瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

瀬戸ノベルティ文化保存研究会 We are the Seto Novelty Culture Preservation Society, a citizens’organization in Seto City, Aichi Prefecture 、Japan◆瀬戸ノベルティに“最高の評価”!レース人形の最高峰・TK名古屋人形製陶所製「アン王女」が皇室に献上!★瀬戸から「ノベルティ」と「昭和の青春切符~集団就職の記録~」を『日本遺産』に!◆時を超えて香り立つ魅力・ノベルティこそ“瀬戸の華”!セト・ノベルティこそ「せともの」!【瀬戸ノベルティ倶楽部:The Seto Novelty Club〈office〉、Americans who love SETO NOVELTIES, your mail to us is deeply welcome. address :setonovelty_club@yahoo.jp】 写真などこのブログでの画像の無断使用は固くお断りします!

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OJミシン の続報

8月20日(日)
☆ある瀬戸ノベルティファンの方が当ブログで紹介したオキュパイド・ジャパン(OJ)の足踏み式ミシンの記事を見られ、有意義な情報を寄せてくれました。ブラジルにもOJミシンが残されている、というニュースです。このミシンは“PINE”と名づけられたミシンです。 

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*↑“SEWING MACHINE”“MADE IN JAPAN・THE PINE MANUFACTURNG CO.”という文字が付けられています。
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*この情報はあるノベルティファンの方からもたらされた情報です。その方は、かつてブラジルに住んでおられたそうで、アルゼンチンに残されているのだからひょっとしてブラジルにもあるのではないか、と思われたらしくインターネットで調べられたそうです。そしてヒットした、とお知らせ下さったのです。「…ノベルティを見ていると当時の方々の生活や時代背景に思いを馳せてしまい、時間を忘れてしまうのも魅力なのかもしれません。…OJミシンの記事はとても興味深い内容でした。日本からアルゼンチンに5万台ものミシンが輸出されていたとは正直驚きでした。昔の足踏みミシンは日本でもとても人気で、特にミシンの脚の部分をアンティークとして飾っている方が結構いらっしゃいます。海外でも古いミシンは魅力的なようで、オークションでも売られているようです。スペイン語はよく分からないのですが、アルゼンチンのお隣のブラジルに住んでいたので、ポルトガル語で少し検索してみました。そうすると、アルゼンチンの隣にあるブラジルのある州の方がOJミシンを出品されていました」。
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*アンティークミシンを収集している他の人の情報によれば、このミシンはGHQの占領下に製造された希少な国産ミシンの一つで、「パインと名の付くミシンは2つあり、1つはジャノメミシンの源流であるパインミシンと、終戦後にシンガー宇都宮工場(アメリカのシンガーと日本の日本製鋼の合弁)が独立して出来たパインミシン」の二つがあるのだそうです。
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エルビス・プレスリー没後40年

8月19日(土)
☆今なお根強い人気を誇るロックスター、エルビス・プレスリー。今年はプレスリー没後40年を迎えるそうです。 


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(↑瀬戸で作られたプレスリーのノベルティ:TK製陶・山国製陶↓)
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*トランプ大統領の政治信条が全米に分断を拡げている中、42歳の若さで世を去った伝説的なロックスター、エルビス・プレスリーの死去から今年40年。

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*↑これはプレスリー最後のハワイ公演の時のノベルティ。↓
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*市当局が騒乱を避け、南軍関連の指導者や兵士の像を撤去する意向といわれるテネシー州メンフィスはプレスリーの生地。命日を挟んでファン数万人が集まり、その死を悼み、人種を超えた愛を訴える声を上げていると新聞は伝えています。↓
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(中日新聞8月17日付け)
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*プレスリーのノベルティは瀬戸ノベルティの中でもとりわけ大ヒットした商品でした。
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(↑プレスリーの酒器〈ウィスキーのデキャンター〉)
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(↑プレスリーを作ったメーカーの一つ、山国製陶所〈倒産〉の輸出伝票↓)
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*プレスリーのノベルティは瀬戸の複数のメーカーで作られました。当会は、山国製陶、テーケー製陶、愛新陶器などのメーカ-から製品の他、製造に用いた写真やスケッチ、雑誌など様々な資料を入手しています。

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(↑当会が廃業したノベルティメーカーから入手したプレスリーの本“ELVIS” 
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(↑プレスリーの死に慟哭するファン:1977年8月16日死去:同書掲載写真)
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(↑プレスリーのベッドサイドの壁には天使のノベルティが飾られていた:同書掲載写真↓)
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(↑プレスリーのマグカップのスケッチ↓)
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(↑瀬戸・ゴトー製陶製のウィスキーデキャンター)

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(↑当会が廃業したノベルティメーカーから入手したプレスリーの本の掲載写真↓)

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*↑プレスリーの墓標の写真(同書掲載)↓
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*私たちは今、居ながらにしてプレスリーの墓碑銘瞬時に見ることができる時代に生きています。写真の解説によれば、彼の墓所には年間数十万人の人々が訪れると言います。その墓碑銘には次のような意味が刻まれています。
「彼は神からの贈り物であった…彼は神の与え給うた才能を抱え持っていたが、その才能を世界と分かちあっていたし、それにはいささかの疑いもない。彼は若い人の、また年を取った人の心もとらえ、最大の喝采を浴びるアーティストであった。彼は偉大なエンターテイナーであっただけでなく、人道主義者としても憧憬される人であった。それは、彼が広い心、博愛と寛容精神の持ち主であっただけでなく、心根のやさしさ、人懐こさゆえのことであった。…彼はその生存中に於いても、何百万人もの人々から尊敬と愛とを得た、まさに“生けるレジェンド”であった。神は彼には少しの休息が必要であると思召し、彼にこよなく愛した家に帰って休むように、と計らったのであった。」
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*当会事務局長はかつて、明治維新の英雄とされる伊藤博文の記念館やその墓所を訪ねたことがあります。そこにはほとんど人の訪れがありません。伊藤たちの敷いた富国強兵策の行きついた先が今次大戦でのカタストロフィ(破滅)を招き寄せたのです。来年は「明治維新150年」になるそうですが、明治ニッポンの立役者は時の流れの中でいささかの尊敬を集めることもできないのです。アジアへの抑圧に明け暮れ、ニッポン一人がアジアの盟主たらんとしたその狭隘な精神が尊敬されるはずもありませんでした。今、トランプ政権への追随だけでは日本の拠り所を見失うことになりかねません。プレスリーの今なお消えない人気は、トランプの対極にある共生と博愛寛容の精神ゆえなのでしょう。次元は唐突になりますが、瀬戸ノベルティはそうしたプレスリーの博愛と寛容精神にも通じるものを語りかけてくるような造形物ではないだろうか…、そうした“アメリカの良心”にも受け入れられるようなノベルティを作ってきたのが瀬戸の町である、それこそが陶都の誇りであろうと、そのように思えてなりません。

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※皮肉にも“トランプ大統領効果”によってプレスリーへの評価が高まっているようです。トランプ大統領は後世のどんな評価に耐えられるのでしょうか?ご参考までに以下、3月25日の当会ブログを再度掲載します。

≪3月25日≫
☆当会の収集品をご紹介します。先ごろ工場が解体されたノベルティメーカー「ゴトー」の製品です。 

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*アメリカの酒造メーカー・McCormick(マコーミック)社が扱った製品で、ある絵付け職人から当会に寄贈されました。
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*↑まず、これはプレスリーのデキャンター(酒器・ウィスキーボトル)。絵付けの施されていない白生地の製品です。↓
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*これに色が施された製品には次のような製品があります。↓
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(↑金メッキの製品。これは、台にオルゴールが仕込まれています)
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(↑銀メッキの製品)
*↑この製品は1981年の製品で、次のように梱包されて輸出されました。↓
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*↑この頃の梱包材には発砲スチロールが用いられていました。↓
◎◎Elvis Presley Silver sue 1981 McCormick Whiskey Decanter w Music Box Japan-  6

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*次に↑金メッキの製品です。↓
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*当会はこうしたプレスリーのノベルティを作る際の資料も収拾しています。↓
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*写真や雑誌、姿の再現データなどです。
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*↑製造しようとするプレスリーのノベルティに人体構造としての整合性を持たせるために、その姿態をモデルで実際に再現してみた資料もあります。
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*一つの製品を生み出すために、こうしたさまざまな資料がバイヤーからメーカーにもたらされ、それを基に飽くことなくリアリティを追究した瀬戸ノベルティが作られていたのです。
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*当会は他のプレスリーのデキャンターも収集しています。↓
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(↑プレスリーの立ち姿:銀メッキの製品)
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*このようなデキャンターは頭部が切り離され、コルク栓で頭部と胴体部とが分けられて作られるのが普通です。↓
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*中にバーボンウィスキーを入れ、次のように紙シール貼って販売されました。↓
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*これには次のような色違いの製品もありました。↓
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(↑金メッキの製品)
◎ELVIS PRESLEY GOLD McCORMdLIQUOR DECANTER MUSIC BOX SEALED RARE -2
◎ELVISrSLEY GOLD McCORMICK LIQUOR DECANTER MUSIC BOX SEALED RARE -3
*このように封印され、バーボン・ウィスキーが入れられて売られていました。









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“カラスミシン”と呼ばれたOJミシン

8月19日(土)
☆今年12月2日から来年1月28日まで瀬戸市美術館で『戦後の復興を支えたやきものーMade in occupied Japan~田中コレクション~』展が開催されることになっています。これは、アメリカ・カリフォルニア州在住で、現在、「オキュパイド・ジャパン・コレクーズクラブ」代表・田中荘子(しょうこ)さんのコレクションを展示紹介するものです。田中さんは当会会員でもあり、100名近い会員間の親睦と情報交換のため季刊で“ニュースレター”を編集発行されていますが、その“ニュースレター”で“OJ sewing machine in Argentine”と題する記事を紹介されました。それは、アルゼンチンに送られたオキュパイド・ジャパン(OJ)の足踏み式ミシンのことで、7月の当会のこのブログでもそのあらましをご紹介しました。その後、このOJミシンについて貴重な情報を得ることができました。  

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(↑アルゼンチンへ輸出されたオキュパイド・ジャパン足踏み式ミシンを紹介した田中荘子さん編集のニュースレター↓)
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*このOJマークの足踏み式ミシン(treadle sewing machine)の製品はアルゼンチンに住む男性の収集品とのことで、“ニュースレター”で次のように紹介されています。
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*「氏によれば、この足踏み式ミシンは1947年の占領下日本製(MIOJ)で、1948年~1952年までEva Peron 財団によって購入されたもの。Maria Eva Duarte de Peronはアルゼンチン大統領Juan Peronの妻であった。Peron大統領の政治信条は、自国の経済基盤や生産性の向上、貿易諸団体への広範な支援による国の豊かさの向上と改善であった。彼の妻Eva Peronは同国の労働健康省大臣として女性たち、貧しい人たちや社会的弱者の救済と福祉向上のためのEva Peron 財団を創設した。…Eva Peron 財団は自宅で服を縫ったりして収入を増やすことができるようにと、1948年から1952年までの5年間に5万台の足踏み式ミシンを貧しい家庭の女性たちに贈った。…氏は『私がインターネットによりこのOJマークの足踏み式ミシンを我が国で確認できたのはわずか2台ですが、それはとてもよい状態で残されているものなのです』と述べています」。(“ニュースレター”の記事概要を中村が翻訳)」。
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(↑Eva Peron:同ニュースレター掲載写真)

*田中さんは、このニュースレターの編集作業にあたり、この製品の持ち主からメールでその画像を送ってもらい、その画像を掲載してこの記事を書かれているとのことです。「写真によって確認できるこのOJマークの足踏み式ミシンは“HENESCCO”というマークです。占領下の日本で作られた製品がこのようにアルゼンチン向けに作られていたということはとても興味深く、心が躍るようです」と田中さんは述べています。当会は、「もしこのミシンが当地方のメーカーによって作られた製品であるとしたら、70余年の時を超えて、“オキュパイド・ジャパン(OJ)”が日本の復興のみならず、アルゼンチンの福利厚生にも寄与したということになり、その後の日本に被せられた『エコノミック・アニマル』という汚名をそそぐエピソードと言うことができるかもしれない」と先のこの記事をまとめました。そして当会は、占領下の時代、ミシンをアルゼンチンに輸出したと思われるメーカーの一つ、名古屋に本社のあるブラザー工業株式会社のアーカイブ担当の方から貴重な情報を得ることができました。その方からの情報によれば、同社は1932年に初めて国産のミシンを製造、戦後の昭和22年、上海へミシンを輸出したのを皮切りに、ミシン輸出を盛んにしていったそうです。
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*また、“ニュースレター”には、日本から全部で5万台のミシンがアルゼンチンに送られたとありますが、それらのミシンを製造したメーカーの名前については全くわかりません。当会にいろいろな情報を懇切にご提供下さったブラザー工業株式会社のアーカイブ担当者のお話によれば、戦後は中小のミシンメーカーが沢山生まれていたそうで、各メーカーに何台かずつを割り当てて輸出を実現したのではないか、ということでした。そして、(当時OJ貿易を所管した貿易庁の指示によるものであったのか、)輸出されるミシンはどれも黒一色の製品にして輸出されたとのことで、それを“カラスミシン”と呼んだそうです。そうとすれば、メーカー名や製品名もわからないような形で輸出されていたということだったのでしょうか?当会は今も、このOJミシンについての情報収集を続けています。当会は、主に陶磁器製品についての調査研究を行っておりますが、陶磁器以外の様々な材質の製品についてのOJも広く研究することによって、より客観的にOJという戦後史の事象を捉え、現代史に於けるOJの意味を深く掘り下げてみたいと思っているのです。



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福助人形のこころ 亀井鑛さんの言葉

8月18日
☆高さ18センチ、横幅25㎝、奥行き24㎝という大きなやきもの製の「福助人形」が当会にあります。当会が瀬戸のある人形業者から譲り受けたものです。 

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*このような「福助人形」を愛する人たちが結構多いようですが、瀬戸市でやきもの製の「福助人形」が作られるようになったのは明治中期からとのことです。その頃、瀬戸では「福助人形」の他に、“玩具類”という範疇で這い猫、眠り猫、招き猫、稲荷狐、浮き金魚などが国内向けに作られました。輸出向けとして作られるようになったのは日露戦争の頃からで、本格的な石膏型を用いたノベルティが作られていくのは第一次世界大戦の頃からです。さて、一体この福助人形とは一体、どんな人形なのでしょうか?
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*宗教家で「同朋新聞』元編集委員・亀井鑛さんの文章を以下、少し紹介させて頂きます。↓
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*「江戸時代の後期、町の商家などに、置物の福助人形が大いに流行し、店の帳場や住まいの奥座敷に、小さな座布団の上に座って飾られて、マスコットみたいに全国に行き渡りました。そのまま時代が変わって明治、大正、昭和になってもつづき、日本の庶民の間に大へん親しまれ、愛されてきました。でも福助は、七福神などとは違い、神格化されることなく、信仰の対象ではありませんでした」。
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「…この福助さんには実在のモデルがいて、今の大阪、摂津国西成郡の農家佐五衛門の息子で佐太郎(?-1802)といい、身の丈1メートルたらずの矮躯に頭ばかり大きな風体で、物心のつく頃、見世物稼業に売られたと伝わります。…江戸両国での興業中、旗本何某の子息の遊び相手に三十両で引き取られたら、その武家に吉事がつづき、『これはふぐ助ならぬ福助よ』と周囲から寵愛を受け、成人後に結婚もして一家をなし、…京都で呉服屋を商い、成功して大文字屋の屋号をもつ身分になり、京・大坂では今も、この福助さんを大文字屋さんと呼んでいるそうです」。(原文を一部割愛し、また文字を一部書き換えて引用させて頂いています)
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*亀井さんはとりわけ福助に心を惹かれてきたとのこと、その理由を次のように書いておられます。↓
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「私がとりわけてこの福助さんに心ひかれるのは、諸国の福助人形に千姿万態種々あって、立ち姿から俵乗り、手招き、踊り姿等々ですが、圧倒的に多いのが裃(かみしも)・袴(はかま)の正装で、両掌を膝の前にそろえて目を伏せ、上体をかがめて身を低くする正座姿です。この姿から私たちは何を学ぶのか、というならばです、私はおよそ人間の、今ここに生きる姿勢の基本のあり方が示されているのではないか、と思うんです」。
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*亀井さんはこれまで全国に伝わってきたいろいろな「福助人形」を収集され、それらをさきごろ名古屋市博物館に寄贈されました。因みに、宮城県仙台市には『仙台四郎』という同じような福や繁盛を招いたという実在の人物をモデルにしたキャラクターが存在します。↓

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(↑『仙台四郎』の肖像)

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*↑瀬戸市では“招き猫福助”も作られてきました。↓
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*亀井さんは“福助”という造形をお金や富を招き込む福の神という存在としてだけでなく、人間関係のあり方や人間の生き方をも語りかける存在として紹介しておられます。「先年、山陰の倉吉市を訪ねた折り、大通りの銀行、呉服屋、喫茶店の飾り窓に、この地に多く出た浄土真宗妙好人の一人、因幡(いなば)の源佐が正座する肖像木版画(長谷川富三郎作)がかかっているのが、あちこち目にとまりました。版画には源佐の生前口癖だった言葉、『ようこそ、ようこそ』が彫り込んである。それを見て私は、『あ、これ、念仏する福助だな』と思わされました。単なる来客へのお愛想でない、身にふりかかる一切を、『ようこそ、ようこそ』と受けておさめる。これぞ妙好人福助に通じる念仏でした」。ノベルティが無言のうちに語りかける人生観を汲み取るというのも瀬戸ノベルティを楽しむ一つの興趣と言えるような気がします。


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丸利商会の箱入りの製品

8月17日
☆最大級の瀬戸ノベルティメーカーだった丸利商会。
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*倒産する前の、最後の頃の箱入り製品が2体あります。 

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*“VISCOUNTESS”(子爵夫人)という言葉が印刷されています。
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*磁器で作られたノベルティです。
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*“Sir Leila Phoenix”という裏印があります。
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*当会はこうした製品については全くわかりません。アニメやコミックなどのヒロインなのでしょうか…。
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*いずれも、2006年の製品のようです。



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せとものと戦争

2017年8月15日
☆敗戦後の日本がGHQにより貿易の再開を実現したのは昭和22年8月15日のことでした。昭和21年12月に貿易庁設置、翌昭和22年4月に貿易公団法公布、5月に鉱工品貿易公団設置。そして6月10日のマッカーサーGHQ司令官により、8月15日から民間貿易が再開されることになったのです。 


☆「ノベルティというやきものは“愛と平和”のシンボルである」、今、当会はそう考えています。『瀬戸物』という言葉がやきもの全般を意味する瀬戸市はそのノベルティの発祥地です。その瀬戸市が戦争と深くかかわったことがありました。

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(↑戦時下、尾張瀬戸駅で出征兵士の見送り風景:NHK「北陸東海:幻の一銭陶貨」放送画面より)

*せとものの町・瀬戸市と戦争とのかかわり、その一つは金属資源の不足から戦時下の国家事業として粘土を材料として金属代用貨幣「一銭陶貨」を作ったことでした。↓
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(↑瀬戸市で作られた“一銭陶貨”:当会の収集品↓)
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(↑戦時下、造幣局の指定工場として極秘裏に一銭陶貨の製造を行った鐘大陶業株式会社)
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(↑陶貨製造を記録した造幣局の極理資料)
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*そして、せとものと戦争とのかかわり、その二つ目は「オキュパイド・ジャパン」です。
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*自由貿易回復後、「オキュパイド・ジャパン」の刻印が付けられた製品在庫を土の中に埋めた会社もありました。↓
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*そして、8月13日に放送されたNHKスペシャル『731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~』。↓
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(↑8月14日放送 NHKスペシャル『731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~』放送画面より:以下の画像も同↓)
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*その特集番組でも明らかにされたように日本軍による旧満州での非道な細菌戦で「瀬戸物」が使われていたのです。↓
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*瀬戸市ではある著名な陶芸家がこの731部隊の細菌戦に参加しており、用いられた陶器製容器の製作に関わった人がいる、と秘かに囁かれ、当会もその証言を得ています。
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(↑韓国で出版されている本に掲載された「せともの製」の容器)

*「ノベルティというやきものは“愛と平和”のシンボルである」、当会は今、そう考えています。『瀬戸物』という言葉は“愛と平和”の象徴である…、であれば当会は、ノベルティを“愛と平和のまち・瀬戸市”という町づくりの基点としたらどうか、と考えています。

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“やばい!”瀬戸ノベルティ

8月14日
☆昨日、繊維の町で知られてきた愛知県一宮市から小学生(?)の娘さんを連れた若い家族が当「瀬戸ノベルティ俱楽部」においで下さいました。ノベルティが「外国から輸入したものではなく、瀬戸などで作られて海外へ輸出された製品である」ことを初めて知ったと驚いておられました。 

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(↑「瀬戸ノベルティ俱楽部」)
*ご家族の中で、特に若い母親が次の製品を見て、顔を紅潮させて欣喜雀躍…↓
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*製品はいずれも瀬戸のメーカーで昭和30年代から40年代にかけて作られた瀬戸ノベルティです。
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*この製品はハクウン生地の製品です。ハクウン生地は約80年前に京都国立陶磁器試験所で開発された生地で、焼成温度は磁器より低く、また焼成に伴う収縮もほとんどなく、とりわけ発色もよく、また磁器に比べて安価で製造することができることから、こうした可愛らしいノベルティの生産が爆発的に拡大したのです。<因みに、生地としてのハクウンは<白雲>とも表記され、猫のノベルティで名高いメーカーとしての“博雲陶器”の“はくうん”とは異なります>
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*↑これは手の平に乗るほどの小さなノベルティで、小物入れでもあるのですが、このノベルティを見てその若い母親は息を飲んで…、
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*「やばい!…」と声を上げられました。
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*そして、次の製品を見て女性はまた「やばいよ…、やばい、これは!」とまたも声を上げられました。
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*この母親は30代後半から40歳前後と思われる若い女性です。「これを売って下さい」とその母親は言われましたが、「お譲りできないんです」と当会は申しました。それには理由があります。これまでの当会の研究で、瀬戸など日本の生産地ではとうに忘れてしまっている反面、実は輸出された先のアメリカではある特長を持つ製品にことさら根強い人気が集まっているのです。それは、まさに“whimsical”と形容される製品なのです。例えば、次のような製品がアメリカに残っています。↓
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*この製品、また次の3製品は“VINTAGE WHIMSICAL CERAMIC PIGGY BANK MADE IN JAPAN ”と自慢される製品です。↓
Vintage Bull Cow Coin Piggy Bank Japan Forsum Labeled Raymor BittsTY 333
Vintage 1950’s Childrens Pottery Elephant Piggy Coin Bank Moneysation 2
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*“whimsical”という言葉はアメリカでもあまり馴染みのない言葉のようですが、えもいわれないほどカワイイ、どうしようもなく抱きしめたくなるような、いたたまれないほどいとおしい…、というような意味なのでしょうか?海を越えた遠いアメリカでも、また日本でも“whimsical”な製品は、人々の、特に女性たちのこころを強くとらえて離さないのです。当会(事務局・中村)は、この若い母親が発した「やばい!」」というイマドキの言葉に触れて、あらためて気がついた思いがしました。それは、“whimsical”は「やばい!」」というイマドキの言葉が意味するのと同じような意味なのだ…、瀬戸ノベルティの魅力の一つの核心に触れた思いがしました。
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*この製品は貯金箱です。
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*また、次の製品も欲しいと言われましたが、当会はお断りする他ありませんでした。↓
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*今も遥か海の彼方のアメリカでは、こうした製品がいたたまれなくなるほど人々の胸を熱く揺り動かす魅力を秘めている一方、肝心な生産地の瀬戸ではノベルティメーカーの大半が倒産や転廃業などで姿を消し、また在庫として残していた製品も「安物だったから」という理由などでほとんど廃棄されてしまったようです。当会が収集している製品も廃棄寸前のところでかろうじて収集できた製品ばかりです。瀬戸の業界も行政も、瀬戸の製品が輸出先の人々のこころの中にもたらした魅力や感動にまで遡ることもほとんどなく、「日本最大級の輸出向けやきものであったノベルティ」を“すでに過去のもの”として忘れ去ろうとしてきたのでしょう。若い父親も「勿体ことですよね…」とつぶやいて帰っていかれました。聞けば、若い母親の実母は鹿児島県から集団就職で一宮市に働くに来て、一宮市で所帯を持ったのだそうです。「母親のアルバムに集団就職当時の写真があったら、今度また来る時に持ってきますね」と言って帰って行かれました。


















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瀬戸ノベルティのモデルとなったイタリア製名品

8月12日
☆昨日、“Ceramiche d’arte Marioni”という裏印のあるイタリア製の男性道化師のようなノベルティを紹介しましたが、その製品には異なる絵付けの施された次のような製品があることがわかりました。 

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(↑昨日紹介した当会の収集品)
capodimonte arlecchino nuovo cm 10 x 21 con certificato  1aa
(↑海外にある同種の製品)
☆そのペアである女性道化師のようなノベルティも当会は収集しています。ご紹介します。 
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*↑この製品の裏にも男性の製品同様“Ceramiche d’arte Marioni”という裏印があります。
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*↑この女性の製品には“Colombina”という名前が添えられています。

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*↑この製品の背面です。
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*トランプの印が絵付けされています。
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*この製品にも極上の金彩が施されています。
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*数十年、ひょっとして百年ほども前の製品であるかも知れませんが、今なお美しい光彩を放っています。
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*こうしたサンプル品はメーカーが海外視察などの折に購入したり、バイヤーや商社が持ち込んだりしました。いずれにしても製品の製作や開発の参考にしたのです。こうしたサンプル品もノベルティメーカーの消滅に伴って捨てられたり、売られたりして瀬戸の町からほとんど消えてしまいました。

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*この製品の元の持ち主は4年前に会社を廃業しました。ですから、このサンプル品についてもその情報や物語を知る手がかりが失われてしまいました。また、この製品をモデルにした瀬戸製の人形がいつ頃作られ、どこへ売られたのかもわかりません。
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(↑廃業時にすべて廃棄された同社の石膏型↓)
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(↑同社のありし日)




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