カテゴリー :記事 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

瀬戸ノベルティ文化保存研究会 We are the Seto Novelty Culture Preservation Society, a citizens’organization in Seto City, Aichi Prefecture 、Japan◆瀬戸ノベルティに“最高の評価”!レース人形の最高峰・TK名古屋人形製陶所製「アン王女」が皇室に献上!★瀬戸から「ノベルティ」と「昭和の青春切符~集団就職の記録~」を『日本遺産』に!◆時を超えて香り立つ魅力・ノベルティこそ“瀬戸の華”!セト・ノベルティこそ「せともの」!【瀬戸ノベルティ倶楽部:The Seto Novelty Club〈office〉、Americans who love SETO NOVELTIES, your mail to us is deeply welcome. address :setonovelty_club@yahoo.jp】 写真などこのブログでの画像の無断使用は固くお断りします!

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

現在、瀬戸ノベルティ倶楽部に展示中~1970年代から、日米の女性たちを魅了してきた『ホリー・ホビー(Holly Hobbie)ーいとおしきノスタルジーの世界ー』の世界

2024年4月20日(土)

☆1970年代から、日米の女性たちを魅了してきた『ホリー・ホビー(Holly Hobbie)ーいとおしきノスタルジーの世界ー』の世界を振り返ります。
 

◎74f4d73f3f2716ce34d3b66dec86b12d (1)

OIP (6)

◎◎◎c2634fe790739cfcd00cf084f01d89d0

★キャラクター少女「ホリー・ホビー」(Holly Hobbie)。↑横向きで、顔全体を覆うような大きな<ボンネット帽子>、パッチワーク柄のスカートに後ろで紐を結ぶエプロン型ワンピース<ピナフォア・Pinafore・エプロンドレス>がトレードマーク。アメリカン・グリーティングス社が1970年代から80年代にかけてキャラクター化した。


IMGP6855.jpg

IMGP6826.jpg

(↑当会収集の「ホリー・ホビー」の瀬戸ノベルティ↓)

◎◎◎IMGP7589
  
★「ホリー・ホビー」はやや遅れて日本にも上陸。ハンカチ、手芸用品、指ぬきや額装、壁掛け時計や貯金箱、マグカップやガラスコップ、飾り皿、下敷きや文房具、カレンダーなど、「学研」の雑貨をはじめとして、おびただしいアイテムで商品化され、日本の少女たちをも熱中させました。


IMGP7602.jpg

IMGP7598.jpg

IMGP7607.jpg

1990年丸利商会製
(↑丸利商会製の「ホリー・ホビー」:白生地と完成品<弦が紛失しています…>)

光和陶器製
(↑光和陶器製の「ホリー・ホビー」)

加藤工芸製
(↑加藤工芸製の「ホリー・ホビー」)

DSCN4767.jpg

(↑"Holly Hobbie"作者=Denise Holly Ulinskas<デニス・ホリー・ウリンスカス>。 「トゥートとパドル~ふたりのすてきな12か月~」より)

★↑「ホリー・ホビー」(Holly Hobbie)の作者、Denise Holly Ulinskas(デニス・ホリー・ウリンスカス) 。アメリカの女流児童文学作家・絵本作家・イラストレーター。彼女は、性格が正反対でも大の仲良しの2匹のブタを主人公にした"Toot and Puddle"(トゥートとパドル) という絵本シリーズの作者としてご存知の方が多いかもしれません。


61rNbSmMcxL._SX483_BO1,204,203,200_
(↑代表的絵本「トゥートとパドル」シリーズの一冊)

IMGP8102.jpg
(↑「トゥートとパドル~きみがわらってくれるなら~」より)
 
★"Holly Hobbie"の作者Denise Holly Ulinskas<デニス・ホリー・ウリンスカス>の履歴は以下のとおりです。
チョウド0年前の1944年、アメリカ・コネチカット州生まれ。1964年にDouglas Hobbie(ダグラス・ホビー)と結婚。1960年代の後半、"猫が大好きで、みすぼらしい<rag>服を着、とても大きなボンネット帽子をかぶった小さな女の子という設定の個性的な絵を描き、その絵の魅力に目をとめた従兄(従弟?)の勧めで、その絵をオハイオ州クリーブランドにあるアメリカン・グリーティングス社(AMERICAN GREETINGS CORP.)へ持ち込み、販売してもらうことになりました。
★彼女の絵は好評を博し、大人気になりました。その絵画は自分の子どもの情景や仕草を主なモチーフとして描き、ニューイングランド地方の過ぎ去りし時代の、郷愁に満ち溢れた抒情性豊かな作風の絵画でした。まだ無名のアーティスト時代、人は彼女のことを "blue girl"(ブルーガール)と呼びました。やがて彼女は"Holly Hobbie"(ホリー・ホビー)として知られるようになりました。そして、彼女はアメリカン・グリーティングス社のユーモア・プランニング部門(Humorous Planning Department )で契約アーティストとして仕事をすることになりました。彼の上司で敏腕の編集ディレクターだったRex Connors(レックス・コナーズ)が、"ホリー・ホビー"の存在感や魅力を際立たせる人気画家に育てあげたのです。

◎◎◎10cd2e724e662b1bb1500cc7fe563e50

OIP (4)

OIP (3)

★あるメーカーは、「ホリー・ホビー」の魅力を「簡素で質素に満ち、穏やかな心休まるシリーズ。時の流れに摩滅しない上品さを気高く湛えた製品…」と讃えています。

IMGP7601.jpg

IMGP7605.jpg

IMGP7604.jpg
 
★1973年(昭和48)当時、彼女が働いていたアメリカン・グリーティングス社のユーモア・プランニング部門にボブ・チルダーズ(Bob Childers)というベテランのアーティスト兼デザイナーがいました。チルダーズは「それぞれのキャラクターにはそれぞれそれなりの人形があってしかるべきだ」という持論を持っていました。しかし、その職場には彼の考えに耳を傾けるスタッフはいないようでした。そこで、彼は家に帰り、自分自身で布の人形を手縫いして最初の見本品を作り上げ、そのサンプルを編集ディレクターのコナーズに見せました。コナーズは製造担当副社長であったトム・ウィルソンのところへ持って行ってそれを見せました。そして、ニッカー・ボッカー・トイズ人形製作会社に「ホリー・ホビーを人形で作る製品化」を持ちかけた結果、1975年、ニッカー・ボッカー・トイズ人形製作会社はライセンス契約を取り交わし、まず「ホリー・ホビーの布人形」の製作に乗り出しました。「ホリー・ホビーの布人形」はアメリカの若い女性たちの間で評判を呼びました。そして「ホリー・ホビー」は布人形に加え、陶磁器製品(ノベルティ製品)をはじめとして、家具、ゲーム、文房具などのさまざまなアイテムで作られるようになりました。1990年代になると、布人形はトミー社(Tomy)によって作られ、ニッカー・ボッカー・トイズ人形製作会社はソフトビニール(ソフビ)製の製品も手がけました。2000年代になると、「ホリー・ホビー」は、テレビ化や映画化が行われてDVDが発売され、また、バービー人形で知られるMattel社は「ホリー・ホビー」をモチーフにHolly(青い目にブロンドの髪)の他にAmy(緑の目に赤い髪の毛)、Carrie(茶色の目に黒髪)という新しい3体のキャラクターを生み出し、それらにそれぞれ犬と一緒の小さなHolly、ブタと一緒の小さなAmy、猫と一緒の小さなCarrieも登場させるなど、「ホリー・ホビーがおばさんになって孫がいるという設定の物語」へと展開していったそうです。


s-l1600 (6)
(↑ニッカー・ボッカー・トイズ人形製作会社の「ホリー・ホビー」↓)

s-l1600_202010231743476c4.jpg

s-l1600 (5)

s-l1600 (7)
(↑「ホリー・ホビー」の布人形 Rag Cloth Dolls↓)

s-l1600 (6)

Holly Hobbie Classic Friends Collectors Edition Doll, Vintag xe 1987- 4

s-l640.jpg
(↑「ホリー・ホビー人形」の作り方キット↓)

s-l1600 (3)

s-l1600 (9)
(↑「ホリー・ホビー」のパズルゲームキット↓)

s-l1600 (10)

IMGP9727_20201024041205413.jpg
(↑紅茶入れ壺:当会の収集品↓)

IMGP9728.jpg

※このブログでご紹介しているのは主に「丸利商会」製の瀬戸ノベルティです。「ホリー・ホビー」のノベルティは、この丸利商会の他に山国製陶製、光和陶器製、加藤工芸製作の製品もあり、さらに、もう一社が作っていました。当会は、そのもう一社の製品を収集しています。↓

IMGP4989.jpg
(↑加藤工芸製)

DSCN3769.jpg
*左から2体が光和陶器製、右から2体目が超レアな山国製陶製、右端がメーカー不詳の製品です。

DSCN3804.jpg

*超レアな山国製陶製の「ホリー・ホビー」。

DSCN3817_20201023184340f15.jpg

IMGP7780_20201023184515e96.jpg

IMGP7782.jpg

IMGP7787.jpg

IMGP7803.jpg

DSCN3810.jpg

DSCN3844.jpg
(↑当会の収集品で、メーカー不詳の「ホリー・ホビー」↓)

DSCN3845_20201024043155814.jpg

DSCN3854.jpg

IMGP7827.jpg

DSCN3865.jpg

DSCN3866.jpg

DSCN3880.jpg

DSCN3881.jpg

DSCN3873.jpg
(↑米国クリーブランド市のアメリカン・グリーティングス社製 ・アメリカン・グリーティングス社向け特別調製の日本製)

DSCN3883.jpg

DSCN3871.jpg

DSCN3869.jpg
(↑昭和40年代に作られたと思われるメーカー不詳の「ホリー・ホビー」の瀬戸ノベルティ)

31KYAVU9FeL._US230_ (1)

★↑"Holly Hobbie"の作者、Denise Holly Ulinskas<デニス・ホリー・ウリンスカス>さんは現在、マサチューセッツ州のコンウェイという町にご健在のようです…(?)。

★1970年代から日米の少女たちを熱中させてきた「ホリー・ホビー」(Holly Hobbie)にはその続編があります。”KIT 'N KAT ”シリーズです。


DSCN2390_20201024054458832.jpg

*これも、丸利商会製の瀬戸ノベルティです。

DSCN2531.jpg

DSCN2482.jpg

DSCN2397_20201024141025c9f.jpg

DSCN2432.jpg

DSCN2449.jpg

IMGP7305.jpg
 
★”KIT 'N KAT ”シリーズは、後ろで紐を結ぶエプロン型ワンピース<ピナフォア・Pinafore・エプロンドレス>がなんともカワイイ瀬戸ノベルティです。

IMGP7347.jpg

DSCN2538_20201024133222eb7.jpg

IMGP7251.jpg

IMGP7264.jpg

*しかし、当会の調べの限りでは、”KIT 'N KAT ”というこのシリーズはアメリカのインターネットオークションサイトではほとんど出品例がなく、また、これらの製品についての情報にも全く出会えません。”KIT 'N KAT ”のメーカーの「丸利商会」はすでに廃業倒産しており、現時点では、これらの製品についての詳しいことはわからないままであるため、”KIT 'N KAT ”シリーズは超レアな瀬戸ノベルティと言うことができるかもしれません。



DSCN2401_202010240556388f5.jpg

DSCN2407_202010241415591d1.jpg

DSCN2448_20201024232925e98.jpg

DSCN2512.jpg

IMGP7178.jpg

IMGP7198.jpg

DSCN2495_202010242348233db.jpg

DSCN2512_20201024234919ba1.jpg

 
■現在、瀬戸ノベルティ倶楽部にホリー・ホビーの製品を展示しています。その中に皆さんにお譲りできる製品も多少あります。
 




| 記事 | 12:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

☆かわいいレース人形を自分で作ってみませんか!レース人形(レースドール)を自分で作る体験ワークショップの参加者募集!

◆当会の本ブログ人気度情報 ≪<viewカウンター総計>92843人、学問・文化・芸術部門16889人中トップクラスの192位、 デザイン・アート部門4443人中トップクラスの第29位≫ (2024年4月9日現在)

2024年4月20日(土)

☆かわいいレース人形を自分で作ってみませんか!きたる6月16日(日)に製作体験ワークショップを瀬戸ノベルティ倶楽部で開催します。


IMGP5533sa.jpg
(↑前回のレースドール製作体験ワークショップの様子↓)
IMGP5542sa.jpg

IMGP8259ew_20190412223452679.jpg

☆↑今回のワークショップで作るレース人形<ミッシェル>の完成イメージ:高さはおよそ15cmです↓。

IMGP8240sa.jpg

IMGP8266ss.jpg

s_20190412224254626.jpg

☆レース人形(レースドール)を作るワークショップは、今回が7回目になります。
*開催日は6月16日(日)、場所は当「瀬戸ノベルティ倶楽部」、10時から16時頃までです。
*募集人員は9名、参加費は15000円(材料と焼成代、アクリルケース付き)です。レースドールはとても繊細で壊れやすいため、人形のサイズに合わせたアクリルケースを当方ご用意します。完成品は焼成後にお渡しします。


IMGP8255fd.jpg

★「レース人形(レースドール)」はやきものの製作技術の中で最高峰に位置するやきものです。”瀬戸ノベルティの華”とも呼ぶべきこのレース人形の唯一の産地が日本では瀬戸市で、そうしたレース人形(レースドール)を作るメーカーが瀬戸市にはかつて何社もありました。しかし、今ではただ一社だけになってしまい、この瀬戸伝統のすぐれた窯業技術の灯が消えることが強く危ぶまれています。そこで、皆さんに<至宝の瀬戸ノベルティであるレース人形>を実際にご自分での手で作って頂き、瀬戸市がレース人形のかけがえのないふるさとであることの素晴らしさを実感して頂きたいと願っています。
☆ご参加される皆さんにご用意頂く物はエプロンやお手拭きのタオルだけです。汚れてもよい服装でおいで下さい。

珠智さんds

(レース人形のボディ<土台>:当方で用意します)

★現在、各地で旺盛に取り組まれている町づくりでは、他地域に例を見ないような「オンリーワンのモノづくりやコト」を核とし、売り」として、その文化的・産業的魅力を楽しく体験するという“コト消費”が主流となっています。その地域でしか味わえないような“魅力やあこがれ”を最大戦略の誘客ポイントとする町おこしのあり方であり、当会は、「陶都・瀬戸市の最高の“コト消費”」の白眉として、この「レース人形(レースドール)の製作体験」を提案しています。陶都・瀬戸ならではの最高に素敵で楽しいレース人形作りは当倶楽部でしか味わうことのできない広く開かれた試みです。ご参加の皆さんには、講師の指導にそって、陶都・瀬戸の醍醐味を思う存分楽しんで頂くことができます。


IMGP8299s.jpg

IMGP5679sa.jpg
★↑人形のボディにくくり付けるレースは木綿生地かナイロン生地のレース布で、

IMGP5713sa.jpg
そのレース布に泥状にした粘土(泥漿・でいしょう)をよく沁み込ませて人形のボディに取りつけます。
(こうしたレース人形に用いる材料はすべて当方で用意します。)


IMGP5678ew.jpg

IMGP6221fd.jpg
*毎回、男性も参加されています。
IMGP5829sa.jpg

IMGP8266ss.jpg

IMGP8272s.jpg
  
◆講師はレースドール作家の鈴木珠智さん(東京在住)です。
◆焼成後、製品をお渡しする際、レースドールはとても繊細で壊れやすいため、宅配等での配送は一切できません。完成品をお引き取りに来て頂ける方に参加者を限らせて頂きますので、どうぞご了承下さい。


IMGP8261sa.jpg

IMGP8259ew_20190412223452679.jpg

■体験を希望される方は下記までお知らせください。応募多数の場合は抽選とさせて頂きますので、ご了承ください。

メール setonovelty_club@yahoo.co.jp
☎    090-6339-0791 


〒489-0814 愛知県瀬戸市末広町3-16 (末広町アーケード商店街内)
瀬戸ノベルティ文化保存研究会(「瀬戸ノベルティ倶楽部」内 ・代表 中村儀朋)

(◆体験ご希望の方からお申込みが届いており、定員の締め切りが近づいています)




| 記事 | 15:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「良二さんの桜」が満開になりました!

◆当会の本ブログ人気度情報 ≪<viewカウンター総計>92630 学問・文化・芸術部門17058中のトップクラスの185位、 デザイン・アート部門4479中トップクラスの第31位≫ (2024年3月31日現在)

2024年3月31日(日)  

「良二さんの桜」、満開に!

☆瀬戸市在住の本ブログ筆者宅前に植えてある山桜「良二さんの桜」が満開になりました。
 

fd_20240331035521d76.jpg

◎IMGP4253

sa_20240327185807928.jpg
(↑本ブログの筆者<中村儀朋>の著書「さくら道」・名古屋の風媒社刊)

IMGP2888_202403271900260fe.jpg
(↑旧国鉄バスの車掌だった<奥美濃の櫻守り>故・佐藤良二さん)

IMGP4301_202403310413405d1.jpg

(↑本ブログ筆者宅前の道端に咲いた御母衣の桜2世の開花:瀬戸市内↓)

IMGP2604.jpg

(↑佐藤良二さんの遺影:実姉のてるさん夫妻から提供された写真)

IMGP4278.jpg

IMGP2890.jpg
(↑御母衣湖畔の巨桜を見上げる故・佐藤良二さん)

IMGP4242.jpg

(↑御母衣湖畔の巨桜の実生から瀬戸市で満開に育った桜:2024年3月30日 中村撮影↓)

IMGP4277.jpg

「この地球の上に、天の川のような美しい花の星座を作りたい。花を見る心がひとつになって人々が仲よく暮らせるように…」(佐藤良二さんが遺した言葉)

DSCN0087_20240402123638689.jpg

(「良二さんの桜」が満開に 2024年4月1日 中村撮影)

◎DSCN0070
(「今年も満開を迎えた良二さんの桜を祝して 乾杯!!)







| 記事 | 04:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

≪能登半島地震関連企画≫ 「池田マルヨ製陶」(株)のカワイイ瀬戸ノベルティをご紹介

2024年3月28日(木)

☆当会が出版を予定している本『カワイイ昭和~幻の瀬戸物・ノベルティ物語~』(仮題)に掲載を予定している瀬戸ノベルティをご紹介します。「池田丸ヨ製陶」(株)のカワイイ製品です。「池田丸ヨ製陶」のような石川・九谷出身の職人は、実は瀬戸ノベルティ産業にとってきわめて重要な役割を果たしてきたのです。


いfd

あew

*↑これはプラスティックとの組み合わせのノベルティで、メーカーの「池田丸ヨ製陶」(株)から「うちではもう要らないから…」というので、当会が頂いたものです。製品の製作年代は正確にはわかりませんが、それを推測する手がかりがあります。

0a.jpg

*↑1959年(昭和34)5月発行の『ギフトウェアーとホームファッション』というアメリカの生活雑誌です。この中に、同じような製品が紹介されているのです。

0-1ew
3re

*↑これは貯金箱のようです。下部が透明なプラスティックで透けているので、どのくらいお金(硬貨)が中に溜まっているかがわかります。この写真に写っている製品そのものが今もアメリカに残っているかどうかはわかりませんが、当会が丸ヨ製陶から寄贈を受けた製品とほぼ同種の製品であることがわかります。

うfdggg

*製品の頭部が陶磁製のノベルティで作られ、下半分がプラスティックでできています。

2 s

re_2018082517134201a.jpg

✲池田丸ヨ(株)の創業者は池田與作氏。『陶業人の栞(しおり)』という書には、「池田與作氏の存在も瀬戸窯業生産史上、忘れてはならない」人であると書かれています。
「明治24年4月25日、石川県能見郡寺井野町佐野に呱々の声を上げられた」。池田與作氏は「九谷焼の本場である佐野に於いて一徒弟として陶画を主に習得された」。明治44年に名古屋に出、日本陶器(現在のノリタケ)に入社。「大正3年(1914)、百尺竿頭一歩を進められ、…瀬戸市南仲之切町に進出、『池田与作商店』を創業された。…昭和23年、組織を変更、資本金七十万円で池田丸ヨ製陶株式会社と銘打ち、主として、北米向けノベルティに専念されている」(『陶業人の栞』)。

CIMG4059ds.jpg
✲↑池田丸ヨ製陶のカワイイ製品をもう少しご紹介します。↓

CIMG4036sa.jpg
✲↑これはスプレー缶のカバーです。

CIMG4093xs.jpg
✲↑紙の箱に入った水森亜土の手鏡。↓
CIMG4109sa.jpg

ds_20180825175140a30.jpg

IMGP0454ds.jpg
✲↑帽子をかぶったペアルックのノベルティ。↓

IMGP0459ew_20180825175005ff4.jpg

IMGP6698s.jpg
✲↑池田丸ヨ製陶のゲイシャ(芸者)ガール。↓

True Vtg Japanese Geisha32nament Parasol 2 Poodle Dogs Kitsch 50s 60s- 1

True Vtg Lady Figurinewh Blue Parasol Pink Dress Kitsch 50s 60s- 3

★池田丸ヨ製陶のような九谷出身の職人は、実は瀬戸ノベルティ産業にとってきわめて重要な役割を果たしてきました。

IMGP1634cx.jpg
  
★↑2014年10月26日の中日新聞・なごや東版に「瀬戸焼彩る九谷の技~職人が移住、繁栄支える」と題する特集記事が掲載されています。「明治後期から昭和初期の瀬戸市に、石川県から数十人もの九谷職人が移住してきた。上絵付けの技を持つ九谷の人々は、青い染め付けが中心だった瀬戸焼に豊かな色をもたらした。その色彩技術は後に瀬戸ノベルティ(陶磁器置物)に欠かせなくなり、瀬戸の陶磁器産業の大きな力となったが、今は知る人も少ない」。
当時、中日新聞瀬戸支局にいた水越直哉記者の記事です。

CIMG1867fd_20180825180736f93.jpg

CIMG1869re.jpg

★「背景には色鮮やかな瀬戸ノベルティの生産増大がある。2014年(大正三)、第一次世界大戦でドイツから陶磁器人形を輸入できなくなった欧米から人形の生産地として瀬戸に白羽の矢が立った。以降、瀬戸は瀬戸ノベルティの生産地として豊かな一時代を築いた」(中日・水越記者の記事)。池田丸ヨ製陶(株)も実は、大正3年(1914年)に瀬戸市で創業した会社なのです。

IMGP0844ew.jpg
★↑また、池田丸ヨ製陶は、「レース人形」を作る際に一般的に用いるレース布の代わりに、和紙を芯にして作る≪板レース≫と呼ばれる独特の製品づくりを開発しました。↓


IMGP0883ew.jpg

IMGP0885ds.jpg

IMGP0851ew.jpg

IMGP8640s.jpg

IMGP8641ds.jpg

IMGP6618v.jpg
*輸出した当時の職人さんの息づかいが感じられる貴重な箱入りの製品です。

IMGP6619sa.jpg

IMGP8696e.jpg

IMGP8695s.jpg

★瀬戸ノベルティはこうした九谷の職人の他、市の内外からさまざまな人材を受け入れ、千余年と言われる陶都史上最大の繁栄をもたらしたのです。そうした外部から受け入れた人材と言えば、「集団就職」の若者たちでした。↓


IMGP3278ew.jpg
(↑池田丸ヨ製陶へ集団就職した女性工員の写真↓)

IMGP3289ds_20180826041205532.jpg

IMGP3281s.jpg

CIMG1874ew_2018082519003104f.jpg
(↑若い「集団就職」の女子工員たちが絵付けをした製品例↓)

IMGP1656w.jpg

IMGP1673s.jpg

IMGP1655ds.jpg

★瀬戸市への「集団就職」は主に九州、特に鹿児島県の出身者たちが多かったのですが、今も彼らが作った瀬戸ノベルティの製品はアメリカに沢山残されており、アメリカでも熱い注目を集めているカワイイ瀬戸ノベルティたちは、実はこうした若い「集団就職」の女子工員たちが絵付けを施した製品群なのです。


IMGP3253wq_201808251909583b7.jpg
(↑最盛期の頃の池田丸ヨ製陶<株>の焼成場)

CIMG1885f.jpg

CIMG1888ds.jpg

IMGP6673df.jpg

★池田丸ヨ製陶(株)も、「集団就職」の若者たちの力によって生産性を向上させました。そうして作られて輸出された瀬戸ノベルティの数々は、今なおアメリカを中心に数多く残されており、女性たちの心を虜にしています。しかし、瀬戸の人々は、業界も行政も、またメディアの人たちも、そうした大切な事実に注目しようとする人はほとんどおらず、一人当会のみ、と敢えて言う他ないのです。

IMGP6662ds_2018082519221402f.jpg

IMGP6661ds.jpg

IMGP6651ew.jpg

IMGP6657ds.jpg

IMGP6656d.jpg
   
★↑当会が池田丸ヨ製陶(現在のIMARUYO・イマルヨ)から寄贈を受けたこれらのノベルティは主として1960年代から70年代にかけて作られた製品であり、今、アメリカできわめて高い評価を集め続けているヴィンテージ品となっているのです。
 

IMGP1010sa.jpg

IMGP1019s.jpg

※池田丸ヨ製陶(IMARUYO)が、2024年3月、「ノベルティメーカーとしての事務所」を廃止し、「ノベルティメーカーとしての歴史に終止符を打った」と聞きました。



| 記事 | 11:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

瀬戸でも桜が咲きました。本ブログ筆者のノンフィクション『さくら道』(名古屋・風媒社刊)とともに…。

◆当会の本ブログ人気度情報 ≪<viewカウンター総計>92559 学問・文化・芸術部門16620中のトップクラスの184位、 デザイン・アート部門4357中トップクラスの第35位≫ (2024年3月28日現在)

2024年3月27日(水)  

「良二さんの桜に乾杯!」

☆瀬戸市でも、愛知県内の開花宣言に先だって3月27日、桜の花が咲きました!瀬戸市在住の本ブログ筆者宅前の山桜です。
 

IMGP3774.jpg

★↑本ブログ筆者宅の2階のベランダから見た桜の開花です。↓

IMGP3802.jpg

IMGP3792.jpg

■雨の合間に恵まれた快晴の今日3月27日、待ちに待っていた桜が咲いてくれました。
本ブログの筆者(中村)がその著書のノンフィクション『さくら道』(1987年刊)で書いた<奥美濃の櫻守り>故・佐藤良二さん。実姉のてるさんが御母衣(みぼろ)湖畔の巨木(樹齢400年余)の実から育てた実生の桜の苗木が今では高さ3メートルを越えるほどに成長し、咲いてくれたのです。実生のその桜を植えてからおよそ30年…。筆者はこの桜を「良二さんの桜」と呼んできました。この桜の開花に逢うと、いつも、この世に「桜の花街道」を夢見て早逝した旧国鉄バス車掌・佐藤良二さんのことを思い出します。自費出版した『さくら道』は幸運にも映画とテレビでドラマ化されました。山桜系の桜なので、開花は一般的なソメイヨシノよりも早いはずですが、今年は寒いためか、開花が一週間ほど遅れていましたが、27日、ようやく咲いてくれたのです。
 

IMGP3807.jpg

「この地球の上に、天の川のような美しい花の星座を作りたい。花を見る心がひとつになって人々が仲よく暮らせるように…」。

sa_20240327185807928.jpg
(↑本ブログの筆者<中村儀朋>の著書「さくら道」・名古屋の風媒社刊)

IMGP2888_202403271900260fe.jpg
(↑旧国鉄バスの車掌だった<奥美濃の櫻守り>故・佐藤良二さん)

IMGP3807_20240327190714500.jpg
(↑本ブログ筆者宅前の道端に咲いた御母衣の桜2世の開花:瀬戸市内)

IMGP2890.jpg
(↑御母衣湖畔の巨桜を見上げる故・佐藤良二さん)

IMGP3795.jpg

IMGP3813_202403271854452d3.jpg

IMGP2894_20240327185921557.jpg
(↑本ブログの筆者の著書『さくら道~太平洋と日本海を桜で結ぼう~』)

DSCN0008.jpg          
         (↑「良二さんの桜」の開花 )

■本ブログの筆者(中村)は、『さくら道~太平洋と日本海を桜で結ぼう~』を自身の初めての書として名古屋の素晴らしい出版社である「風媒社(ふうばいしゃ)」から出版しています。次の瀬戸ノベルティの本『カワイイ昭和~知られざるせともの・ノベルティ物語~』(仮題)は3冊目の著書になりますが、その書も「風媒社」から出版予定です。

DSCN9965_2021031713144892f.jpg
    (↑名古屋・風媒社<ふうばいしゃ>刊)

*『さくら道~太平洋と日本海を桜で結ぼう~』はJRになる前の旧「国鉄」時代、元国鉄バス車掌で岐阜県美濃白鳥町(現・郡上市白鳥町)に生き、桜の植樹に賭けた故佐藤良二さんの生涯を綴ったノンフィクションです。『さくら道』で佐藤良二さんの桜の植樹に賭けた人生を描きました。この『さくら道』の本がきっかけとなって光村図書の中学校の国語の教科書にも6年間にわたって拙文を掲載して頂きました。また、この『さくら道』は篠田三郎の主演で映画化され、さらに緒方直人主演により日テレ系でTVドラマ化もされました。
*旧国鉄バスの車掌であった佐藤良二さんは、国鉄美濃白鳥営業所に勤め、奥美濃の秘境と呼ばれた白川郷へ通う「名金線(めいきんせん)」と呼ばれた名古屋―金沢間の長距離バス路線に主に乗務していました。世界遺産で知られるこの白川郷へは今、一般には東海北陸自動車道で行きますが、その有料道路が開通する前、旧「国道156号線」はたびたび落石事故もあったので、「イチコロ路線」という悪名で呼ばれたこともありました。

IMGP2617_2021031600001833e.jpg
       (↑旧国鉄バス「名金線」)

IMGP2612.jpg

IMGP2620_2021031600084552d.jpg
(↑良二さんは「名金線」の人気者で名物車掌でした)

*白川郷の旧荘川村の二つの寺に「荘川桜」と呼ばれる樹齢400年余という二本の桜の巨樹がありました。その寺のあった地域は、本格的なロックフィル式ダムとしては当時東洋一と言われた巨大なダム(御母衣・みぼろダム)の建設計画により水没することになりました。ロックフィル式ダムというのは、従来の重力式コンクリートダムとは異なり、粘土質で透水性の少ない土と大きな岩とを交互に積みかさねて堰堤とするダムのことです。そこで、その2本の桜の大樹は新しく生まれるダム湖(御母衣湖)の湖畔へ運び上げられ移植されることになったのです。

IMGP2608.jpg
(「荘川桜」の移植工事・1960年(昭和35)故・佐藤良二さん撮影)

*巨大な御母衣ダムは1960年(昭和35)に竣工しました。御母衣ダムは、戦後日本が高度成長へと駆け上がっていく礎ともなった豊富な電力供給を主な目的とする歴史的なダムとして作られました。佐藤良二さんは、「前代未聞の移植工事」と言われたその巨木の移植工事を好きなカメラで水没する集落や人々の暮らしとともに克明に記録しました。ダム竣工の翌1961年(昭和36)早春、良二さんは移植された2本の桜が芽を出しているのを確認し、巨樹の移植は成功しました。今から63年前のことです。

DSCN9968.jpg
            (↑満開の「荘川桜」

*良二さんは、その「世紀の大工事」の成功に触発され、自分の職場であった「名金線」を『桜街道』にしようと一念発起したのです。

IMGP2613.jpg

*良二さんは、勤務の合間の休日にオートバイに桜の苗木を積んでは「名金線」沿いの路傍に許可を得ながら桜を植え続けたのです。この本は、その頃、ダムで水没する予定の2本の「荘川桜」の移植工事との運命的な出会いによって人生の生きる意味を見出した一良二国鉄バスの良二さんの貧しくともひたむきに生きた物語なのです。

IMGP2618.jpg

*良二さんは水没予定地から免れるべく新しい湖畔に移植された樹齢400年余という2本の桜の大樹(荘川桜)の移植工事の成功をまのあたりにし、その深い感動から、『桜の街道』を作る夢を抱いたのです。そして、良二さんは、その実を拾って畑に蒔き、実生(みしょう)の苗を育て、それを植え続けたのです。

DSCF0026.jpg

DSCF0028_20210317132924a62.jpg
   (実生の苗の芽生えに微笑む故・佐藤良二さん)

DSCF0030.jpg
 
(↑「弥吉小屋」と名付けた作業小屋のある畑で実生の苗を育てていた良二さん↓)

IMGP2614.jpg

IMGP2615.jpg
    (中村が掘り起こした良二さんの日記帳)

IMGP2610_202103152146270ef.jpg
      (晩年の佐藤良二さん)
  
★良二さんは、自分の職場でもあった名古屋―金沢間を『さくら街道』する夢を抱き、生涯に約2000本の桜を植えました。しかし、その夢は叶わず、病を得て1977年(昭和52)に47歳という若さで亡くなりました。筆者(中村)はこのノンフィクションの中に次のような良二さんの言葉を書き込みました。

「この地球の上に、天の川のような美しい花の星座を作りたい。花を見る心がひとつになって人々が仲よく暮らせるように…」。


51PSkkQchSL.jpg
(↑本ブログの筆者の著書・名古屋の風媒社刊)

IMGP2604.jpg
(↑佐藤良二さんの遺影:実姉のてるさん夫妻から提供された写真)

*この桜は「荘川桜」と呼ばれ、白川郷へ通う旧「国道156号線」沿いに立っています。御母衣のダム湖が始まる最初の青い橋を渡り、しばらく車で走りるとやがて湖の前方方向に大きな木が見えてきます。それが佐藤良二さんが人生の出会いとなった「荘川桜」です。例年、ゴールデンウィークの頃に、日本での桜前線が津軽海峡を越え、北海道で桜が咲き始める頃に御母衣湖畔のこの2本の桜は満開を迎えます。しかし、「東海北陸自動車道」ができた今は、荘川桜のある旧道の国道156号線を通る人はめっきり少なくなりました。
*良二さんの実の姉のてるさんも弟・良二さんの夢を受け継ごうと、荘川桜の実を拾って実生の苗を育て、その実生の桜を植え続けました。その実生から育ててた苗木の一本を、瀬戸の私にも寄贈してくださったのです。本ブログの筆者はその木を我が陋屋の前の名鉄バスが走る道沿いに植えました。1995年頃のことだったと思います。

DSCN9859.jpg
      (↑2021年3月15日撮影↓)
DSCN9850.jpg

DSCN9870.jpg
        (2021年3月15日撮影↓)
DSCN9879.jpg

*瀬戸に来た当時はまだ1メートルほどだった幼い苗木も元気育ち、今ではもう3メートルにもなりました。

IMGP3792_202403280354589ad.jpg
(↑瀬戸市内:本ブログの筆者の住むあたり 2024年3月27日撮影↓)

◎IMGP3770

IMGP3794.jpg

DSCN9872.jpg

*姉のてるさんが私に下さったのは、その湖畔に移植された巨樹(荘川桜)の種から育てた実生の苗の一本でした。ヤマザクラ種ですので成長は遅いのですが、里の一般的な染井吉野に比べて例年1週間近く早く咲きます。その桜の木が今年は昨27日に開花しました。「良二さんの桜」はあと1週間くらいで満開になるでしょうか…。例年満開の時には、筆者は缶ビールの蓋を開け、「良二さん、ありがとう…」と亡き佐藤良二さんの霊に感謝の乾杯をささげ、拙著に触発されて郡上市のフォーク・グループ「ピペファート」が作ってくれた『さくら道』という歌のCDを聞きながら、筆者も顔をピンクに染めることを楽しみとしています。

IMGP2610_202103152146270ef.jpg

DSCN0283.jpg

DSCN9910_2021031620310755c.jpg
(郡上市のフォーク・グループ「ピペファート」が<さくら道>を歌ってくれた)

IMGP4799-rew.jpg
(↑<さくら道>を歌ってくれた「ピ・ペ・ファート」のコンサート風景:当会撮影)

DSCN9913.jpg

IMGP2627.jpg
(このCDをご希望の方は「ピペファート」郡上市・田代さんへお問い合わせ下さい zukasama0022rosita@docomo.ne.jp )

DSCN9855_202103151729369b3.jpg
(↑瀬戸市で開花した御母衣・樹齢400年の荘川桜の子孫:中村撮影↓)
DSCN9858.jpg

DSCN9892_20210316115111f61.jpg
      
DSCN9994_2021031810390476c.jpg
 (↑本ブログの筆者の陋屋の前↓)
DSCN9921_20210317124931f82.jpg

DSCN9999.jpg

DSCN9974_202103181036450d8.jpg




| 記事 | 18:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT