カテゴリー :記事 瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

瀬戸ノベルティ文化保存研究会 We are the Seto Novelty Culture Preservation Society, a citizens’organization in Seto City, Aichi Prefecture 、Japan◆瀬戸ノベルティに“最高の評価”!レース人形の最高峰・TK名古屋人形製陶所製「アン王女」が皇室に献上!★瀬戸から「ノベルティ」と「昭和の青春切符~集団就職の記録~」を『日本遺産』に!◆時を超えて香り立つ魅力・ノベルティこそ“瀬戸の華”!セト・ノベルティこそ「せともの」!【瀬戸ノベルティ倶楽部:The Seto Novelty Club〈office〉、Americans who love SETO NOVELTIES, your mail to us is deeply welcome. address :setonovelty_club@yahoo.jp】 写真などこのブログでの画像の無断使用は固くお断りします!

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瀬戸ノベルティ俱楽部は今、夏休み休館です。

8月23日
☆当会の活動拠点「瀬戸ノベルティ俱楽部」は、23日(水)と24日(木)の二日間、夏休みを頂き、休館とさせて頂いております。あしからずご了承下さい。 


8月23日
☆瀬戸市では、きたる9月9・10日「せとものまつり」、また9月23・24日「招き猫まつり」が行なわれます。当会は両祭で、当会独自のノベルティの魅力を楽しむ活動・『花華(はなはな)アート』として“フェアリー・ボックス(fairy box)”のワークショップを行います。この企画については後に詳報します。  


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オキュパイド・ジャパン(OJ)の足踏み式ミシン

8月21日
☆オキュパイド・ジャパン(OJ)の足踏み式ミシン5万台がアルゼンチンに輸出されていたという記事に関し、名古屋市に本社があるブラザー工業のアーカーブ担当の方から新たな情報を頂きました。当時輸出されたと思われるミシンの写真とその製造の様子を写した写真です。 

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*↑上の写真は、「ブラザー初の輸出製品で 『HA1-B3型』という家庭用ミシン」です。
次の写真は「ミシンの注油・包装をする様子」です。↓ 
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*頂いた情報は次のようなことです。「なお台数は不明ですが、弊社家庭用ミシン担当部署記入の過去資料から、『昭和24年7月6日、八雲商事を通じアルゼンチンへ輸出』との項目がございました。弊社からは何台か不明ですが、間違いなくアルゼンチンに渡っているようです。(この年の弊社輸出台数は、約6300台のようです)ただ「八雲商事」という商社は現存しないようで、これ以上の情報は得られないかもしれません」。
今、アメリカには当時の製品と思われる次のようなミシンが残されています。↓
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*ブラザー工業株式会社については、「ブラザー工業株式会社(社長:小池 利和)は、1947年に初めてミシンを上海へ輸出してから今年で70周年を迎えた。ブラザー工業のはじまりは、輸入ミシンの修理・部品の製造を行う『安井ミシン商会』が1908年に創業されたことにさかのぼる。当時の国内ミシン市場は欧米製が席巻しており、『国産ミシン』を製造し、『輸入産業を輸出産業にする』ことが創業者兄弟の悲願だった。苦労しながら兄弟で研究・開発をすすめ、1932年にブラザー初となる家庭用ミシンの国産化に成功した太平洋戦争時には空襲で主力工場の大半を焼失し、ミシン生産の再開は不可能と思われたが、1946年には生産を再開。1947年5月に、家庭用ミシン『HA1-B3型』200台を上海向けに輸出した。それを皮切りに翌年1948年にはアメリカ市場にも輸出を開始し、ブラザーのミシンは世界市場で地位を確立していく。ミシンを初輸出してから70年の時を経て、ブラザーは海外の売上が8割を占めるグローバル企業へと変貌を遂げた。創業時以来の家庭用ミシン事業は、今年3月に累計生産6,000万台を記録。さらに、ミシンの製造で磨いた技術を新たな製品へ応用しながら多角化をすすめ、プリンター・複合機や、産業機器など、幅広い事業領域に進出している。時代の変化に合わせて主力製品は変わっても、『輸入産業を輸出産業にする』創業者の夢は今も受け継がれている」と紹介されています。
*ブラザー工業アーカーブ担当の方の話によれば、今、いろいろな企業でアーカーブの記録を掘り起こす作業が熱心に行われているそうことです。勝者の記録でもなく、為政者の側からの記録でもなく、民衆や企業、多様な地域社会に眠る記録や記憶を寄せ集め、つなぎ合わせて新たに組み立てる営為の中に歴史の真実が甦るのではないか…。そんな思いが社会のあちこちに芽生えているようです。



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OJミシン の続報

8月20日(日)
☆ある瀬戸ノベルティファンの方が当ブログで紹介したオキュパイド・ジャパン(OJ)の足踏み式ミシンの記事を見られ、有意義な情報を寄せてくれました。ブラジルにもOJミシンが残されている、というニュースです。このミシンは“PINE”と名づけられたミシンです。 

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*↑“SEWING MACHINE”“MADE IN JAPAN・THE PINE MANUFACTURNG CO.”という文字が付けられています。
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*この情報はあるノベルティファンの方からもたらされた情報です。その方は、かつてブラジルに住んでおられたそうで、アルゼンチンに残されているのだからひょっとしてブラジルにもあるのではないか、と思われたらしくインターネットで調べられたそうです。そしてヒットした、とお知らせ下さったのです。「…ノベルティを見ていると当時の方々の生活や時代背景に思いを馳せてしまい、時間を忘れてしまうのも魅力なのかもしれません。…OJミシンの記事はとても興味深い内容でした。日本からアルゼンチンに5万台ものミシンが輸出されていたとは正直驚きでした。昔の足踏みミシンは日本でもとても人気で、特にミシンの脚の部分をアンティークとして飾っている方が結構いらっしゃいます。海外でも古いミシンは魅力的なようで、オークションでも売られているようです。スペイン語はよく分からないのですが、アルゼンチンのお隣のブラジルに住んでいたので、ポルトガル語で少し検索してみました。そうすると、アルゼンチンの隣にあるブラジルのある州の方がOJミシンを出品されていました」。
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*アンティークミシンを収集している他の人の情報によれば、このミシンはGHQの占領下に製造された希少な国産ミシンの一つで、「パインと名の付くミシンは2つあり、1つはジャノメミシンの源流であるパインミシンと、終戦後にシンガー宇都宮工場(アメリカのシンガーと日本の日本製鋼の合弁)が独立して出来たパインミシン」の二つがあるのだそうです。
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エルビス・プレスリー没後40年

8月19日(土)
☆今なお根強い人気を誇るロックスター、エルビス・プレスリー。今年はプレスリー没後40年を迎えるそうです。 


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(↑瀬戸で作られたプレスリーのノベルティ:TK製陶・山国製陶↓)
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*トランプ大統領の政治信条が全米に分断を拡げている中、42歳の若さで世を去った伝説的なロックスター、エルビス・プレスリーの死去から今年40年。

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*↑これはプレスリー最後のハワイ公演の時のノベルティ。↓
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*市当局が騒乱を避け、南軍関連の指導者や兵士の像を撤去する意向といわれるテネシー州メンフィスはプレスリーの生地。命日を挟んでファン数万人が集まり、その死を悼み、人種を超えた愛を訴える声を上げていると新聞は伝えています。↓
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(中日新聞8月17日付け)
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*プレスリーのノベルティは瀬戸ノベルティの中でもとりわけ大ヒットした商品でした。
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(↑プレスリーの酒器〈ウィスキーのデキャンター〉)
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(↑プレスリーを作ったメーカーの一つ、山国製陶所〈倒産〉の輸出伝票↓)
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*プレスリーのノベルティは瀬戸の複数のメーカーで作られました。当会は、山国製陶、テーケー製陶、愛新陶器などのメーカ-から製品の他、製造に用いた写真やスケッチ、雑誌など様々な資料を入手しています。

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(↑当会が廃業したノベルティメーカーから入手したプレスリーの本“ELVIS” 
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(↑プレスリーの死に慟哭するファン:1977年8月16日死去:同書掲載写真)
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(↑プレスリーのベッドサイドの壁には天使のノベルティが飾られていた:同書掲載写真↓)
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(↑プレスリーのマグカップのスケッチ↓)
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(↑瀬戸・ゴトー製陶製のウィスキーデキャンター)

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(↑当会が廃業したノベルティメーカーから入手したプレスリーの本の掲載写真↓)

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*↑プレスリーの墓標の写真(同書掲載)↓
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*私たちは今、居ながらにしてプレスリーの墓碑銘瞬時に見ることができる時代に生きています。写真の解説によれば、彼の墓所には年間数十万人の人々が訪れると言います。その墓碑銘には次のような意味が刻まれています。
「彼は神からの贈り物であった…彼は神の与え給うた才能を抱え持っていたが、その才能を世界と分かちあっていたし、それにはいささかの疑いもない。彼は若い人の、また年を取った人の心もとらえ、最大の喝采を浴びるアーティストであった。彼は偉大なエンターテイナーであっただけでなく、人道主義者としても憧憬される人であった。それは、彼が広い心、博愛と寛容精神の持ち主であっただけでなく、心根のやさしさ、人懐こさゆえのことであった。…彼はその生存中に於いても、何百万人もの人々から尊敬と愛とを得た、まさに“生けるレジェンド”であった。神は彼には少しの休息が必要であると思召し、彼にこよなく愛した家に帰って休むように、と計らったのであった。」
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*当会事務局長はかつて、明治維新の英雄とされる伊藤博文の記念館やその墓所を訪ねたことがあります。そこにはほとんど人の訪れがありません。伊藤たちの敷いた富国強兵策の行きついた先が今次大戦でのカタストロフィ(破滅)を招き寄せたのです。来年は「明治維新150年」になるそうですが、明治ニッポンの立役者は時の流れの中でいささかの尊敬を集めることもできないのです。アジアへの抑圧に明け暮れ、ニッポン一人がアジアの盟主たらんとしたその狭隘な精神が尊敬されるはずもありませんでした。今、トランプ政権への追随だけでは日本の拠り所を見失うことになりかねません。プレスリーの今なお消えない人気は、トランプの対極にある共生と博愛寛容の精神ゆえなのでしょう。次元は唐突になりますが、瀬戸ノベルティはそうしたプレスリーの博愛と寛容精神にも通じるものを語りかけてくるような造形物ではないだろうか…、そうした“アメリカの良心”にも受け入れられるようなノベルティを作ってきたのが瀬戸の町である、それこそが陶都の誇りであろうと、そのように思えてなりません。

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※皮肉にも“トランプ大統領効果”によってプレスリーへの評価が高まっているようです。トランプ大統領は後世のどんな評価に耐えられるのでしょうか?ご参考までに以下、3月25日の当会ブログを再度掲載します。

≪3月25日≫
☆当会の収集品をご紹介します。先ごろ工場が解体されたノベルティメーカー「ゴトー」の製品です。 

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*アメリカの酒造メーカー・McCormick(マコーミック)社が扱った製品で、ある絵付け職人から当会に寄贈されました。
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*↑まず、これはプレスリーのデキャンター(酒器・ウィスキーボトル)。絵付けの施されていない白生地の製品です。↓
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*これに色が施された製品には次のような製品があります。↓
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(↑金メッキの製品。これは、台にオルゴールが仕込まれています)
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(↑銀メッキの製品)
*↑この製品は1981年の製品で、次のように梱包されて輸出されました。↓
◎◎Elvis Presley Sser Statue 1981 McCormick Whiskey Decanter w Music Box Japan- 5
*↑この頃の梱包材には発砲スチロールが用いられていました。↓
◎◎Elvis Presley Silver sue 1981 McCormick Whiskey Decanter w Music Box Japan-  6

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*次に↑金メッキの製品です。↓
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*当会はこうしたプレスリーのノベルティを作る際の資料も収拾しています。↓
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*写真や雑誌、姿の再現データなどです。
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*↑製造しようとするプレスリーのノベルティに人体構造としての整合性を持たせるために、その姿態をモデルで実際に再現してみた資料もあります。
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*一つの製品を生み出すために、こうしたさまざまな資料がバイヤーからメーカーにもたらされ、それを基に飽くことなくリアリティを追究した瀬戸ノベルティが作られていたのです。
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*当会は他のプレスリーのデキャンターも収集しています。↓
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(↑プレスリーの立ち姿:銀メッキの製品)
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*このようなデキャンターは頭部が切り離され、コルク栓で頭部と胴体部とが分けられて作られるのが普通です。↓
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*中にバーボンウィスキーを入れ、次のように紙シール貼って販売されました。↓
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*これには次のような色違いの製品もありました。↓
◎ELVIS PRESLEY GOLD McCORMICK LIQttECANTER MUSIC BOX SEALED RARE -1
(↑金メッキの製品)
◎ELVIS PRESLEY GOLD McCORMdLIQUOR DECANTER MUSIC BOX SEALED RARE -2
◎ELVISrSLEY GOLD McCORMICK LIQUOR DECANTER MUSIC BOX SEALED RARE -3
*このように封印され、バーボン・ウィスキーが入れられて売られていました。









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“カラスミシン”と呼ばれたOJミシン

8月19日(土)
☆今年12月2日から来年1月28日まで瀬戸市美術館で『戦後の復興を支えたやきものーMade in occupied Japan~田中コレクション~』展が開催されることになっています。これは、アメリカ・カリフォルニア州在住で、現在、「オキュパイド・ジャパン・コレクーズクラブ」代表・田中荘子(しょうこ)さんのコレクションを展示紹介するものです。田中さんは当会会員でもあり、100名近い会員間の親睦と情報交換のため季刊で“ニュースレター”を編集発行されていますが、その“ニュースレター”で“OJ sewing machine in Argentine”と題する記事を紹介されました。それは、アルゼンチンに送られたオキュパイド・ジャパン(OJ)の足踏み式ミシンのことで、7月の当会のこのブログでもそのあらましをご紹介しました。その後、このOJミシンについて貴重な情報を得ることができました。  

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(↑アルゼンチンへ輸出されたオキュパイド・ジャパン足踏み式ミシンを紹介した田中荘子さん編集のニュースレター↓)
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*このOJマークの足踏み式ミシン(treadle sewing machine)の製品はアルゼンチンに住む男性の収集品とのことで、“ニュースレター”で次のように紹介されています。
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*「氏によれば、この足踏み式ミシンは1947年の占領下日本製(MIOJ)で、1948年~1952年までEva Peron 財団によって購入されたもの。Maria Eva Duarte de Peronはアルゼンチン大統領Juan Peronの妻であった。Peron大統領の政治信条は、自国の経済基盤や生産性の向上、貿易諸団体への広範な支援による国の豊かさの向上と改善であった。彼の妻Eva Peronは同国の労働健康省大臣として女性たち、貧しい人たちや社会的弱者の救済と福祉向上のためのEva Peron 財団を創設した。…Eva Peron 財団は自宅で服を縫ったりして収入を増やすことができるようにと、1948年から1952年までの5年間に5万台の足踏み式ミシンを貧しい家庭の女性たちに贈った。…氏は『私がインターネットによりこのOJマークの足踏み式ミシンを我が国で確認できたのはわずか2台ですが、それはとてもよい状態で残されているものなのです』と述べています」。(“ニュースレター”の記事概要を中村が翻訳)」。
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(↑Eva Peron:同ニュースレター掲載写真)

*田中さんは、このニュースレターの編集作業にあたり、この製品の持ち主からメールでその画像を送ってもらい、その画像を掲載してこの記事を書かれているとのことです。「写真によって確認できるこのOJマークの足踏み式ミシンは“HENESCCO”というマークです。占領下の日本で作られた製品がこのようにアルゼンチン向けに作られていたということはとても興味深く、心が躍るようです」と田中さんは述べています。当会は、「もしこのミシンが当地方のメーカーによって作られた製品であるとしたら、70余年の時を超えて、“オキュパイド・ジャパン(OJ)”が日本の復興のみならず、アルゼンチンの福利厚生にも寄与したということになり、その後の日本に被せられた『エコノミック・アニマル』という汚名をそそぐエピソードと言うことができるかもしれない」と先のこの記事をまとめました。そして当会は、占領下の時代、ミシンをアルゼンチンに輸出したと思われるメーカーの一つ、名古屋に本社のあるブラザー工業株式会社のアーカイブ担当の方から貴重な情報を得ることができました。その方からの情報によれば、同社は1932年に初めて国産のミシンを製造、戦後の昭和22年、上海へミシンを輸出したのを皮切りに、ミシン輸出を盛んにしていったそうです。
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*また、“ニュースレター”には、日本から全部で5万台のミシンがアルゼンチンに送られたとありますが、それらのミシンを製造したメーカーの名前については全くわかりません。当会にいろいろな情報を懇切にご提供下さったブラザー工業株式会社のアーカイブ担当者のお話によれば、戦後は中小のミシンメーカーが沢山生まれていたそうで、各メーカーに何台かずつを割り当てて輸出を実現したのではないか、ということでした。そして、(当時OJ貿易を所管した貿易庁の指示によるものであったのか、)輸出されるミシンはどれも黒一色の製品にして輸出されたとのことで、それを“カラスミシン”と呼んだそうです。そうとすれば、メーカー名や製品名もわからないような形で輸出されていたということだったのでしょうか?当会は今も、このOJミシンについての情報収集を続けています。当会は、主に陶磁器製品についての調査研究を行っておりますが、陶磁器以外の様々な材質の製品についてのOJも広く研究することによって、より客観的にOJという戦後史の事象を捉え、現代史に於けるOJの意味を深く掘り下げてみたいと思っているのです。



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