アーカイブ :2012年07月 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

瀬戸ノベルティ文化保存研究会 We are the Seto Novelty Culture Preservation Society, a citizens’organization in Seto City, Aichi Prefecture 、Japan◆瀬戸ノベルティに“最高の評価”!レース人形の最高峰・TK名古屋人形製陶所製「アン王女」が皇室に献上!★瀬戸から「ノベルティ」と「昭和の青春切符~集団就職の記録~」を『日本遺産』に!◆時を超えて香り立つ魅力・ノベルティこそ“瀬戸の華”!セト・ノベルティこそ「せともの」!【瀬戸ノベルティ倶楽部:The Seto Novelty Club〈office〉、Americans who love SETO NOVELTIES, your mail to us is deeply welcome. address :setonovelty_club@yahoo.jp】 写真などこのブログでの画像の無断使用は固くお断りします!

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オキュパイドジャパン

★1952年(昭和27年)、サンフランシスコ講和条約(単独講和)の発効により日本が一応の主権回復を遂げて2012年で60年。このことにより、オキュパイド・ジャパン(OJ・「占領下」という押印)の桎梏(束縛)を解かれて今年でちょうど60年になります。そこで、当「瀬戸ノベルティ文化保存研究会」は、当会のマチナカ活動拠点「瀬戸ノベルティ倶楽部」に於いて特別企画展『オキュパイド・ジャパン~占領下の瀬戸ノベルティ~』を開催しています。(2012年7月~9月中旬)

*「瀬戸ノベルティ倶楽部」で展示しているOJの数は、7月6日の時点で170点になりました。

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*瀬戸が戦後復興を成し遂げ、高度成長への足がかりを得たのは輸出向け製品の生産によってでした。GHQの主力・アメリカ駐留軍(国内)向けの食器のほか、海外輸出向け洋食器やノベルティを「オキュパイド・ジャパン」という裏印付きの製品として生産することから瀬戸窯業は戦後へと力強い歩みを回復していきました。
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*今回は、国内のオキュパイド・ジャパンのコレクター数人からの展示協力を得るほか、日本在住のコレクターやアメリカ在住で日本人としては世界最大のOJコレクターからメッセージを寄せていただいたり、、中部大学大学院生による『オキュパイド・ジャパンの瀬戸ノベルティ研究』の成果も取り入れ、かつてない規模と高い質の企画展となります。これは、『オキュパイド・ジャパンのノベルティ』のふるさとである瀬戸市に於いてかつて実現されたことのない画期的な企画展と言えます。
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☆今回の企画展では、陶磁製品以外の素材のオキュパイド・ジャパン製品を展示しています。これは、OJノベルティを研究している中部大学大学院生のコレクションです。
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*「オキュパイド・ジャパン」は、陶磁製品を含め、全ての輸出品につけることが義務づけられていました。瀬戸ノベルティ倶楽部には、布製品、木のおもちゃ、ゴム、金属製品などのOJ製品を展示しています。また、ドイツの「占領統治下」の印が付けられたカップ&ソーサーも展示しています。
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(↑↓木のおもちゃに付けられたOJマーク)
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(↑布製品に付けられたOJマーク)
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(↑金属製品に付けられたOJマーク)

☆特別企画展『オキュパイド・ジャパン(OJ)』開催に寄せて、アメリカからの問いかけ~当会、アメリカのOJコレクターとの連携を模索。

*↓次は、“オキュパイド・ジャパン”の最大の輸出国・アメリカでのオキュパイド・ジャパン収集家の集まりの様子を写した写真です。
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*この写真をアメリカからメールで送信して下さったのはアメリカ在住で、「OJコレクターズクラブ」会員の田中荘子さんです。その田中荘子さんが当会にメッセージを寄せてくださいました。
ここでそのメッセージを紹介させていただきます。
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(↑田中荘子さんから寄せられたメッセージ、「瀬戸ノベルティ倶楽部」)

「特別企画展『オキュパイド・ジャパン~占領下の瀬戸ノベルティ』に寄せて」ー。
瀬戸ノベルティ文化保存研究会主催『オキュパイド・ジャパン展の開催にお祝いを申しあげます。今年2012年は、日本がサンフランシスコ講和条約の発効により“独立”を果たしてから、ちょうど60年目の記念すべき年にあたります。
アメリカには、1979年に発足したオキュパイド・ジャパンコレクターの会 「OJクラブ (OJ Club)」があります。会員数が400名を越えたこともあり、オキュパイド・ジャパンの収集家を対象にしたガイドブックも数種出版され、コレクターたちは戦後の5年間だけに限られて日本から輸出されたオキュパイド・ジャパンを熱心に集めてきました。中には収集個数が10,000点を越える強者もいます。2012年6月には日本の独立回復60周年を記念したOJクラブの集まりがイリノイ州で開かれました。コレクションの数の多寡にかかわらずコレクターに共通するのは、「オキュパイド・ジャパン」のマークがついた品々が大好きであることです。陶磁製品に加えて、玩具、カメラなどの精密機器や日用品など、集め始めたらキリがありません。OJクラブの会員たちは、新しく入手した品々を自慢したり、情報交換をしたりしながらOJを愛す者同士の交流をはぐくんできました。会員たちの関心は、瀬戸、名古屋、東濃地方で作られた陶磁製品に関して特に高く、ビスク製の非常に高価なものからペニー・ショップ(現在の1ドルショップのような店)で販売されるような廉価なものまで熱心に集めて保存しています。
太平洋の向こう側で、アメリカ人やカナダ人は、60年以上の前に日本で作られた愛らしく美しい品々の収集を趣味として、室内に飾り大切に愛してきました。日本ではあまり知られていない品々も多く、戦争を乗りこえた日本の人々が一生懸命作ったものばかりであり、経済復興への一歩を踏み出した苦難と希望に満ちた時代の産物です。オキュパイド・ジャパンの一つ一つがそっと語りかける「平和と愛のメッセージ」にどうぞ耳を傾けてください。
素敵なフィギュリン、可愛い人形、塩コショウ入れ(SP)などが生まれ故郷の瀬戸の地で開催される『オキュパイド・ジャパン展』で披露されることは、アメリカに住む一人のコレクターとしても大変嬉しく思います。企画展のご盛会を心よりお祈りしております。
在米オキュパイド・ジャパンコレクター、「OJ Club」会員・田中荘子

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(「瀬戸ノベルティ倶楽部」での田中荘子さん。6月10日)

☆その田中荘子さんより国際電話を頂きました。そのお話で強く印象に残ったことがあります。それは次のようなことです。

(1)アメリカのOJコレクターも高齢化している。
(2)アメリカのOJコレクターの中に、OJの原型が今どうなっているのかを知りたがっている人たちもいる。
(3)アメリカに残されているOJ(世界中に残されているOJ)を今後、どのように残していき、どのように位置づけていったらよいのかを真剣に考えたい。
(4)それを日本の人たちとともに一緒に考え行動していけたらいいな、と思う。

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*当会は、田中さんと出会い、そして、田中さんの深い思いに触れて、OJについてあらためて次のような思いを抱いています。

◎おびただしい量と種類のOJ製品を作り、送り出してきた瀬戸の人々自身を含め、日本人は「戦後日本の歩みということで言えば記念碑的なOJ」の実態と意義についてほとんど把握していない。このOJそのものも年々少なくなっていくであろうし、OJにかかわる情報もモノも証言者も年々少なくなっているであろう。そうした認識の上で、OJを捉えなおす視点の構築(再構築)が早急に求められているのではないか。
◎OJは海を渡って世界の人々を喜ばせたものである。そのOJを“現代史に於ける文化・産業遺産”として位置づけ、その製品をできる限り多く記録し、その実態と実像とをできる限り把握すること。また、OJを“民間貿易に於いて実現された国際交流、異文化理解”の実例として位置づけ直してみること。そして、OJを技術的な視点、美術的な視点、外交史的・経済史的・交易史的視点などから多角的に考察し、また、アメリカでの長年に亘るOJ研究の成果などを合わせて後世への遺産として再構成していくことの必要性を痛感するに至っています。

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*波頭を越えて世界の人々のもとに渡っていったOJ製品。その実態を60年という時を経、60年という時を遡って改めて把握し、その意義を改めてじっくりと汲み直す。その作業を行なう機会は今しかないかもしれない…、そんな思いを噛みしめながら、当会は、日本でのOJ研究団体を当会の中に作れないかと模索しています。
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(↑↓「トイ・ティーセット」。掌に乗る程の微小なOJ)
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*田中さんの深く熱い思いに触れて、当会の胸に去来する想いがあります。
アメリカの市民権を持ち、カリフォルニア州に住んでおられる田中さんは日本人です。私たち瀬戸市民のほとんどがオキュパイド・ジャパンの瀬戸ノベルティについてほとんど知らず、ほとんど無関心に近い中で、田中さんは、オキュパイド・ジャパンの瀬戸ノベルティが終の棲家となったアメリカの地に一日本人として暮らす中で、オキュパイド・ジャパンの意味を反芻してこられました。ある意味で田中さんは、日本の地に、また、オキュパイド・ジャパンのふるさとである瀬戸市に暮らす私たち以上に「日本人である人」のように思われます。「アメリカに暮らすオキュパイド・ジャパン」のおびただしい製品群に注ぎ続ける田中さんの目線は、冷静でありながら、ますます“開かれた日本”への深い情愛と涼やかな夢を湛えた視線であるように思えてなりません。
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★アメリカ在住で世界最大の“オキュパイドジャパン・ノベルティ”のコレクターである田中荘子さんが当館を来訪、当会会員に!
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↑田中荘子さん。「瀬戸ノベルティ倶楽部」で(2012年6月10日)
*アメリカ・カリフォルニア州在住の田中荘子さんは、5000点と言われる“オキュパイドジャパン”のコレクターであり、瀬戸ノベルティや洋食器などの“オキュパイドジャパン”(占領下、「占領下製」の押印を施されて初めて輸出が許された瀬戸ノベルティなどの期間限定の輸出製品)輸出陶磁器の研究家。5000点ものコレクションは、さまざまなジャンルに亘るそうですが、やはり一番多いのは、瀬戸ノベルティやカップ&ソーサーなどの陶磁器製品だそうです。アメリカに永住権を持たれているという田中荘子さんは、日本人の“オキュパイドジャパン”コレクターとしては、おそらく世界最大のコレクターであり、“瀬戸ノベルティのオキュパイドジャパンコレクター”としても世界最大のコレクターと言える人です。その田中さんが、離日まぎわの6月10日、東京から瀬戸にわざわざ来られ、当「瀬戸ノベルティ倶楽部」を訪れてくださいました。“オキュパイドジャパン”最大の輸出先であったアメリカに30年近く住む立場から“メイド・イン・瀬戸のオキュパイドジャパン”の魅力とその意義を熱く語られ、当会はハイビジョンカメラによってそのお話を記録させていただきました。また、田中さんは、当「瀬戸ノベルティ文化保存研究会」の会員にも加わって下さいました。
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↑“メイド・イン・瀬戸のオキュパイドジャパンノベルティ”を前にして語る田中荘子さん。

*田中さんが語られたことは、次のようなことでした。
①“オキュパイドジャパン”のノベルティには、戦争の時代をくぐり抜き、戦後の平和国家に生き抜いて懸命に生きていこうとしていた日本人(瀬戸の人々)の息づかいが色濃く宿っている。
②窯屋さんなどは、「占領下」という状況のもとで作られたオキュパイドジャパンを「誇りをかなぐり捨てて作らされた」と受け止める被害者意識とか「オキュパイドジャパンは屈辱的なものだった」とするような受け止め方は間違いで、狭すぎる見方ではないか。
③“オキュパイドジャパン”はまさに“peace&love”をひしひしと感じさせてくれるものである。“love &peace”ではなく、“peace&love”。“オキュパイドジャパン”がそれを見る人に屈託なく微笑かけるのは、やさしさや愛やいとおしさというこころ…。“オキュパイドジャパン”が抱え持っているそうしたやさしさや愛やいとおしさというものは、“オキュパイドジャパンのいのち”であり、もの言わぬ“オキュパイドジャパン”のいのちそのもので、“オキュパイドジャパン”が放つ「メッセージ」とは『平和への祈りと願い』に尽きる。“オキュパイドジャパン”のそのメッセージは、60年という時を超え、今という時代にも「平和」という尊いメッセージを静かに告げている。
④“オキュパイドジャパン”を作ってきた技やセンスや願いやモノヅクリのこころ…。東北大震災や長引く不況…。日本は今、大変困難な状況に見舞われている。でも、“オキュパイドジャパン”を見ていると、「“オキュパイドジャパン”は、『日本は、日本人は大丈夫よ!』と誇りへの確信や再生への確かな希望を語りかけているような気がする。
⑤アメリカには“OJクラブ”というのがあり、400人ものコレクターがいる。そうしたコレクターは、自分の“オキュパイドジャパン”コレクションのリストを作ったり、美しく展示したりして、“オキュパイドジャパン”を深く愛してきた。そのような姿に接すると、“オキュパイドジャパン”のメーカーであった窯屋さんなどが“オキュパイドジャパン”に対して抱いてきた被害者意識や屈辱感というようなものは過剰な自意識に過ぎないと言える。窯屋さんや日本人が“オキュパイドジャパン”に寄せて抱く“屈託”はと全く無縁なところで、アメリカ人は60年以上も“オキュパイドジャパン”を深く愛してくれていたのだ。日本人や瀬戸の人々は、今、そうしたアメリカ人がいたということを事実としてしっかり受けとめるべきであり、戦争の落とし子であるとか民族の違いとか、戦勝国とか敗戦国であるとかいうようなこととは無縁なところで、瀬戸ノベルティなどの“オキュパイドジャパン”というものが持つ魅力にこころを満たすほどのアメリカ人がいることをしっかりと知って欲しい。日本人や瀬戸の人々が“オキュパイドジャパン”に対して自意識過剰気味に抱いてきた“屈託”というものから今こそ心を解き放ち、“オキュパイドジャパン”の魅力を謙虚に再発見し、“オキュパイドジャパンのメッセージ”を素直に感じとるべき時に来ているのではないか?
⑥今こそ、やきものを「文化として位置づける」べき時にあるではないか…。多くの人たちが『癒し』ということを盛んに口の端にのせるような時代であるからこそ、『産業文化』という視点から、瀬戸ノベルティのような“オキュパイドジャパン”のかけがえのなさや大切さ、今日性を掘り起こすべき時は特に今を措いてないのではないか。瀬戸のやきもの産業も、今、『文化という文脈』の中でこそその再生の可能性が見出せるのではないか…。その意味で、瀬戸のやきもの産業の中では、「ノベルティこそ最重要の存在感を持つもの」として今こそ見直すべき時にあると思う。
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*田中さんは、これまで東京などで2回“オキュパイドジャパン展”を手がけられたそうです。田中さんは、「本当は“オキュパイドジャパンのふるさと”であるこの瀬戸で、また愛知県でこそ“オキュパイドジャパンの里帰り展”を行ないたいんですよ」と語っておられました。当会は、その思いを受けて、当地で『田中荘子・オキュパイドジャパンコレクション里帰り展』(仮)の実現を働きかけていきたいと考えています。
*このたびの田中荘子さんの来訪は、当会のブログなどを通して当会の活動を知っていただいたという御縁によるものです。ノベルティを『これこそ、せともの!』と位置づける当「瀬戸ノベルティ文化保存研究会」にとって、「瀬戸ノベルティの核心」を教えられる貴重な機会となりました。そして、この出会いは、当会のみならず、瀬戸市や名古屋市、愛知県にとっても、やきものという地場産業の再生と振興浮揚を期する意味に於いても、とても大切な視点と示唆に恵まれる機会ともなりました。
田中さんは、11月にまた日本に帰って来られるそうです。そして、また瀬戸を訪れてくれることになっています。
わざわざ当地瀬戸市へおいで下さった田中さんの御厚情にこの場を借りて篤く御礼申します。

*戦後瀬戸の、愛知県の、日本の出発点となった“OJという定点”。その定点に立ち直すことの意味を問いかけるのが、“オキュパイド・ジャパン(OJ)”なのです。

★当館の特別企画展『オキュパイド・ジャパンの瀬戸ノベルティ』に、4つのティーポットが展示されています。
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これは、放送ディレクターをしていた当会事務局長が、昭和59年、『昭和歴史紀行・占領の刻印』というテレビドキュメンタリー制作の折に、占領時代にオキュパイド・ジャパン製品を作っていた老舗の窯屋・愛知製陶所の構内の敷地の地中から社主とともに掘り出したものです。
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☆2012年7月21日(土)の当「瀬戸ノベルティ倶楽部」へのお客様
■当館で今、開催中の特別企画展「オキュパイド・ジャパン~占領下の瀬戸ノベルティ~」。
読売新聞に掲載(7/19)された記事をご覧になった方が名古屋市からノベルティをお持ち下さいました。
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(↑名古屋からおいで下さったお客様が見せてくれた瀬戸ノベルティ)
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(↑底に“オキュパイド・ジャパン”の裏印がはっきりと押されてありました)
*「おじさんが名古屋の大曽根あたりで貿易の仕事をしていたんです。それで、私にこのノベルティをくれたんですよ」。「大曽根のある名古屋市の東区や北区には、瀬戸からノベルティの白生地を買ってきて、それに絵付けをして製品にする加工完成業者や貿易商社が数多く集まっていました。瀬戸からの電車が通り、岐阜県の美濃焼産地からの道が交わっているので、そのあたりに輸出や貿易関係の事業所が集中していたんですね」。
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「では、大曽根あたりにはまだこうした古いノベルティが埋もれているんでしょうかねえ…」「そうかも知れませんね。でも、これまでノベルティというのは名古屋でもほとんど注目されてきませんでしたから、探せばまだ埋もれているノベルティが掘り起こせるかもしれません。これはおじさんの思い出であるだけでなく、名古屋や瀬戸の大切な現代史の証言者でもあるんですから大切にして下さい」。


★日本最大のオキュパイド・ジャパンのノベルティコレクターから届いた「ドイツ・マイセンの石膏型」についてのメール。瀬戸市民として恥じ入るばかり、のメールである。瀬戸市の行政や業界は、この事実をどう受けとめるのだろう?!
 
*メールを送ってくださったのは、日本国内では最大の「オキュパイド・ジャパンのノベルティコレクター」。
「昨日、図書館へマイセンについて調べに行きました。作品は23万種類、今すぐ複刻が可能な作品は17万5千種だそうです。責任者は『工場を回ると毎回、新しい発見がかならずあります』と言われているとのこと。さすがですネ!」。
「石膏型」をマイセンという町の宝としてだけでなく、国の宝と位置づけているドイツ・マイセン。そのマイセンに学びながら、戦後復興と高度成長を実現してきた瀬戸市だが、石膏型については、全く話にならない。町の宝どころではなく、業者にのみその管理を任せ、産廃として何百トンと廃棄し、瀬戸の土中に捨て去ってきたのだ。
*大体、陶都窯業の再生を公約の第一に掲げた現首長の実績も存在感もほとんど感じられないような現状の中で、瀬戸の行政担当者や業界幹部や職員が、日に日に更地が広がる瀬戸の市中に出て陶都が壊れていく一方の町の空気を感じとったり、工場を歩きまわって社主や工員たちの怨嗟と諦めの声に耳を傾けるということが一体どのくらいあるのだろうか?もっとも、瀬戸市には窯業行政を統括的に所管する肝心な責任ある“やきもの課”という課それ自体が存在しないという奇怪さがあるのだが…。将来振り返れば、「ノベ研が盛んに活動していたあの頃は、行政も業界もほとんど無為無力のままに日々を重ねていただけであった…」ということにならないだろうか?

★2012年7月~9月開催の当会渾身の特別企画『オキュパイドジャパン展』に展示される製品の一部をご紹介。*7月から9月まで当会が開催する「“オキュパイド・ジャパン”特別企画展」に先立って、以下、Bさんが展示協力される製品の一部をご紹介します。
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*5月30日、当会に展示協力のためYさんから新たに“オキュパイド・ジャパン”のノベルティが届けられました。その中から追加してご紹介させて頂きます。
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(↑丸山陶器製のオキュパイド・ジャパン)
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*当会の活動の主旨と思いを理解され、展示に協力して下さっているコレクターの方に深甚の感謝を申し上げます。

★5月22日読売新聞も「オキュパイド・ジャパン(OJ)特別企画展」開催の記事掲載
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*5月22日の読売新聞に「オキュパイドジャパン特別企画展」の記事が東海3県版で掲載されました。
占領下の日本(瀬戸)で作られ、「オキュパイド・ジャパン」の刻印(裏印)を押されて初めて輸出が許された瀬戸ノベルティについては、当会事務局長が以前テレビ番組で紹介したことがきっかけとなって知られ始め、最近、とみに日本でも熱い視線を集めている特異なノベルティです。

*当「瀬戸ノベルティ倶楽部」で7月から9月に開催されるこの「オキュパイドジャパン特別企画展」では、この「オキュパイドジャパンの瀬戸ノベルティ」を卒業論文として研究しておられる某大学院院生の最新の研究成果に加え、埼玉県在住のOJ研究家やアメリカ在住で数千点ものOJを収集しておられる女性コレクターのご協力も仰ぎたいと思っています。
当会が予定しているこの「オキュパイドジャパン特別企画展」は、瀬戸の窯業史や官が行う展示会でもかつてないほどの充実したものになる予定です。また、当会は現在、「瀬戸ノベルティ」に関するDVDと書物を制作準備中ですが、その中にも、この「オキュパイド・ジャパン特別企画展」の成果を盛り込むことにしています。

*2012年4月11日、当会、“オキュパイド・ジャパン”「占領下に作られたノベルティ」(occupied japan“オキュパイド・ジャパン”)の見事なノベルティを入手しました。
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*『二人の舞踏会』と名づけられた大きな製品で、人形が5体ついています。アメリカからの“里帰り品”で、今はない「瀬栄陶器」という大きな陶磁器メーカーの製品です。
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(この製品の底に↓…)
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(↓made in occupied japan<“メイド・イン・オキュパイド・ジャパン”占領下の日本製>という文字が焼きつけられています)
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(↑↓この製品は美しい金属製の台座に据えられて60年余の歳月を経てきました)
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*このような見事な製品が占領下の時代(昭和23年~昭和27年ごろ)、「瀬戸ノベルティ」として輸出されていたとは、全く大きな驚きです。
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製品タイト3赤スカート-1
*これは、もしかして、戦前に作られていた在庫製品に加飾を施してオキュパイド・ジャパンの製品に仕立て、輸出されたものかもしれません。
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タイト5ごし縦-1
*当会は、Rさん提供の様々なオキュパイド・ジャパン製品、約100点の展示を軸に、当会の所蔵品を加え、最新の収集情報や資料を交えて、かつてない充実した「オキュパイド・ジャパン特別企画展」を開催する予定にしています。

☆2012年8月1日の朝日新聞(尾張知多版)にも当会のオキュパイド・ジャパン(占領下の瀬戸ノベルティ)特別企画展の記事が掲載されました!
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(↑2012年8月1日の朝日新聞(尾張知多版)紙面)

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