瀬戸ノベルティ文化保存研究会・瀬戸ノベルティ倶楽部

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“これこそ、せともの”セトノベルティの魅力を紹介し、その技術継承に努める市民活動団体です。

瀬戸ノベルティ文化保存研究会 We are the Seto Novelty Culture Preservation Society, a citizens’organization in Seto City, Aichi Prefecture 、Japan◆瀬戸ノベルティに“最高の評価”!レース人形の最高峰・TK名古屋人形製陶所製「アン王女」が皇室に献上!★瀬戸から「ノベルティ」と「昭和の青春切符~集団就職の記録~」を『日本遺産』に!◆時を超えて香り立つ魅力・ノベルティこそ“瀬戸の華”!セト・ノベルティこそ「せともの」!【瀬戸ノベルティ倶楽部:The Seto Novelty Club〈office〉、Americans who love SETO NOVELTIES, your mail to us is deeply welcome. address :setonovelty_club@yahoo.jp】 写真などこのブログでの画像の無断使用は固くお断りします!

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マスク姿の山城柳平

2020年3月1日(日)
☆今、コロナウィルスで人々の心は感染を恐れ、すべての社会活動が委縮しています。それとは全く関係ありませんが、山城柳平がマスクをかけた珍しい写真を見つけました。


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*↑柳平が昭和7年に建てた旧居からその解体中に当会が発見した提灯です。山城柳平が「丸山陶器合名会社」を設立したのは昭和12年で、この提灯はその時代の貴重な提灯です。当会は、「丸山陶器展」の開催が期待されるその時に備え、この提灯を収集保存することにしました。↓
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*この「丸山陶器合名会社」を設立した翌年、山城柳平は中国大陸へ視察旅行に出かけてました。絶版になっている山城柳平の伝記『黒い煙と白い河~山城柳平と瀬戸の人形~』末尾の年譜には「市場視察その他の目的で」と記されています。当会は山城柳平の秘蔵写真アルバムを入手しました。↓

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*その表紙には「山城柳平・昭和13年4月20日出発・昭和13年5月25日帰着~北支視察写真」と題されており、実際は中国の国情と石炭事情の現地視察が主な目的だったようです。
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*そのアルバムの中に珍しいマスク姿の山城柳平の写真もありました。
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*↑昭和13年5月6日、山西省の大同炭鉱視察(入坑直前)とあり、同行者に加藤利作(丸利商店社長)、加藤寿保(山壽商店社長)などの写真とともに、
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*↑…黒いマスクをかけた柳平が写っています。↓
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*↑アルバムに収められた当時の山西省の大同炭鉱。大同炭鉱は「万人鉱」で議論が割れると言われる有名な大炭鉱です。
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*↑右端が山城柳平。日本は戦時下は勿論、戦後もさらなる石炭不足に悩み、瀬戸の丸山陶器は政府やGHQに働きかけて石炭の入手に奔走し、先に報じたプラスティックレースや各種ノベルティの生産に邁進したのです。
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*この当時(昭和12年頃)の丸山陶器の写真もあります。↓
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昭和12年2

昭和12年2
*↑現在、解体されている山城柳平の旧居(当時)。下は解体前に当会が撮影した旧居。
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*↑昭和12年頃の丸山陶器周辺の写真。それが、次のような風景でした。(解体前に撮影)↓
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(↑2020年2月、当会撮影↓)
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(↑昭和10年代後半頃か↓)
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↑*流れているのは瀬戸川で、そこに架かる橋が見えます。この橋は丸山陶器が寄付した橋で、そのため「丸山橋」と呼ばれていました。
川渕長之・画2
*↑地元のある写真館が撮影した一枚の写真をもとに名古屋市在住の川渕長之氏が描いた絵画。「「煙突のある風景」。この元の写真に写され、この絵に描かれた橋が、実は「丸山橋」だったのです。
川渕長之・画1
*平成22年に解体され、今は「新共栄橋」と呼ばれる永久橋に変わりました。↓地名に籠められた「まちの歴史」、大切な歴史的文化遺産であるこうした地名や固有名詞が行政の公平性という名のもとに安易に消されていく。そうしたことが、果たして、本当に豊かなことである、と言えるのでしょうか…。否!

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*↑瀬戸ノベルティ産業の盛況の時代を語り伝えてきた「丸山橋」。「新共栄橋」というような現在の橋の名前は瀬戸市固有の歴史や「まちの物語」を決して語り伝えはしないのです。

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(↑「昭和36年版・年鑑時事経済新報」↓)
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昭和36年版・年鑑時事敬経済新報1

*床下に思いがけない物が置かれていました。↓
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*「豆炭」(まめたん)でした。今では知る人も少なくなった「昭和の燃料」でした。調べてみて驚いたことには、今年は「豆炭」が発明されてちょうど100年になるのです。「豆炭」は、1920年(大正9年)、 大阪で発明されたのです。
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丸山陶器旧居の最期。

2020年2月29日(土)

☆2020年は「うるう年」。「うるう日」の29日も、当空は丸山陶器の創業者・山城柳平が昭和7年に建てた旧居の”遺影”をビデオと写真で撮影しました。以下は、今日29日の解体の様子です。


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*↑創業者・山城柳平さんとその息子で2代目社長だった龍蔵さんの二人が愛した旧居の中の坪庭。
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*↑ボケの木が日々、一凛一凛、花を開かせています。↓
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*その花のかたわらで、
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*↑ここに坪庭が作られた時からここに作られていたと思われる石燈籠も、
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*…解体されました。↓
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*↓この坪庭のありし日の情景です。
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*↑家具にも丸山陶器の社名をデザイン化した古いマークが付けられていました。この家具も廃棄されました。

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*仏教書や哲学書を深く愛し、思索の人であった丸山陶器2代目社長・龍蔵さんの部屋も今週末には瀬戸から消えます。

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丸山陶器旧居ほど悲しい撮影はありません。

2020年2月28日(金)

☆丸山陶器の創業者・山城柳平が昭和7年に建てた旧居、今日もその最後の”遺影”を撮影してきました。以下は、先日までの様子です。↓
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*下は、昨日の姿です。↓
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*↓下は、今朝見た旧居の姿です。
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*そして、↓28日午後5時、作業が終わった頃の旧居はこのようになってしまいました。↓
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*山国製陶、神野製陶所、KYクラフト(旧大竹製陶所・旧ルネ)、TTスイング、そして今回の丸山陶器と、当会はいくつかの瀬戸ノベルティメーカ―の工場や焼成窯の解体をビデオで刻銘に撮影記録を続けてきました。これまでも撮影者はいつも当会代表ただ一人でした。そして、今回の丸山陶器ほど悲しい撮影はありません。

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「瀬戸窯業史の宝!」を発見。

2020年2月27日(木)

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☆↑丸山陶器の創業者・山城柳平の旧居の最後の”遺影”です。その家屋の最後を看取るため、当会が家屋内に立ち入らせて頂いたところ、今日も貴重な"遺品"が見つかりました。


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*当会は、この旧居から”GLIMPS OF THE EAST”という厚さ6センチほどもある大きな重い本を見出しました。昔風に言えば、"極東瞥見"とでも言える本でしょうか。
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*”N.Y.K LINE 1932-1933”と副題がついています。N.Y.K LINEとは「日本郵船」のこと。「日本郵船」は丸山陶器など多くの瀬戸ノベルティなどの製品を運んだ大手船会社の一つでした。その1932-1933、つまり昭和7年~昭和8年当時、「日本郵船」が世界の海に運行していた海外各地での同社の営業案内と関係エリアの紹介本です。昭和8年は確か宮澤賢治が亡くなった年であったかと思いますが、今解体されている丸山陶器の居宅が今の地に建てられたのが昭和7年でしたから、当時、丸山陶器がここで作っていたノベルティが輸出されていた頃の世界の様子や実勢がカラー写真入りを交えて紹介されている本なのです。

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*↑今、解体中の山城柳平旧居が建てられた頃のニューヨークの遠景。ひときわ高いのは1931年に建てられたエンパイアーステイトハイビルディング。
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*↑サン・フランシスコ。
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*↑今、解体中の山城柳平の旧居が建てられた頃のシカゴ。
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*↑瀬戸ノベルティを運んだと思われる船も写真で紹介されています。↓
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※当会は、また、思いがけない丸山陶器の遺品も今日見出しました。
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*↑それは、「丸山陶器合名会社」時代の提灯です。↓
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*山城柳平は15歳の時から14年間勤めた「丸カ」を辞め、29歳の時、大正3年に独立し陶磁器卸商「山城柳平商店」を設立しました。そして、昭和9年には生地製造部門として合資会社「丸山製陶所」を設立。また、昭和10年には「山城柳平商店」を「山城柳平合名会社」に改組。そして、52歳の昭和12年、「丸山製陶所」と「山城柳平合名会社」とが合併し、「丸山陶器合名会社」が設立されました。ですから、この提灯は、昭和12年以降、丸山陶器が株式会社に改組されるまでの古い時代の遺品となる提灯なのです。

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*そして、この円い提灯も見つけました。
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*当会は今日見つけたこれらの提灯を「瀬戸窯業史の宝」として、遠くない将来に期待される「公的機関での丸山陶器特別展」に備え、大切に保存することに決めました。そして、…

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*↑解体が始まる直前、当会はこの旧居の中から「山城柳平」の名刺も見つけたのです。

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丸山陶器の創業者・山城柳平の旧居の終焉:今日、解体再開…

2020年2月27日(木)

☆創業者・山城柳平の旧居の解体が今日から再開され、当会はその詳細な記録をビデオと写真で行います。実は、その丸山陶器で作られたと思われるきわめて古い両手が動く「手活(てかつ)人形」をお客様から見せて頂きました。

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*手のひらに入る大きさが10cmほどの磁器製のノベルティです。両手が動くのが「手活(てかつ)」、両手と両足が動くのが「四ツ活(よつかつ)」と言われる人形です。

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*両肩を内部で貫く穴に紐が取り付けられています。この方によれば、紐はご自分で取り換えられたとのことです。
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*こうした手足の動く人形は初めドイツで考案されました。瀬戸で作ったノベルティをアメリカで売ろうとしたのが森村ブラザースのニューヨーク支店で、その店員が丸山陶器にこうした四ツ活人形をもたらしたのが大正5年(1916年)、今から104年ほど前のことでした。今、日本でも映画「1917」が上映されています。それは第一次世界大戦の西部戦線で戦ったイギリス兵の物語だそうですが、手足の動くこうした人形が丸山陶器にもたらされたのはその悲惨な世界大戦のさ中のことだったのです。アメリカ人はそれまでドイツからこうしたやきもの製の人形を沢山輸入していましたが、そのドイツからの輸入のルートが第一次世界大戦で途絶したことから、今が好機と、森村組(今のノリタケ)のニューヨーク支店がノベルティのアメリカへの輸入を企図。名古屋の森村組が瀬戸の山城柳平に生産を働きかけたのが瀬戸でノベルティ産業が勃興した始まりでした。今回、お客様から見せて頂いたこの製品は大正5年(1916年)以降、というよりも、その時点に近いおよそ100年以上も前の時点で丸山陶器で作られたものと推測されるのです。

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*背中に"NIPPON"の文字が刻まれています。確かに戦前のノベルティであり、この製品の形状や地肌に浸み込んだかのような古さからすれば、そして、丸山陶器の歴史を紐解けば、これはやはり丸山陶器の製品で、「手活(てかつ)人形」が作られた当初の製品であろうと実感されます。

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※当会は、この製品を作ったであろう丸山陶器の創業者・山城柳平の建てた旧居の終焉を「映像で看取る」ため、現場に向かいます。

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丸山陶器旧居からの発掘資料によれば…

2020年2月25日(火)

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(↑創業者・山城柳平の旧居:2020年2月11日当会撮影)

☆瀬戸ノベルティの開拓者・山城柳平。
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(↑丸山陶器の元従業員提供写真↓)
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*山城柳平が創業した丸山陶器の旧居。その解体に備えて当会だけが行わせて頂いた調査の中で2代目経営者の心温まる人柄を窺わせるようなあ貴重な手記が見つかりました。 

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(↑2代目社長の龍蔵:柳平の長男)
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*最盛期、240人もの社員を率いたのが2代目の龍蔵でした。

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*「…妻は妊娠してゐる。そうして、それを喜ぶとともに心からお禮まで言った。何と素直な美しい心であらう。私は彼女の為にさうして寿しく生まれる者のために大いに頑張らう。
 母となる日の楽しみを語りつつ 面輝かす 妻にぞありける」 。

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(↑丸山陶器製:2代目社長の代に作られた瀬戸ノベルティ「子どものブックエンド」↓)

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「初めて見た時に、これが俺の子かと何だか珍しい気がした。初めて(我が子を)抱いた時ハ、照れくさかったが、私の膝の上で足をばたつかせるのが力強く感ぜられてほのぼのとした愛情が湧いて来る。-父性愛の自覚か。首の据わらぬことが気になる。
 七日にも足らぬ子なれどわが膝にうち動かせる足のつよさよ 」

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*↑これも2代目社長時代に作られたノベルティ。
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*↑右目の黒色が少し剥げていました。でも、とてもかわいいノベルティです。
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*2代目・龍蔵の気質は、豪放磊落のようであった創業者で父の柳平とは対照的であったようです。残した手記やメモから窺う限りでは、龍蔵の思考は緻密で繊細、そして感受性に富んだ文学者肌の持ち主で、仏教の思想の中に人間としての生き方を尋ねるという内向的な人であったようです。龍蔵は、戦時下、そして、敗戦後、広い会社の空き地に野菜を作っていたことが残した手記から初めてわかりました。
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*当時、どこの家も食糧難に喘いでいました。戦争直後、丸山陶器社内では衛生管理、保険診療、安全管理などの担当が設けられ、社員の健康福利状態などについての調査改善が行われ、その頃(昭和20年代末)の社員の疾病記録も記されていました。↓

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*↑当時、結核系とともに、脚気(カッケ)の病気を持つ人が多くありました。
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☆丸山陶器旧居の解体は明日からまた再開されます。当会はその様子をビデオと写真とで詳細に記録していきます。

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近づく春の中で…

2020年2月25日(火)

☆瀬戸市にも春が近づいています。


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*↑瀬戸川沿い。瀬戸市役所対岸には桜が咲き、↓
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*↑梅の花も満開…。(瀬戸市共栄通町付近)↓
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*当会代表の陋屋がある町内にも春の色が見つかります。
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*当会代表の郷里ではこの草を「餅草」と呼んでいます。草餅を作る時に餅に搗き込む草です。当会代表はこの草の見ると春がそこまで来ている、と実感するのです。
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*↑瀬戸市共栄通町付近。↓
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☆↑屋根瓦がすっかり剥ぎ取られた丸山陶器創業者・山城柳平の旧居の遠景。↓
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*都合により、解体は明後日頃から再開されるそうです。
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*当会は、この陶都の歴的遺構の消滅を最後まで記録していきます。
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レース人形を自分で作って楽しむ講座が開かれています!

2020年2月23日(日)

☆今日は、当「瀬戸ノベルティ倶楽部」でレース人形を作って楽しむ講座が開かれています。事前にお申込み頂いた方々に瀬戸ノベルティの最高峰であるレース人形をご自分で作って楽しみ、お持ち帰り頂く講座です。


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<午前10時~>
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1*今回作るのは「お皿拭き」という作品で、一日の作業で一体のレース人形を作る講座です。
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<午前10時40分>
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*ご夫妻での参加も!
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*レース人形は日本では瀬戸市が発祥。レース人形は瀬戸市のオンリーワンのやきものです。かつて、こうしたレース人形を作るメーカーは数社ありましたが、今では一社のみです。また、普通の人がレース人形を作って楽しむ教室が以前はありましたが、今は当倶楽部だけです。どうして瀬戸市観光協会などは、瀬戸ノベルティの最高峰で「最も憧れられるレース人形」を瀬戸市の魅力に押し上げ、それを瀬戸市への集客につなげようとしないのでしょうか?当会にはわかりません。('Д')

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<午前11時20分>
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*↑超レアで超人気の内藤ルネのノベルティも見つめています。
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※当会が今日行っているレース人形講座は、一日のご参加で一体のレース人形を作るという講座です。「ワンデー講座」と言いますが、今日でこの「ワンデー講座」は一応終わり、今後は、何回かに分けて続けて行う講座を通して一体のレース人形を作る形式に進んで行く予定です。

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<午後2時>
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*少女に前掛けを付ける大詰めの工程に入りました。
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*お皿拭きの左手と右手とが取り付けられ、
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*16時頃に製作が終りました。
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*↑専任講師によるさりげない補修が行われ、製作は終了し、乾燥に入ります。
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