ベトナム戦争からのアメリカの撤退というケネディの願いはことごとく踏みしだかれ、日本はケネディ亡き後の東西冷戦体制完全に組み込まれた中で経済的高度成長へと駆け上っていきました。陶都瀬戸の洋食器やノベルティ産業もその高度成長の一翼に連なっていたのです。
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*ところで、ケネディ大統領が暗殺された昭和38年(1963年)、瀬戸のノベルティメーカーのS社に15歳で九州から集団就職したある男性(Fさん)がいました。当会はそのFさんの履歴書↑を入手していました。Fさんが就職したS社は今回里帰りしたケネディ大統領のノベルティを作っていた会社ではありませんし、このS社がケネディ大統領に関係する何らのノベルティを作っていたかどうかはわかりません。プライバシー保護上許される範囲でこの人のことをご紹介しましょう。
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*このノベルティ会社は多くの同業他社と同じように押し寄せる円高の波に抗しきれず、海外展開を行ったもののプラザ合意から20余年の後に廃業に至りました。このFさんも多くの従業員と同様、平成13年(2001年)に解雇されました。
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*Fさんの解雇は平成13年。この資料を当会が入手したのはその後何年か後のことで、この資料はS社が完全廃業するまで残されていました。しかし、同社が全資産を放棄して完全廃業する時点で、すべてを廃棄するというものの中から当会が了解を得て収集させて頂いたもので、その中にこのFさんの履歴書があったのです。
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*Fさんは、昭和38年3月に鹿児島県のある中学校を卒業しました。Fさんは7人家族の二男。父母の他、姉、兄、弟が二人いました。5歳年上の姉は岐阜県美濃焼産地の会社に就職していました。また、S社には親戚にあたる人が先に就職していたようです。身上調書に、この会社を志望した理由として「身体がままで、安定所のしめい(指名)」と本人による鉛筆書きがあり、知っている人が近くにいるという安心感があり、また職安にも勧められたのでこの会社に就職したであろうことが想像できます。
*この資料に昭和42年12月分の給与支給明細書が添付されています。
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*所定勤務給18,750円、早出残業52時間、休日勤務手当235円…。所得税164円、健康年金保険料1500円、失業保険料150円、寮費3500円、労組費50円などが引かれ、昭和42年12月分の給与差引支払額は15,762円でした。
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(↑生地に用いる粘土の調製風景、フリクションプレス。S社の最盛期を写した写真。捨てられたS社のパンフレットの掲載写真です↓)
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(↓瀬戸のS社で作られた製品を世界に運んだ輸送船:S社が廃棄した資料)
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*当会が入手した資料には、同時期に解雇された数人の履歴書も含まれています。昭和60年に入社し、その後海外に派遣されていた男性社員、平成13年に美大を出て就職し、寮に住んでいた女性社員、もと商社マンで平成8年に採用された54歳の男性社員、瀬戸市生まれで一度この会社に就職し、結婚、退職、出産、子育て後に再雇用された31歳の女性社員、「父親が陶磁器製造業を営んでいたのを見て育ったためか、陶器に関わる仕事を望んで…原型師を希望」して応募し平成4年に採用された名古屋生まれの男性社員。瀬戸の窯業訓練校を卒業し昭和48年に採用された男性社員、瀬戸生まれで2年間タイル会社に勤めた後に転職し、昭和52年に入社した男性社員、平成4年に入社した女性社員、美大を卒業し、昭和57年に入社した男性社員、昭和37年生まれで企画営業を希望して入社した男性社員などが解雇されたようです。その人たちは、その後どんな月日を送り、今、どうしておられるのでしょうか…。
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★瀬戸のノベルティは広く世界各地でお土産品として売られていました

7月8日(水)
★瀬戸のノベルティは広く世界各地でお土産品として売られていました。そのことを実感させられる製品が見つかりました。↓

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*当会はこの製品↑を数年前に入手していました。
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*この製品にはEDMONTON CANADAという文字が焼きつけられています。そこで、「これは、きっとカナダのエドモントンという町で人気のキャラクターか何かであろう」と思いこんでいました。
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*この男は左手に弗マークのついた袋を持ち、右手にはシャベルを持っています。髭をはやし、長靴を履いているところをよく観察し、それらの特徴を手がかりにしてエドモントンという町についてもっとしっかり調べてみれば何か分かったはずです。しかし、それがどのようなキャラクターであり、なぜカナダのエドモントンという町に関わりのある製品なのかということははっきりとは分からずじまいでした。
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*しかし、最近、この資料↑が見つかったことで、この製品について少しわかってきたことがあるのです。
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*↑各メーカーは輸出に際し、製品が製法や絵付け・デザインなどの面で他社の著作権や商標権を侵害していないことを証明する書類を提出しなければなりません。これは審査機関である日本陶磁器検査協会に申請する書類です。
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*当会はあるメーカーの倉庫で埋もれていたこの書類を掘り起こしました。これは昭和41年4月15日づけの申請書の控えです。
「日南洋行」という輸出業者によって扱われたこの製品は、マーク仕向地欄への書き込みから、バンクーバー経由エドモントン行きの製品であることがわかります。そして、品名欄には“採鉱夫”(高さ4インチ)と記されています。
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*この製品は、一梱入数12DZ 、つまり、一つのカートン函に12ダース入っており、それが4カートン、つまり48ダース、計576個の注文でした。価格は1ダース当たり828円、一個あたり69円でした。
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*瀬戸で作られた「エドモントン向け商品」は、4月15日づけの伝票の他、翌4月16日、3月14日、4月25日、5月4日の伝票にも記録されていました。4月16日には100ダース・1200個、3月14日には200 ダース・2400個、4月25日には80ダース・960個、5月4日には400ダース・4800個。5回の輸出で約1万個がエドモントン向けに輸出されていたのです。当会が見出した限りの伝票によって把握できた数であり、実際はこれ以上だったかもしれません。また、他のメーカーも同じような製品を生産していたかもしれません。
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*当会はこのフィギュリンとエドモントンとの間に何か特別な理由があるのではないかと思い、調べてみました。インターネットなどを手がかりに調べてみたところ、この製品は「アメリカ大陸でのいわゆるゴールドラッシュ時代」の歴史に関係する製品であることがわかりました。
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*当会が得た情報の一つは次のようなものです。エドモントンは18世紀に毛皮貿易により発展し、以来、エドモントンは西部開拓の発展に重要な都市となりました。その後、人口が増えていった。19世紀末に金鉱が発見されたと言う噂が伝わり、採掘者の流入で人口増加が始まった。警察も設置され、1897年にはクロンダイク・ゴールドラッシュが始まった。カナダの連邦政府は、1870年にこの地域を買収すると、一攫千金を求めてやってきた探鉱者の作った地方政府の要求に応じ、1898年にこの地域を分離独立させ、ユーコン準州が設立された。このように、クロンダイク渓谷で金鉱が発見されたことにより始まったゴールドラッシュにより、鉱山など北への起点となり、エドモントンは急速に発展していった。
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*ゴールドラッシュは特に1848年頃にアメリカ・カリフォルニア州で起きたゴールドラッシュのことを指すのが一般的とされていますが、アメリカ大陸のその他の地域でのゴールドラッシュの代表例がこのカナダ・ユーコン準州エドモントン地区の「クロンクダイクのゴールドラッシュ」なのだそうです。また、エドモントン地域の地下にはいくつもの石炭鉱脈も走っており、20初頭にはカナダの主な石炭産地の一つだった。さらに、近くには露天掘りの原油鉱床もある。そうしたことからエドモントンは地下資源に恵まれた町として有名で、100年前のゴールドラッシュ時代を再現した“クロンダイク・デイズKlondike days”と呼ばれる祭りが行われており、同地の名物となっている。このフィギュリンは、その祭りに登場する採掘夫を象った人形なのだそうです。
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*瀬戸ノベルティのこのフィギュリンには、この他、いくつかのバリエーションがありますので、次回御紹介します。
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白いビリケンのノベルティです

7月7日(火)
★当会は、またビリケン(BILLIKEN)のノベルティを入手しました。白いビリケンのノベルティです。

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*これはビリケンの貯金箱でした。
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*「THE GOD-OF-THINGS AS-THEY-OUGHT-TO-BE われは世界の民に幸福を授ける神である。われを喜ばせるには、一日一回、わが足の裏を掻けよ。われはそれによりて満足するであろう」。
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*当会は、同時に青い色のビリケンも入手しました。↓
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*「1908年、アメリカの女流芸術家E・I・ホースマンが、夢に現れた奇怪な神様の姿を彫刻作品としてシカゴ美術館に出展した。その後、ビリケン(BILLIKEN)は幸せをもたらす神様として商品化され、欧米で大ブームを巻き起こす。諸事・色事・合格・縁談・奇跡発見でもビリケンさんの足の裏を撫でれば願い事がかなうとい言われている…」この箱にはこのように記されています。
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*先に別の色のビリケンを入手していましたので、これで3色揃いました。↓
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*今回入手した製品には箱がついていました。↓
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*その箱にはTK/TOYOと印刷されています。そこで、この箱に入っていたのは、昨年夏に廃業したTK製陶所の製品であり、アメリカ・カリフォルニア州のTOYO(東洋)というバイヤーが扱った製品であることがわかりました。
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★瀬戸ノベルティは、皇太子時代の現天皇陛下、高松宮親王、宰相・吉田茂へ寄進されるなど、極めて高い評価を受けていたのです

7月6日(月)
★瀬戸のノベルティは、これまで市の産業行政や観光行政の中できわめて低い評価に置かれてきました。しかし、実際は、皇太子時代の現天皇、高松宮親王、宰相・吉田茂へ送られるなど、極めて高い評価を受けていたのです。

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*↑それは、どれも丸山陶器製の製品でした。(十名直喜著・勁草書房刊『現代産業に生きる技』や丸山陶器絵付け師等の証言による)↓
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*しかし、今回、三笠宮彬子さんに初めて丸山陶器以外のメーカーの製品が献上されました。TK名古屋人形製陶の名品『アン王女』です。今やTK名古屋人形製陶は製造を終えた丸山陶器にとってかわるメーカーの筆頭であることが示されました。
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*オリンピック女子レスリングの覇者で国民栄誉賞を受けた吉田さおりさんへ贈られたのも、この製品でした。↓
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(↑写真提供:TK名古屋人形製陶)
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*三笠宮彬子さんに実際に献上されたのは、淡い水色のドレスの製品でした。
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★今、瀬戸の会社に骨壺の注文が多く舞い込んでいるそうです。

7月2日(木)
★今、瀬戸の会社に骨壺の注文が多く舞い込んでいるそうです。安い骨壺が多く流れ込んで、骨壺を作る会社がきわめて少ないのだそうです。

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*↑当会は、かつて骨壺の代表的な瀬戸のメーカーを取材していました。↓
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(↑2007年、当会撮影↓)
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*この会社はもともと磁器製の洋食器を作って輸出する会社で、骨壺も作っていました。当会が取材を始めた時、大きなトンネル窯の解体が進んでいました。↓
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*当会は、この会社の最盛期の写真も入手しています。↓
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↓解体が進む倉庫には、かつての主力製品であった洋食器の膨大な在庫も残されていました。これらもすべて廃棄されました。
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*この会社に集団就職の若者が来ていました。2007年当時、寮(社宅)が残されていましたが↑それもすべて解体されました21120126-e.jpg
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*「中国産の安い骨壺が多くなって、もうやっていけなくなりました」。この会社の経営者はそう言っていました。
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この会社は解体され、量販店に変わっています。

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