瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

瀬戸ノベルティ文化保存研究会 We are the Seto Novelty Culture Preservation Society, a citizens’organization in Seto City, Aichi Prefecture 、Japan◆瀬戸ノベルティに“最高の評価”!レース人形の最高峰・TK名古屋人形製陶所製「アン王女」が皇室に献上!★瀬戸から「ノベルティ」と「昭和の青春切符~集団就職の記録~」を『日本遺産』に!◆時を超えて香り立つ魅力・ノベルティこそ“瀬戸の華”!セト・ノベルティこそ「せともの」!【瀬戸ノベルティ倶楽部:The Seto Novelty Club〈office〉、Americans who love SETO NOVELTIES, your mail to us is deeply welcome. address :setonovelty_club@yahoo.jp】 写真などこのブログでの画像の無断使用は固くお断りします!

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「瀬戸ノベルティ俱楽部」は本日お休みです。

11月23日
☆当会の活動拠点「瀬戸ノベルティ俱楽部」は本日23日、“レースドール体験講座”準備のため休館とさせて頂きます。あしからずご了承ください。

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当会が次々と掘り起こす陶都OJ関連のオリジナル資料

11月22日
☆きたる12月2日から瀬戸市美術館で『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展が開催され、当会はこの企画展に全面協力をしています。

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(↑OJ時代の丸山陶器の製品)
☆その準備作業の中で、当会は新たに「OJ時代の丸山陶器」について記述された文書を掘り起しました。↓ 
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*当会が新たに入手したのは、貿易再開に向け、国の関係機関が物資不足に対処するにあたり各社へ提出を求めた事業所の実態に関する丸山陶器からの回答の準備書面で、丸山陶器の『工場実態調査表』という資料です。
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*その資料には次のように記されています。
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『工場実態調査表』
□工場所在地 愛知県瀬戸市 大字 今
□到着貨物駅名 名古屋鉄道尾張横山駅(現・名鉄新瀬戸駅)  省線瀬戸記念橋駅(現名鉄バス・新瀬戸バス停)
□会社名(代表社員)  丸山陶器合名会社  山城柳平
□生産品目  輸出陶磁器 置物 玩具
□工場設備ノ概要   工場土地  敷地2000坪  建坪1075坪
               焼成窯(石炭)6基、焼付窯(電気窯)7基、電動機 3基、トロンミル6基、粉砕機2基、泥融機2基、撹拌機1基、ダライ盤1基、度電機1基、配電盤1基、電気計器2基、水揚ポンプ1基、
□電力並動力設備   電気灯7基300KW、 動力10馬力・3馬力・2馬力 各1 計15KW
□従業員数  技術者 男7名、工員 男59名、女 45名、事務員 男7名、女5名 計123名

□弊社ハ大正三年、現代表社員・山城柳平個人トシテ陶磁器玩具商開業以来、業務拡張、輸出陶磁器生産ニ力ヲ致シ、第一次世界大戦当時ヨリ海外輸出ニ販路ヲ拡大、遂年増加シ、品位進歩改善ニ努力、昭和二年以来、独逸製品ニ対抗センガ為、上絵付ノ改良ヲ勤ム。昭和九年、上絵付加工ニ於テ進歩ヲミタルモ、素地製陶ニ於テ充分ナラザルニ依リ、新ニ合資会社丸山陶製陶所ヲ創立、専ラ白生地製陶ヲ改良専念、昭和十年、個人経営ヲ合名会社山城柳平商店ト称シ、組織変更致シ、海外市場ニ其ノ商品価値ヲ昂ム。昭和十二年合資会社丸山陶製陶所ト合名会社山城柳平商店ヲ合併致シ、丸山陶器合名会社ト改称ス。第二次世界戦争勃発ヲ契機トシテ独逸製品模倣ノ域ヲ脱シ、独創的製品製作ニ至ル。戦時一時中絶シタルモ戦後並ニGHQ並ニ商工局ノ育成工場トシテ見返輸出品製作ニ従事、現在ニ及ブ。
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*貿易再開は日本が一刻も早く経済的に自立していくための措置で、食糧や石油、肥料などを得るための輸入の“見返えり”としての性格を持っていました。しかし、その一方、東西冷戦が深刻化する状況の中で、米国と安保条約を結んだ日本が米国の陣営に入っていくという一面もあったと言えます。
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*↑この自社紹介文の中で、特に「…第二次世界戦争勃発ヲ契機トシテ独逸ドイツ製品模倣ノ域ヲ脱シ、独創的製品製作ニ至ル」という記述が深い印象に残ります。↓
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*こうした瀬戸ノベルティの歴史の深層に触れる一義的でオリジナルな資料は、現在、この丸山陶器を於いて他に見出すことはできないように思われます。のみならず、瀬戸窯業現代史に深く関わるこうした資料との出会いを今許されているのはひとり当「瀬戸ノベルティ文化保存研究会」のみです。当会は、こうした丸山陶器に残されている貴重な資料を掘り起し、時間をかけてその全貌に迫り、そして記録に残したい、と考えています。

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(↑当会が全面協力して12月2日から開催される『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイドジャパンコレクション~』)

★敗戦後の物資不足はあらゆる面に及んでいました。丸山陶器の埋もれた資料の中に、石膏型製作に用いる石膏原料の不足をかこち、輸入石膏の特配を求める申請文書も見つかりました。
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(↑ありし日の丸山陶器の石膏型倉庫)
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*その文書を以下にご紹介します。昭和23年7月10日付けの文書です。
「申請書」宛先は、商工省化学局長、申請者は丸山陶器代表社員・山城柳平、表題は「輸入石膏特別配給申請ノ件」。

「申請書」昭和二十三年七月十日
商工省化学局長殿
「輸入石膏特別配給申請ノ件」
標記ノ件ニ関シ、弊社ハ鉱工品貿易公団ヨリノ御指図ニ依リ多数ノバイヤーノ発註ヲ連合軍司令部ノ確認セル註文トシテ生産下命ヲ相受ケ、其ノ責任ヲ担当致シテ参リマシタ。御高承ノ通リ、輸出品ノ発註品ハ納期ノ厳守ト優良品ノ製作ハ絶対的ノモノデアリマスガ、弊工場製品ハ流込型ヲ主トセルモノニシテ、芸術的ニシテ特殊技巧ヲ要シ、註文ノ確納意ノ如クナラズ之ガ隘路ハ従来成型ニ使用シ来レル石膏ニテハ不純分子ヲ含有ノ為、製品ニ黒星ヲ生スルコト有リテ、品質ヲ低下シ、特ニ顔面、手、足等ニ生ジタル時ハ、製品タルノ価値ヲ失シ、生産ニ及ボス影響少カラズ。従ッテ、工場生産能力上昇トバイヤートノ発註予約ト相俟ッテ受註品ニ対スル責任生産ニ支障ヲ来シ、閑却致シ居リマス。最近ノ石膏事情ニ鑑ミ、何卒右事情御賢察ノ上、特殊技巧品ニ対シテ輸入石膏配給相成度、別紙註文(写)ヲ相添此ノ談、御願ヒ申上マス。

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(↑ありし日の丸山陶器の石膏型倉庫)
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(↑丸山陶器の石膏型:昨年廃棄されたもの↓)
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(↑オキュパイド・ジャパン時代の丸山陶器輸出文書:当会収集資料↓)
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(↑田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクションから↓)
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OJ時代に作られた製品のメーカーリスト

11月21日
☆オキュパイド・ジャパン製品の中でも丸山陶器製の製品は特に目を引きます。

VINTAGE MARUYAMA MADE IN OCCUPIEdAN COLONIAL COUPLE PORCELAIN FIGURINE 1
VINTAGE MARUYAMA MADE IN OCCUPIED JAPAd COUPLE PORCELAIN FIGURINE 2

☆この丸山陶器がオキュパイド・ジャパン時代にどんな製品を輸出していたかを知る貴重な資料と出会いました。

昭和28年8月、丸山陶器の代表の山城柳平を発起人総代とする「瀬戸陶磁器玩具工業協同組合」の設立が発起されました。その際、「陶磁器価格査定証明書」という書類が用意されました。そこにオキュパイド・ジャパン時代に丸山陶器で製造されていた品名が記されているのです。その一部をご紹介しましょう。

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大型金杯人形、丸台腰掛男女、小判台二人ダンス、三曲合奏、マンドリン持腰掛男女、丸台二人男女、小型投キス男女、中型投キス男女、大型投キス男女、マンドリン持本W男女、橇乗り男女、鳥飼ヒ男女、バイオリン持本読男女、目カクシ男女、中目カクシ男女、大目カクシ男女、ドレスデン男女、大東京音頭、中東京音頭、小東京音頭、大型ブルーボーイガール、中型ブルーボーイガール、小型ブルーボーイガール、笛吹W男女大型、フランス農夫男女小型、フランス農夫男女、大型石版持男女、小型石版持男女、大型マンドリン持腰掛男女、小型座り二人ボックス男女、小型立二人ボックス男女、大型ブドー持男女、中型ブドー持男女、小型ブドー持男女、一人立ダンス男女、大型カチューシャ男女、中型カチューシャ男女、小型カチューシャ男女、大型山羊抱キ男女、中型山羊抱キ男女、小型山羊抱キ男女、大型丸台二人ダンス男女、中型丸台二人ダンス男女、小型丸台二人ダンス男女、花篭持男女W、石垣男女、兎持鳥持男女、大型マスコット人形、小型マスコット人形、椿姫男女、古代エンゼル付男女、三人散歩、大型三人散歩、小型セロ持バイオリン、帽子持扇子持男女、男装美人男女、帽子カムリW男女、ドレスデンW男女、石版持W男女、花持男篭持女、ササヤキW男女、石垣花輪持男女、ドルトン人形、
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☆占領下、日本の電力事情は逼迫していました。当時、丸山陶器の工場で使われていた電力需要内容を示す資料があります。↓

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*電気炉…上絵付け焼成用窯、乾燥炉…石膏型乾燥用、製土機…製土用、製板機…製材用、吹付け機…上絵付けほ吹付け。*昭和23年、丸山陶器が割り当て電力の増量を申請する文書も残っていました。その資料の中に当時、丸山陶器で生産していた製品の数量を示すデータです。↓ 
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*この資料によれば、「最近一ヶ年の生産実績」は次のとおりです。
<昭和22年>3月 置物3000個・玩具6000組、4月 置物3000個、 5月 置物2000個・玩具800組、6月 置物1000個・玩具500組、7月 置物2100個 8月 置物3600個・玩具3160組、9月 置物2980個・玩具3200組、10月 置物3000個・玩具480組、11月 置物300個・玩具960組、12月 置物10820個・玩具186ダース、<昭和23年>1月 置物6960個・玩具120ダース、
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11月21日
☆12月2日から瀬戸市美術館で『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展が開催されます。この企画展にはノベルティの他、カップ&ソーサーなども展示されます。

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(↑当「瀬戸ノベルティ倶楽部」に展示中のオキュパイド・ジャパン製品:田中荘子コレクション↓)
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*当会は、このOJ時代、カップ&ソーサーを作ったメーカーについての資料を入手しました。この資料は、昭和23年11月22日の「輸出陶磁器(食器類)協会設立準備委員会議題」と題する文書で、あるノベルティメーカーに残されていたものです。↓
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*この機関の部会の構成についての記述があります。
(貿易部会) …食器部会(北米班・東洋班) 、玩具部会、硬質陶器部会、(燃料部会)…石炭部会、揮発油部会、(電力部会)、(原材料部会)…輸入原料部会、貴金属顔料部会、転写部会
*また、この文書に記載されている設立準備委員に名を連ねているメーカー・氏名は次のとおりです。
<名古屋地区>日本陶器、名古屋製陶所、扶桑金属鳴海製陶所、愛知化学工場星崎工場、松風陶器(しょうふう)、山口陶器、名古屋商会、浅井産業、中外陶業、曾根化学窯業、熊谷商店、油商店、瀬栄合資会社、加藤兵三商店、石原嘉多志、上田工業、中部陶器、<瀬戸地区>山久製陶所、伊富製陶所、愛知製陶所、光陽陶器、植野儀三郎、三郷陶器、比良製陶所、山寿製陶所、七本松陶園、加藤政谷、丸山陶器、十四松商店、<多治見地区>日比野新七、ヤマカ製陶所、富田七三郎、加藤房太郎、大畑製陶所、<滝呂地区>柴田武三、柴田桃蔵、中部窯業、<笠原地区>水野桂、<妻木地区>熊谷三郎、土本静雄、酒井薫、<土岐津地区>水野廣吉、鈴木貞一、山加・加藤幸太郎、小島八十吉、<瑞浪地区>伊藤才市、美濃窯業、東亜窯業、伊藤覚市、<下石地区>安藤知二、<恵那>山五製陶所、仲製陶所、○kカ製陶所、<駄知地区>籠橋○右衛門、カクサ製陶所、籠橋定一、岐工連、<常滑地区>丸五製陶所、富浦製陶所、<四日市地区>森欽窯業、山庄製陶所、笹伊製陶所、株式会社・川村組

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山城柳平の戦前の写真を入手

11月20日
☆丸山陶器の創業者・山城柳平氏の戦前の写真を入手しました。陶磁史に詳しいA氏から当会等へ提供された写真です。

青山武央氏提供山城柳平昭和13年中国視察アルバムs
(↑「北支視察写真」昭和13年4月20出発・昭和13年5月25日帰着 山城柳平 、と記された写真帖の表紙)
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*↑「瀬戸市嘱託瀬戸貿易協会員北支視察団員」と題された一ページ目。“昭和13年4月22日 玄海海上鴨緑江丸甲板ニテ”の添え書きがある。↓メンバーは丸山陶器の山城柳平(左端)、丸利商店の加藤利作(左から2人目)、山寿製陶の加藤寿保らの各氏。
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鴨緑江丸船上1 (2)re
*この年、山城柳平氏は52歳。すぐれた古代人形などのノベルティを次々に生み出し、瀬戸の「ノベルティメーカーの雄」としての地歩を築き上げていた頃です。
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*訪れたのは大同炭鉱。大同炭鉱は中国山西省にある同国最大規模の炭田。
大同炭鉱d
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*当時、瀬戸ではこの炭鉱の石炭を用いてノベルティを焼成していたのでしょうか。
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(↑右の黒いマスク姿が山城柳平氏)

北京料理や2 (1)ds
北京料理や2 (2)ds

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(↑現地での写真か内地での写真かは不明↓)
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(↑真ん中が山城柳平氏)

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*これらの写真はその伝記『黒い煙と白い河~山城柳平と瀬戸の人形~』↓の記述を埋める貴重な写真です。
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*山城柳平氏を紹介したこの『黒い煙と白い河~山城柳平と瀬戸の人形~』は愛知県立図書館と瀬戸市立図書館に所蔵されています。愛知県立図書館では借り出し禁止となっていますが、瀬戸市立図書館では借り出しが可能です。しかし、最近、この本は大変人気のようで、借り出しの予約が入っていることが多いようです。
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*このアルバムには軍国主義時代、深川神社で参拝の列に連なる山城柳平氏の写真もありました。↓
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(↑真ん中・山城柳平氏)
あああgr
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*↑「皇国の赤子」としての山城柳平氏の姿です。






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当会、“オキュパイド・ジャパン”をめぐる埋もれた情報を発掘!

11月19日
☆きたる12月2日(土)から瀬戸市美術館で『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展が開催されます。“オキュパイド・ジャパン”は瀬戸窯業の戦後の飛躍的発展を切り拓いていくための大きな試練でした。あらゆる生産資源が不足する中での試練でしたが、、その試練の実態を物語る資料はこれまでほとんど明らかになることはありませんでした。この企画展を前に、当会はその試練の実際を物語る資料を入手しました。


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*当会が入手したのは、あるメーカーが国の主管庁に「電線配給」を要請する昭和22年1月20日付けの申請書です。
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*その申請書には次のように書かれています。
「東海北陸地方商工局長 山本茂殿
 『電線』配給相成度ノ件申請
標記ノ件ニ関シ、御詮議ノ上、配給相成度御願申上候。
一、事業内容
弊社ハ貿易庁代行機関タル日本陶磁器交易会社ノ指図ニ依リ北米向見返用輸出陶磁器トシテ連合軍ノ確認セル注文ヲ相受ケ鋭意生産ニ努力シツツアリ。
二、理由
戦時中弊社営業部建物倉庫ヲ軍補給廠ガ製陶工場ヲ軍需工場タル大隈鉄工所ノ協力工場大和工業ガ使用セラレ、終戦ト共に資材設備ヲ撤去セラレ建物返還セラレタルモ電燈線撤去セラレ生産ニ支障ヲ来タシ修理ヲ要スル為。
三、場所
愛知県瀬戸市大字○○番地   五一八坪
愛知県瀬戸市大字○○番地   三四六坪

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*↑このメーカーは輸出再開のニュースにすでに触れており、それに先立って輸出品の生産計画を練りながら生産を進めていたようです。
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*この頃、主要燃料だった石炭にも事欠く状態でした。その石炭燃料の加配を要請する文章も残されています。
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(↑当時の生産品の種類とその焼成に必要だとした石炭の量↓)
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*↑石炭不足を補うため、不良燃料であった≪亜炭(あたん)≫を使っていたこともわかります。 
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↑「皮木」というのは亜炭のことです。≪亜炭≫は名古屋市東部から瀬戸市にかけて、また、春日井市から東濃地方にかけて豊富に産出しており、戦前から窯での本格焼成を前に温度を上げるための補助燃料としても用いられていました瀬戸市で戦時下、極秘裏に生産が行われていた“金属代用陶器貨幣(陶貨)”の生産にも使われていたのです。
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*輸出品の生産に必要な物資不足は石炭に限らず、石油、電力、梱包資材、石膏、食糧など多岐に及びました。石油不足も深刻でした。
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石油類申請1 (2)d

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*↑「電力特配」を申請する文書も残されていました。↓
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(↑このメーカーに残されていた石膏型の一部)
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(↑このメーカーに残されていた製品を示す文書の一部)

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*ノベルティの原型製作に必要な石膏の配給を要請する申請書も見つかりました。↓
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*また、食糧不足も深刻で、ノベルティ人形を作る労働者への食糧増配を要請する文書も残されていました。↓
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(↑原文そのままの画像)
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(↑連合軍当局に認定された輸出品の種類と受注内定数量:↓輸出品の生産に従事する予定の労働者数と配給すべき米の量)
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*瀬戸の“オキュパイド・ジャパン”ノベルティの生産は、こうした「ないない尽くし」の中で急ピッチで行われていたのです。
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*瀬戸の人々は“オキュパイド”という印を押すことを受容しながら占領の時代を生きていました。今、目のあたりにする“オキュパイド”製品の中に垣間見えるのは、陶都・瀬戸の占領下のカオスのようです。大切なものを失った喪失感や哀しみが滲んで見える物もありますし、戦争への怒りを叫ぶような屈託が感じられる製品もあります。しかし、まぎれもない事実は、敗戦という事実がもたらしたかつてない試練の中で瀬戸の人々が戦後まで生き延びた命を繋いでいくための糧が“オキュパイド”製品の生産であったということなのです。
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*こうした“オキュパイド”製品は、きたる12月2日から瀬戸市美術館で開催される『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展でご覧頂けます。
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*また、当「瀬戸ノベルティ倶楽部」でも田中荘子さんからお預かりしている“オキュパイド”製品の数々をご覧いただけます。
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瀬戸ノベルティ研究は製作体験者や愛好者とともに充実させていく研究です!

11月18日
☆きたる12月2日から瀬戸市美術館で『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展が開催されますが、この企画展ではお客様が展示品を撮影することができます。また、一階ロビーでは、当会制作によるビデオドキュメント『海を渡ったせとものたち~オキュパイド・ジャパン物語(仮題)~』をご覧頂くことができます。このビデオ作品は当会代表が撮影・構成・編集・語りを担当します。また、音楽は当会会員で作曲家の只野展也さんが作曲したオリジナル曲などを用います。 

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*当会もこの企画展に全面協力しています。当会の活動拠点「瀬戸ノベルティ俱楽部」でも、自由に撮影を楽しんで頂いています。瀬戸のノベルティについては調査研究がまだ十分ではなく、散逸してしまった製品も数限りなく、また製造や輸出に関する帳簿類やカタログ、資料などがほとんど失われています。見学される方々の中には、展示品の製作に実際に携わってきた人もおられますし、ご自分のアルバムの中に貴重なノベルティにまつわる写真をお持ちの方も少なくありません。展示品を写真などに撮って思い出とされたり、SNS等で紹介して頂くことで拡散されることがノベルティ研究にとって貴重な参考情報の収集につながることも多く、当会は「瀬戸ノベルティの研究は製作体験者や愛好者とともに充実させていく研究である」と位置づけています。今回の『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』展でもその収集品の撮影を可能とする決定はアメリカから350点あまりの収集品を里帰りさせて展示提供される田中荘子さんの意向にも沿うもので、当会も大いに歓迎しています。

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☆“レースドール”は瀬戸ノベルティの中でも最高度の技術によって作られる「ノベルティの華」です。当会は、このレースドールの魅力を“レースドールのふるさと・瀬戸”で楽しみながら受け継いでいきたいと考え、ワークショップ『体験講座・レースドールを作ろう』の定期開催の準備を進めてきました。


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*きたる12月9日(土)、そのワークショップ『体験講座・レースドールを作ろう』を「瀬戸ノベルティ俱楽部」で開催します。この回の参加者のお申し込みがすでに募集定員に達しましたので、募集は終了しています。※なお、来年度もワークショップ『体験講座・レースドールを作ろう』の開催を予定しており、その参加者のお申し込みを募集しています。応募者多数の場合は抽選となりますので、ご了承ください。お申込み・お問い合わせは、「瀬戸ノベルティ俱楽部」へ往復葉書かメールでお願いします。


〒489-0814 瀬戸市末広町 3-16  「瀬戸ノベルティ俱楽部」
 <メール> setonovelty_club@yahoo.co.jp

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内藤ルネの瀬戸ノベルティ

11月17日
☆今、瀬戸蔵ミュージアムで『セトノベルティの魅力・なつかしの昭和ファンシー』展が行なわれています。その関連で同展に内藤ルネのノベルティが展示されていると地元ラジオで放送されていたそうですが、内藤ルネのノベルティは何点くらい展示されているのでしょうか?

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(↑『セトノベルティの魅力・なつかしの昭和ファンシー』のチラシ)
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*当会は内藤ルネのノベルティをいろいろ収集しています。今日17日のテレビ朝日の朝の情報番組“羽鳥慎一のモーニングバード”の「ショーアップコーナー」で、このルネ人気を取り上げていました。
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*内藤ルネは“kawaii(カワイイ)文化の生みの親”と言われるマルチアーティストです。画家、イラストレーター、インダストリアルデザイナーなど、いろいろな才能を発揮した異才のアーティストでした。2008年、刈谷市美術館で内藤ルネ展が開催され、当会も見学に行きました。
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(↑2008年刈谷市美術館で開催されたルネ展の図録)
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(↑“ルネ・ガール”と呼ばれるきりりとした輪郭の女性↓)
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*その折には、瀬戸製ノベルティが沢山展示されていました。しかし、その後の展示会を見たことがありますが、ルネの死去、また修善寺のルネのアトリエが閉鎖されてからは、陶磁製のルネのノベルティはあまり見られなくなりました。ほとんで生産も行われなくなりました。しかし、またこのところ、ルネの時代のファンとは2世代も離れたイマドキの若い女性たちがこのルネの魅力に惹かれているというのです。

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*ルネのノベルティは、ルネがそのビリケンを“せともので作りたい”と願い、その願いを引きうけた瀬戸市の大竹製陶所が作ったことから、同社がルネのノベルティを専属で製造してきました。

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(↑内藤ルネのデザインによるビリケン↓:今では、超レアモノとなっています)
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*その大竹製陶所も社名を変えた後、窯も解体され、姿を消しました。
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(↑内藤ルネの製品を焼いていた大竹製陶所のありし日:2011年当会撮影)
大竹製陶窯解体ds
(↑内藤ルネの製品を焼いていたガス窯の解体:2011年当会撮影)
森下工業のガス窯ds
↑内藤ルネの製品を焼いてきたガス窯もデュポー式というガス窯でした。デュポー式ガス窯は丸山陶器によって初めてノベルティ焼成用に導入された窯で、フランスのリモージュで使われていた窯を日本仕様に改良された窯で、瀬戸ノベルティの多くがこの窯で焼かれてきました。当会はこの窯が解体された時、この窯に貼られていたプレートを頂きました。
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*内藤ルネのノベルティは大竹製陶所以外の他のメーカーでも作られてきましたが、ルネ人気の高まりがある一方で、今ではほとんどやきもののルネノベルティは作られていないようです。“羽鳥慎一のモーニングバード”によれば、内藤ルネは、美輪明宏、寺山修司、漫画家の赤塚不二夫などにも大きな影響を与えていました。番組の中で、内藤ルネの強い影響を受けてきたという水森亜土やファッションデザイナーのコシノ・ジュンコもその魅力を語っていました。また、水森亜土は「少女らしくもなく、男の子らしくもなく、…4次元のような存在ですね」と語っていました。山地まりというシンガーは内藤ルネの作品とコラボするミュージックビデオで話題なんだそうです。

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☆この『セトノベルティの魅力・昭和のファンシー』展に於いて、陶都の学芸員であるなら注目すべき視点として持っていて欲しいと当会が思うのは、“ハクウン(白雲)” という生地のことです。池垣俊生さんという旧商工省京都陶磁器試験所の元職員はその回想録で次のように証言しています。 
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「(昭和24年)当時、瀬戸では、白雲石を主成分をした白雲陶器はどの会社も手掛けておられず、磁器と半磁器が多かったと思う。この白雲陶器は、低火度で焼成して製品化されるため、カラフルな彩色ができる反面、素地の強度が小さく、強度を増大しようとして焼成温度を上げれば、素地中の遊離珪酸が減少して貫入(かんにゅう・ひび割れ)の発生を起こす等の欠点がある。(ハクウン陶器の製品開発にいち早く成功した本地陶業の)山内勇夫さんは白雲陶器の諸性質を徹底的に検討され、ノベルティに応用可能との結論を得られ、直ちに工業化に踏み切られ、間もなく成功したとの朗報を頂いた。当時、敗戦国日本は輸出を振興して外貨を稼がねばならない時代だったので、国は輸出を奨励し、試験所もまたその方針に従い試験研究と指導育成に務め、業界の方々も真剣に取り組まれ、白雲陶器によるノベルティ業界の会社数は関連事業も合わせて瀬戸地区で約三百社に及ぶ活況を呈したことは夢のようである」。
*池垣俊生さんの指摘を踏まえてみれば、「戦後の瀬戸の繁栄の基となったのはノベルティであり、まぎれもなく、白雲素地(ハクウン生地)こそ、そのノベルティ産業隆盛の最大の功労者であった」のです。このような陶都にとってならばこそ大切な視点が瀬戸蔵ミュージアムのこの企画展の中にしっかりと把握されていることを願うのですが…?

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(↑超幻の内藤ルネのノベルティ↓)
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瀬戸市で二つのノベルティ展

11月14日
☆瀬戸市で二つのノベルティ展が開催されます。
今年、戦後貿易再開から70年になるのを記念して、きたる12月2日から来年1月28日まで、瀬戸市美術館で『海を渡ったせとものたち~田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション~』が開催されます。また、この11日から瀬戸蔵ミュージアムで『セトノベルティの魅力・なつかしの昭和ファンシー』展が始まり、来年1月21日まで開催されます。

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(↑『セトノベルティの魅力・なつかしの昭和ファンシー』のチラシ)
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*これらのノベルティは東海工芸などからの同館への寄贈品と思われますが、当会が収集しているような「内藤ルネ」や「水森亜土」、「ひょこりひょうたん島」等々、瀬戸市で作られてきた特筆すべきノベルティは展示されているでしょうか?もし同館やノベルティこども創造館などで収集保存しているのであれば、著作権者や所有者などと折衝して展示すべきであろうと当会は考えます。特に“カワイイ”を流行させたマルチ・アーティストの「内藤ルネ」(岡崎市生まれ)は“昭和ファンシー”のカリスマとも言うべきアーティストで、“昭和ファンシー”の展示には欠かせない存在です。そうしたアーティストの製品を収集してこなかったというなら、瀬戸蔵ミュージアムの学芸員の勉強不足と言う他ありません。もし、今回の企画展が同館がこれまでの寄贈品だけでその場を繕うというような企画展示であるとすれば、ノベルティのふるさとであり、ノベルティの最大の産地であるこの町の公的文化機関としては瀬戸弁で言う“スヤクリ”な仕事ぶりでしかないと言う他ありません。また、こうしたノベルティは磁器ではなく、“ハクウン(白雲)”という生地で作られたものが数多くあります。ハクウン(白雲)生地は約80年前に国立京都陶磁器試験場で開発された生地で、焼成温度が磁器に比べて低く、焼成に伴う収縮もほとんどなく、また絵付けが鮮やかに焼きあがるため、ファンシーなノベルティの生産に適しているのです。このハクウン(白雲)生地が花開いたのはこの瀬戸市のノベルティに於いてでした。今、伝統的な和物製品の陶磁メーカーからも注目されているこの“ハクウン(白雲)”生地への言及を同展は行っているでしょうか?当会も近日、見学に行くことにしています。  (入館料は一般500円です)

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(↑内藤ルネのノベルティ:瀬戸製↓)
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(↑「ひょこりひょうたん島」のノベルティ:瀬戸製↓)
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(↑水森亜土のノベルティ:瀬戸製↓)
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